「平塚みたいな馬鹿は(そこまで目立ってないだけで)沢山いる」
という事実を認めたとして、そこで重要なことは、
こいつは、その馬鹿の一群の「最後の方」であろう、
ということですね。

例えば、
「自分の小便飲むのよりも馬鹿なことしてみろ」
と言われても思いつかないでしょ。

人殺しとかよりも、自分の小便飲む方が馬鹿度が高いでしょ。

つまり、
「馬鹿でも最後の方の馬鹿が出現した」ということであって、
こいつは「ラスト・オブ・モヒカン」、「ラスト・オブ・バカ」なわけですよ。

馬鹿が絶滅するということは、これは最後の審判は近しなんですよ。
ここが見どころなんですよね。