この程度の空白で“馬が出なくなった”だと?違うね、今は愛を試されているんだ。
言わば選別。いかに傷心中のちゃる、自主謹慎中のちゃるでちゃるにーできるかを
我々は試されているんだ。このような試練は何度もあった。例えば活動停止、
例えばプロデューサー着任宣言からの低浮上。どれも状況は違えど我々はその度に
ちゃるにーしてきた、その時その瞬間に合ったシチュエーションでな。
一部の心無い者が言う。「馬は一度の失敗で全てを壊した」と。ならば
我々は問おう。「お前があの時感じた感情はその程度で壊れる物だったのか」と。
自分のちゃるにーに自信を持て。その時その瞬間にしかできないちゃるにーをしろ。
他人の戯れ言にも決して揺るがない塔をお前の股間におっ勃てろ。
お前はちゃるの夢が好きなのか?違う、子どもみたいな夢を追うちゃるが好きなんだ。
お前はちゃるの見捨てなかったファンが好きなのか?違う、愚直に人の善性を信じる
底抜けの馬鹿なちゃるが好きなんだ。そんなの妄想だって?そうさ、所詮外から見た
他人のイメージなんて究極的には妄想に過ぎない。本当の他人なんて本人しか知らない。
良いやつだと思うか悪いやつだと思うかはただの妄想の違いだ。
だから他人を見るな。自分を見るな。ちゃるを見ろ。ちゃるだけを見てろ。
“お前の好きなちゃる”でちゃるにーをしろ。
そうすればきっとなれる。本物の馬組に。共に歩もう、我々は俺なんだから。