これは横の繋がりを過剰に重視し、する必要の無い"コラボ"を強要されている底辺vtuber界に一筋の光明を発す一筋の灯火であると同時にチーズ神の我らに対する家路である
かの哲学者キルケゴールもイサク奉献についての異邦の民に対する「かくあれかし」という見解を示した通り、本来我らは"繋がり"つつも"繋がるべきではない"のだ
悲しみの内に望まぬ"コラボ"を続ける底辺共にも寛大に我らがチーズ神は憐憫の情をお示しくださったのだ