【なぜ平塚塾が社会から必要とされるのか?】
〔以下、私=尊師〕

ですから私の発する言動には、それらの奴隷教育足る要素はありません。

私はそれら社会に当たり前にある風潮や常識を排除して人を見ています。
そのせいか、他者に対して本人が気づいていない長所が見えることが多々あります。

つまり、奴隷教育下で必要とされず見えてこない才能と価値が、
それらを排除して他者を見るならば、隠れた才能、価値として見えてくるのです。
しかしそれはいわば当然なのです。

なぜなら「誰にとっての優等生か?」という評価基準は、
現代社会教育では支配者層にとって優秀な人材(奴隷)が優等生であり、
その観点で義務教育の価値基準を排除すれば、支配者層にとって価値がない能力が、
立派な能力として我々に見えてくるのは当たり前です。

前者は奴隷教育上の優等生で、後者はその逆になるわけですから、
無から有を想像して作り上げていく資質があるということです。

そしてなにより「皆が等しく、限りなく豊かな才能を持っている」ことが人の普遍性だからです。

その皆が漏れなく、ものすごい才能を持っているという事実から、
私は皆さん一人一人を感化させ、公益をもたらす行動を取っていただきたいと思い、
「社会問題について言及する」という方法をとってきました。

それらの私の言論を受けて各々が何ができるかを考え、
行動して欲しいと持っていたわけですが、今回、
私の思いをさらに「塾」という学びと向上を目的とした過程を取り入れることによって、
個々人の才能をより特化させ、公益をもたらす方向へと定めるお手伝いをしたい。

それが平塚塾を創設する動機です。

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