>>216
だったら日本の主張として当初から国後択捉を領土問題の対象にし続けるべきだったね
例えば1953年7月7日 衆議院本会議決議
歯舞色丹と沖縄奄美、小笠原のみが対象、国後択捉など対象外、言及すら無い
これが国権の最高機関たる国会の本会議決議の結果
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領土に関する決議
昭和 28 年 7 月 7 日
衆議院本会議可決
平和条約の発効以来、歯舞及び色丹島等の復帰を図ることは、
わが国民あげての宿望であり、また、沖縄、奄美大島、小笠原諸島等が内地の施政から切り離されている
不便を除去することも国民久しく切望し来ったのである。
本院においても、院議をもってしばしばこれを要望したが、いまなお、その実現を見るに至らないことは、
国民のひとしく遺憾に堪えないところである。
よって政府は、速やかにこれら諸島が完全にわが国に帰属するよう最善の措置を講ずべきである。
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↑重要なことは国後択捉への言及が一切ないこと!★


領土返還国会決議に国後択捉が明記されてくるのはなんとびっくり!1973年以降というのが現実
例えば1965年3月9日の国会決議で初めて「北方領土」という言葉が登場し
例えば1970年4月6日の国会決議で初めて「我が国固有の領土である北方領土」という言葉が登場し
例えば1973年9月20日の国会決議で初めて「国後択捉」という言葉が登場してくる
という流れ