>>598
実質的な反論もないようなら、これで終わりでもいいよ。「徹底的に馬鹿にするけど」というのもご自由に。どちらが馬鹿かというのは見る人が決めることだろうし。

君の主張スタンスの変遷をこちらなりに分析すると以下のようになる。
君の主張は、>>593より前は、「現状どこまでが許されてるラインなのか、ブレーキをかけるべきライン、つまり赤信号はどこなのか」(>>571)について、(動画を作る人各自のリスク判断ではなく)共有されるべき客観的基準が存在するという前提で組み立てられていた(たとえば「リスクが高いか低いかの評価は相対的なものであり、客観的に判断するものであるため個人の主観よりも多数人の客観による議論が可能」(>>566))。
だからこそ、「悪いが……この話題に関して一切折れてやる気はない」(567)というような、自分と異なる意見に対する攻撃性をむき出しにしたスタンスになるわけで、いみじくも自ら>>572,577,584で語っている通り運動論的なんだよね。悪い意味での労働運動なんかと全く同じ構図になっていて、そのことは、抽象的な「ジャンルとしての紳士動画」を個々の「動画を作る人」より上に置くことや、団結を優先して異論を許さないこと(「つまり君は、紳士動画全否定のスタンスってことでオッケーなのかい?」(571))等にも顕著に表れている。

なのに、593で日和って、動画を作る人各自のリスク判断を認める方向に転換したものだから、主張の軸が完全にぶれてしまった。動画を作る人各自がリスク判断をすればよいのであれば、権利者A・Bのいずれのリスクが高いか等についても各自で判断すればよく、君が顔を真っ赤にしてする主張の内容をこのスレで読まされるいわれはないわけで、593より前の書き込みで、君は一体何がしたかったのということになる。

主張の一貫性という観点から言えば、593より前の運動論的スタンスを維持すべきだったと思うよ。590後半に対して、そういう回答を返しづらかったことは分かるけどね。