夢見がちで穴だらけの「VRジェンダー論」と「性別の超越」という幻想
https://lacenaire.hatenablog.jp/entry/2019/02/22/165328

同化の対象が、男性が理想とする“かわいい”“女の子”である以上、それはある種の規範として抑圧性を発揮する。
オタク男性が従来の男性ジェンダーから脱落しかけているからといって、その抑圧性が消えるわけでもない。
男性が付与する“かわいい”という属性の抑圧性に無自覚でいるのならばなおさらだ。“ジェンダー規範から解放された男性オタク”という前提は、
対象を気持よく消費するための“理想化された自己イメージ”に過ぎない。

こういった話を“俺(たち)の欲望語り”としてある種のネタ的に消費しているだけならまだ笑って流せるが、それが自分たちの
欲望を肯定するための道具として、あるいは選民思想的な言説とセットで出てくるのであればさすがに笑えない。

“オタクは性別を超越した”というのは単なる幻想であって、実際には性別など超えられてはいないし、ジェンダーからの
解放もされていない。性的欲望を脱臭した程度でジェンダー規範から解放されたなんて思うことそのものが間違いだ。
最低限の分別として、妄想と現実の区別はつけるべきである。