実際、どの国も民間人の虐殺の問題をとりあげようとはしなかった。
それは上海、南京、重慶への無差別爆撃の責任がある日本も同じだった。
なお、ルメイ将軍には、その後、勲一等旭日大綬章が贈られている。
日本の航空自衛隊の近代化に果たした役割を評価されたのだ。

この叙勲に東京大空襲の被害者たちは言語道断だと怒った。
民衆の記憶にくらべると、国家の記憶は都合のいい部分だけを選ぶところがあるのだ。

1945年に焼け野原となった江東区北砂では2002年、
住民の募金によって「東京大空襲・戦災資料センター」
という小さな博物館が開館された。

恐怖の一夜の記憶を残すための博物館である。

生存者たちの証言によれば、3月10日の夜明け、
炭化した遺体があちこちに転がり、

焼け野原には肉が焼かれた臭いが漂っていたという。