(3)名誉感情侵害
 
 名誉感情侵害につき、東京地判令和3年4月26日は、「片親だから」、「オヤナシだから」、「母親が居ないから」などと、Vtuberとしての行動を原告の生育環境と結びつける形で批判する投稿について、生育環境と結びつけてまで原告を批判する本件各投稿は、単なるマナー違反等を批判する内容とは異なり、社会通念上許される限度を超えて原告を侮辱するものとして、その名誉感情を侵害することが明らかというべきであるとした(注11)。
 
 これに対し、上記東京地判令和3年6月8日は、「Cてまじで慢心すごいわ 成金の品のなさ出てるな」というVtuberに対する掲示板での批判について、Vチューバーとしての配信動画(作品)を見た投稿者が「慢心」、「成金」、「品がない」との否定的な批評をしているとみるのが通常であるところ、作品又はその演者に対する批評として受忍限度を超えるような程度には至っていないとした。すなわち、「配信動画に限らず、芸術・芸能作品に対する批評は最大限保障されるべきであることはいうまでもなく、かつ、不特定又は多数である社会一般に作品を提供する者は、その帰結として肯定的・否定的な批評を受けること自体は当然甘受すべきものであるから、その批評が人身攻撃に及ぶなど批評(意見ないし論評)の域を逸脱しているなどの場合を除き、不法行為を構成するとはいえない」という規範を立てた上で、当該Vtuberは「宝石、宝、お金が大好きで、海賊になって宝を探すのが夢。」とのキャラ設定を自ら行い、高級な食事のエピソードを配信動画のテーマとするなどしているのであるから、「慢心」「成金」「品がない」などの感想を一部の者が抱くことはあり得ることであって、その表現も、原告に対し否定的ではあるものの、対象者個人の具体的なエピソードや家庭環境などをもとに人格攻撃しているものとも解されないから、表現者として作品を提供する原告として受忍すべき限度の範囲内にあるというべきであるとした。
 
 これらの裁判例の結論は一見矛盾しているようにも見えるが、東京地判令和3年6月8日が「個人の具体的なエピソードや家庭環境などをもとに人格攻撃しているものとも解されない」としているように、上記1で述べたYouTuberについてその作品内容そのものに関する一定の批判は甘受すべきだが、それが人格攻撃に到れば、(動画を配信しているという理由で)一般人以上にそれを甘受することが求められるものではない、という法理がそのままVtuberについても適用されたと理解することができるだろう。