船長は太陽だ、そう感じる者も居るだろう、私もその一人である
しかし今日この日、船長の配信がもし拝めたのならば、私はそれを長く続いた日照りの後に降る雨のように感じる事であろう
闇にあっては陽の光に、渇きにあっては潤す雨に、船長という恵みはその姿を変え我々に降りそそぐ、いつでもそこに一味は希望を見てきた
そんな日々が続くうちやがて愚かしくも一味は忘れる、太陽も水もあって当たり前、乞うて恵みを受け感謝すべきものなど何もない
心には更にそれ以上を身に受けようとする欲望だけが満ちる、もっとあれば、もっとこうなれば、そんな心が一味に見せたものは希望ではなく願望だった
太陽が太陽以上である事を求めぬように、水が水以上である事を求めぬように、船長が船長以上である事を私は求めない、ただその恵みを一心に受け希望の花を咲かせたいもしくはデカいケツで気道を塞ぎ息の根を止めてもらいたい
船長、もし貴女が他の誰かに見ているものが願望であったとするならば、少しだけそれを取っ払って今あるそのままの姿を捉えてみてほしい、想う人がそこに生きている、それだけで希望に見えてはこないだろうか