私は「当事者間で終わった話。周りがとやかく言う事ではない」とは全く思わないです。
「周りがとやかく言う事じゃない」と言う人は、何か事件や問題が起きたニュースを見た時、
その当事者ではないからと言って何も語ったりしないのでしょうか?
していると思いますし、それはしてもいいことです。今回私がしているように。
社会的観点から第三者が問題を批判したりするのは抑圧されるべきことではありません。
それがたとえ当事者がやめてほしいと思ったとしてもです。
「あやまったのだから既に解決している。これ以上言うな」というのはおかしな論理ですしモラハラになります。
まったく落ち度のない者が悪者にされたままなのでそこは是正していってもいい。
誰かを責めあうのではなく、物事を是正する、二つは似て非なるものです。
責めあうのは不毛ですが、是正をすることは第三者の社会的な行為として妨げちゃいけない。
少なくとも荒れるからなどという理由で是正をひかえることで
悪意あるものにとって都合がよく、何の落ち度もない者が悪者にされるままなのよりはいい。
配信者を含め、さわらずにいてほしいと思う人がいたとしても。
社会的な観点からは終結はしておらず、
何の落ち度もない人が虚偽のモラハラで謝罪させられたのは良くない流れです。
もし是正しないなら、悪意ある者がほくそ笑み、何の落ちどもない配信者が悪者としてネットに記録されることになる。
これは社会的観点からもよくはないことです。

現在は落ち度のない配信者があやまっているという論理的矛盾をかかえた状態での「和解」ですから、
視聴者が意見を言いたくなるのも自然なことだと思います。
当事者でなくとも何が論理的に正しいかを導きだせますし、社会的な観点から言えば第三者も議論してよいわけです。
配信停止という状態なので視聴者も巻き込まれているわけですので、その点では当事者でもあり意見を述べるのも当然だと思います。



時々「謝罪して鎮静化してほしがってる2人のためにやめろ」と言う人がいますが、
自分はそもそも2人のためを思って意見を言っていません。
物事を是正するために行っています。
何度もいっているとおり、配信者が嫌がろうと自分はそれとは関係なく、あるべきと思うことをなしているのです。
2人は無実ですからその容疑が晴らされるべきだとは思いますね。
むしろこのまま沈静化したら、
「ホロライブって同人誌の作者をさらし者にしたやつの事務所だろ?w」、
「(みこちやマリンを見て)あれ、こいつらって同人作者あざけり笑って、信者使ってリンチしてた奴ジャン。そんなの見てるのお前?」
なんてのが普通に言われることでしょうね。
私は沈静化=認識の定着だと理解していますので、沈静化が2人のためになるとも思わないほうですね。
「このまま2人を悪者のままでもしょうがない、鎮静化すればいいじゃん、配信がまた始まればそれでいい、だから外野は黙ってろ」、
ぐらいの本質的には自己中心的な態度だと理解できないでしょうけれども。
自分としては今すぐにでも配信してかまわないと思いますし、そのまま楽しみますし、
あやまる必要すらなかったと思うので、この問題が語られるのを見るたび、そう言いますねえ。