楠栞桜を信じ、アップランドを嫌った。彼らの秘密主義や、杜撰さや、説明不足や、行動の遅さや、いい加減さや、卑怯さや。
それらが嫌いで、許せなくて。声を上げなければならないと。抵抗しなければならないと。破壊しなければならないと決意した。そうして動いてきた。
こうするのが正しいのだと。例え周りを傷つけることになろうとも、アイドル部は滅びた方がいい。その方が推しのため……北上双葉のためになる。そう信じて、自分なりに、自分に出来る手段で戦ってきた。
かつて正義はこの手の中にあった。
かつて理想は星を撃ち落とした先にあった。
目指すものがあったから、突き進んでこられた。謝罪している暇すらないと。そんなことに意味はないと。ただひたすらに戦えと。ことあるごとに己に言い聞かせてきた。
それが、とうとう逆転してしまった。
掲げていた旗印は翻った。信じていた正義は失われた。世論のベクトルは手のひらを返し、誰もが新たな答えを知った。
……それでも楠栞桜を信じ続けられたならまだ幸せだった。それでもこの道は正しいと、前を向き続けられたなら問題なかった。
自分にはそうは出来なかった。
歩みを止めて、自分の来た道を振り返れば。
まあ、後悔がないはずがない。
自分が積み上げてきたものを振り回して、それを犠牲に道を拓いて。心臓が潰れそうな思いをしながらここまで来たこと自体の意味が、他と敵対し傷つけてきたことの意味が、消えたのである。

楠栞桜は悪いやつだった。契約解除に至るのにはちゃんと理由があった。……それならそうと、運営なりライバーの誰かしらなり、言ってくれれば良かったのに。教えてくれればよかったのに。そう思わずにはいられない。
もしあの日、あの12月4日にアップランドが、悪いのはアイツだ、ときっちり声明を出してハッキリ彼女への疑惑を示してくれていたならば。そうだったなら、楠栞桜が一方的に悲劇のヒロインと化しアップランドを踏み台にしたという現状も、少しはマシになっていたはずだろう。互いに文句をぶつけ合って大戦争、となっていたなら、きっとアイドル部はあそこまで酷いことにはならなかった。
……とはいえ、まんまと乗せられた側がこれを言っても、身勝手で、情けないばかりである。とりあえず一番悪いのは、信じきれなかった我々であるのだから。
『アップランドは楠栞桜と戦って身を守るよりも、ファンの中の夜桜たまの思い出を守りたかった』……どこかで見た誰かの憶測だ。これが一番綺麗な説明なので、今の自分はこれを信じている。思い出より真実の方が、きっと需要があったと思ってしまうのは、自分が真実をつかみ損ねた側だからなのだろう。

では、全ての元凶とでも言うべき楠栞桜。彼女はどうなのか。善悪ではなく、一個人的な心情の話だ。
……小一時間、彼女を自分がどう思っているのか考えたが。自分は彼女を嫌いになれたかと言うと、実はそうでもないようだった。どうやら彼女がトンデモ狂人だったことはもうほぼ疑い無いのだが。それでもだ。
何しろ彼女はアイドル部時代、自分の提出したSSの中身まで読んで、感想までくれたことがあるのである。彼女は同業者に対しては滅茶苦茶だったのかもしれないが、本当に、少なくともリスナーは、『何だかんだ言って好き』だった筈なのだ。……本当のところがどうなのかは知らないが、少なくとも、そう見えるのだ。そう思いたくて、やっぱり嫌いにはなれない。
加えて言うなら。今ではアップランド擁護の気運が高まっているが、楠栞桜が狂っていたこととアップランドの運営がガバガバだったことは別に関係ない筈だ。
かつては『3D化したから一度動画消しますね』という意味不明なムーブに始まり、モンペ発言、遅々として進まない話し合い、一向に責任者の名前の載らない声明文。
楠栞桜が狂ってたのとは別件で、アップランドにも糾弾されてしかるべきところはあったはずなのだ。だから、声を上げることそれ自体に臆病になってはいけないのだと、それは今でも思っている。
まあ、声を上げて失敗した身で言っても説得力は皆無なのだが。