栞桜さんの夢をみたこと

プティさんの話を聞いた後だったと思うが、それからClusterかVRChatか、そうゆうアバターを使う世界の中で、栞桜さんだと思う人と出会った。アバターは全く栞桜さんとは関係ない姿であるけれど、なぜか、栞桜さんだとわかる。夢の中の栞桜さんもこちらを認識されていた。大丈夫なのか、という疑問に、大丈夫、今度はしっかりと対策をしてある、というような復帰の計画について語られていた。

私は夢を見ているときに、これは夢だと認識していることが多いが、この夢は目が覚めてから夢を見ていたのか、と思うタイプの夢だった。

そして、このような夢をみたことに、正直、残念な気持ちになった。

この夢のタイプは抑圧された願望夢である。

わかりやすい例として、よく引き合いに出されるのが受験の夢だろう。難関の志望校に合格する夢は、現実には叶わない。その意味で凶夢ともいえなくもないが、本質はそこではない。

この夢は抑圧されたフラストレーションに気付かせるためのものである。頭の中で理性的に考えて自分は合格できないとわかっている。だから合格は無理だ、と思っている。しかし、願望とは理性的なものではない。子供が、あれも欲しい、これも欲しいとダダをこねるが、分別がつくようになると我慢できるようになる。しかし「欲しいという気持ち」がなくなったのではない。我慢して蓋をして心の奥にしまっただけである。だから理性は合格できないと思っていても、本心では合格したがっている。その整理のつけられない矛盾がフラストレーションとして夢に出たものである。

このことから、この栞桜さんの夢の意味するところは「私が栞桜さんに復帰して欲しいという本心を抑圧していた」という事実だろう。

栞桜さんにとって今復帰することは必ずしも良いことはいえない。だから栞桜さんの安全安寧を願うのであれば、いまは、ただ待つことのみである。
…というのが現在の私の考えではあり、それは現在も同様である。

しかし、物分かりがいいフリをして、栞桜さんの復帰を願うべきではない、と、願望に蓋をして無理をしていたのだ。

先月の気持ちの落ち込みは、日本の企業Vが私の望む方向とは違う方向に進みそうであること、本来あるべき姿と私が思うものと現実に進んでいるものとの軋轢を予想した「予期不安」のようなものや、7月の日記で2年総括をし、アイドル部が終わった実感を書いたことで、栞桜さんへの気持ちも整理をつけようとしていたことへの抵抗感だったのだろう。

ツイッターをみていると9月には何人かの人が、栞桜さんの夢をみたことを報告されていたのは、休止から1年が経過して、自分の中の願望が表面化してきたのだろうかと思う。