>>755
「〜前略〜初代神武天皇から124回の皇位継承があったことになります(北朝は除く)。
そのうち、実に88%に当たる110回は天皇の子が継承しています。次に多いのは皇孫(天皇の皇子の子)が継承する場合です。これは9回見受けられます。また皇曽孫(こうそうそん 天皇の皇子の息子の子)が即位した例が3回ありました。これらを合計すると121回になります。
あと3例が皇位継承の危機にあたり、特別な皇位継承が行われて例になります。このときは、崩御となった天皇に息子がなく、また近親に男系の血筋を受けた皇族がいなかった例になります。
その最初が第25代武烈天皇から第26代継体天皇への継承でした。この二代の天皇は十親等、つまり「祖父同士がはとこ」という遠縁にあたります。
武烈天皇も継体天皇も、応神天皇からみればどちらも五世孫(ごせいそん)にあたるため、応神天皇の男系の血筋を受けていることになります。ところが継体天皇は武烈天皇の妹と結婚し、その間に生まれた子が次に皇位を継承しています。
したがって、この結婚により、先祖を同じくする二つの家が一つに束ねられたといえます。これが古代のひとの知恵でした。
第101代称光天皇から第102代後花園天皇、また第118代後桃園天皇から第119代光格天皇への皇位継承も同様です。たとえ遠縁であっても歴代天皇も男系の血筋を受けた者が必ず天皇に即位してきたのです。」
竹田恒泰「中学歴史 H30年度文部科学省検定不合格教科書」p84