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ホロライブに所属するVtuberの湊あくあに関するアンチスレです
配信スケジュールはホロライブ公式Twitter、所属メンバーのTwitterで確認
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・スレを立てるときは先頭に「!extend:none:none:1000:512」を三行いれよう
・sage進行推奨。E-mail欄(メール欄/メ欄)に半角小文字で「sage」と記入。
・次スレは>>950が立てること。無理ならば代理人を指名するか踏まないこと。
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■前スレ
【バーチャルBilibiler】湊あくあアンチスレ#369【ホロライブ】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/streaming/1547462136/
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【バーチャルBilibiler】湊あくあアンチスレ#370【ホロライブ】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
2019/01/14(月) 20:38:58.36
457名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:14:39.80 >>44
た。女学生は勢力になって、もう自分が恋をした頃のような旧式の娘は見たくも見られなくなった。青年はま
た青年で、恋を説くにも、文学を談ずるにも、政治を語るにも、その態度が総て一変して、自分等とは永久に
相触れることが出来ないように感じられた。 で、毎日機械のように同じ道を通って、同じ大きい門を入って
、輪転機関の屋を撼す音と職工の臭い汗との交った細い間を通って、事務室の人々に軽く挨拶して、こつこつ
と長い狭い階梯を登って、さてその室に入るのだが、東と南に明いたこの室は、午後の烈しい日影を受けて、
実に堪え難く暑い。それに小僧が無精で掃除をせぬので、卓の上には白い埃がざらざらと心地悪い。渠は椅子
に腰を掛けて、煙草を一服吸って、立上って、厚い統計書と地図と案内記と地理書とを本箱から出して、さて
静かに昨日の続きの筆を執り始めた。けれど二三日来、頭脳がむしゃくしゃしているので、筆が容易に進まな
い。一行書いては筆を留めてその事を思う。また一行書く、また留める、又書いてはまた留めるという風。そ
してその間に頭脳に浮んで来る考は総て断片的で、猛烈で、急激で、絶望的の分子が多い。ふとどういう聯想
か、ハウプトマンの「寂しき人々」を思い出した。こうならぬ前に、この戯曲をかの女の日課として教えて遣
ろうかと思ったことがあった。ヨハンネス・フォケラートの心事と悲哀とを教えて遣りたかった。この戯曲を
渠が読んだのは今から三年以前、まだかの女のこの世にあることをも夢にも知らなかった頃であったが、その
頃から渠は淋しい人であった。敢てヨハンネスにその身を比そうとは為なかったが、アンナのような女がもし
あったなら、そういう悲劇に陥るのは当然だとしみじみ同情した。今はそのヨハンネスにさえなれぬ身だと思
って長嘆した。 さすがに「寂しき人々」をかの女に教えなかったが、ツルゲネーフの「ファースト」という
短篇を教えたことがあった。洋燈の光明かなる四畳半の書斎、かの女の若々しい心は色彩ある恋物語に憧れ渡
って、表情ある眼は更に深い深い意味を以て輝きわたった。ハイカラな庇髪、櫛、リボン、洋燈の光線がその
半身を照して、一巻の書籍に顔を近く寄せると、言うに言われぬ香水のかおり、肉のかおり、女のかおり――
655f43a7ac
、怒った容とか笑った容とか、三種、四種位しかその感情を表わすことが出来なかったが、今では情を巧に顔
に表わす女が多くなった。芳子もその一人であると時雄は常に思った。 芳子と時雄との関係は単に師弟の間
柄としては余りに親密であった。この二人の様子を観察したある第三者の女の一人が妻に向って、「芳子さん
が来てから時雄さんの様子はまるで変りましたよ。二人で話しているところを見ると、魂は二人ともあくがれ
渡っているようで、それは本当に油断がなりませんよ」と言った。他から見れば、無論そう見えたに相違なか
った。けれど二人は果してそう親密であったか、どうか。 若い女のうかれ勝な心、うかれるかと思えばすぐ
沈む。些細なことにも胸を動かし、つまらぬことにも心を痛める。恋でもない、恋でなくも無いというような
やさしい態度、時雄は絶えず思い惑った。道義の力、習俗の力、機会一度至ればこれを破るのは帛を裂くより
も容易だ。唯、容易に来らぬはこれを破るに至る機会である。 この機会がこの一年の間に尠くとも二度近寄
ったと時雄は自分だけで思った。一度は芳子が厚い封書を寄せて、自分の不束なこと、先生の高恩に報ゆるこ
とが出来ぬから自分は故郷に帰って農夫の妻になって田舎に埋れて了おうということを涙交りに書いた時、一
度は或る夜芳子が一人で留守番をしているところへゆくりなく時雄が行って訪問した時、この二度だ。初めの
時は時雄はその手紙の意味を明かに了解した。その返事をいかに書くべきかに就いて一夜眠らずに懊悩した。
穏かに眠れる妻の顔、それを幾度か窺って自己の良心のいかに麻痺せるかを自ら責めた。そしてあくる朝贈っ
た手紙は、厳乎たる師としての態度であった。二度目はそれから二月ほど経った春の夜、ゆくりなく時雄が訪
問すると、芳子は白粉をつけて、美しい顔をして、火鉢の前にぽつねんとしていた。「どうしたの」と訊くと
、「お留守番ですの」「姉は何処へ行った?」「四谷へ買物に」 と言って、じっと時雄の顔を見る。いかに
も艶かしい。時雄はこの力ある一瞥に意気地なく胸を躍らした。二語三語、普通のことを語り合ったが、その
平凡なる物語が更に平凡でないことを互に思い知ったらしかった。この時、今十五分も一緒に話し合ったなら
ば、どうなったであろうか。女の表情の眼は輝き、言葉は艶めき、態度がいかにも尋常でなかった。「今夜は
た。女学生は勢力になって、もう自分が恋をした頃のような旧式の娘は見たくも見られなくなった。青年はま
た青年で、恋を説くにも、文学を談ずるにも、政治を語るにも、その態度が総て一変して、自分等とは永久に
相触れることが出来ないように感じられた。 で、毎日機械のように同じ道を通って、同じ大きい門を入って
、輪転機関の屋を撼す音と職工の臭い汗との交った細い間を通って、事務室の人々に軽く挨拶して、こつこつ
と長い狭い階梯を登って、さてその室に入るのだが、東と南に明いたこの室は、午後の烈しい日影を受けて、
実に堪え難く暑い。それに小僧が無精で掃除をせぬので、卓の上には白い埃がざらざらと心地悪い。渠は椅子
に腰を掛けて、煙草を一服吸って、立上って、厚い統計書と地図と案内記と地理書とを本箱から出して、さて
静かに昨日の続きの筆を執り始めた。けれど二三日来、頭脳がむしゃくしゃしているので、筆が容易に進まな
い。一行書いては筆を留めてその事を思う。また一行書く、また留める、又書いてはまた留めるという風。そ
してその間に頭脳に浮んで来る考は総て断片的で、猛烈で、急激で、絶望的の分子が多い。ふとどういう聯想
か、ハウプトマンの「寂しき人々」を思い出した。こうならぬ前に、この戯曲をかの女の日課として教えて遣
ろうかと思ったことがあった。ヨハンネス・フォケラートの心事と悲哀とを教えて遣りたかった。この戯曲を
渠が読んだのは今から三年以前、まだかの女のこの世にあることをも夢にも知らなかった頃であったが、その
頃から渠は淋しい人であった。敢てヨハンネスにその身を比そうとは為なかったが、アンナのような女がもし
あったなら、そういう悲劇に陥るのは当然だとしみじみ同情した。今はそのヨハンネスにさえなれぬ身だと思
って長嘆した。 さすがに「寂しき人々」をかの女に教えなかったが、ツルゲネーフの「ファースト」という
短篇を教えたことがあった。洋燈の光明かなる四畳半の書斎、かの女の若々しい心は色彩ある恋物語に憧れ渡
って、表情ある眼は更に深い深い意味を以て輝きわたった。ハイカラな庇髪、櫛、リボン、洋燈の光線がその
半身を照して、一巻の書籍に顔を近く寄せると、言うに言われぬ香水のかおり、肉のかおり、女のかおり――
655f43a7ac
、怒った容とか笑った容とか、三種、四種位しかその感情を表わすことが出来なかったが、今では情を巧に顔
に表わす女が多くなった。芳子もその一人であると時雄は常に思った。 芳子と時雄との関係は単に師弟の間
柄としては余りに親密であった。この二人の様子を観察したある第三者の女の一人が妻に向って、「芳子さん
が来てから時雄さんの様子はまるで変りましたよ。二人で話しているところを見ると、魂は二人ともあくがれ
渡っているようで、それは本当に油断がなりませんよ」と言った。他から見れば、無論そう見えたに相違なか
った。けれど二人は果してそう親密であったか、どうか。 若い女のうかれ勝な心、うかれるかと思えばすぐ
沈む。些細なことにも胸を動かし、つまらぬことにも心を痛める。恋でもない、恋でなくも無いというような
やさしい態度、時雄は絶えず思い惑った。道義の力、習俗の力、機会一度至ればこれを破るのは帛を裂くより
も容易だ。唯、容易に来らぬはこれを破るに至る機会である。 この機会がこの一年の間に尠くとも二度近寄
ったと時雄は自分だけで思った。一度は芳子が厚い封書を寄せて、自分の不束なこと、先生の高恩に報ゆるこ
とが出来ぬから自分は故郷に帰って農夫の妻になって田舎に埋れて了おうということを涙交りに書いた時、一
度は或る夜芳子が一人で留守番をしているところへゆくりなく時雄が行って訪問した時、この二度だ。初めの
時は時雄はその手紙の意味を明かに了解した。その返事をいかに書くべきかに就いて一夜眠らずに懊悩した。
穏かに眠れる妻の顔、それを幾度か窺って自己の良心のいかに麻痺せるかを自ら責めた。そしてあくる朝贈っ
た手紙は、厳乎たる師としての態度であった。二度目はそれから二月ほど経った春の夜、ゆくりなく時雄が訪
問すると、芳子は白粉をつけて、美しい顔をして、火鉢の前にぽつねんとしていた。「どうしたの」と訊くと
、「お留守番ですの」「姉は何処へ行った?」「四谷へ買物に」 と言って、じっと時雄の顔を見る。いかに
も艶かしい。時雄はこの力ある一瞥に意気地なく胸を躍らした。二語三語、普通のことを語り合ったが、その
平凡なる物語が更に平凡でないことを互に思い知ったらしかった。この時、今十五分も一緒に話し合ったなら
ば、どうなったであろうか。女の表情の眼は輝き、言葉は艶めき、態度がいかにも尋常でなかった。「今夜は
458名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:14:56.19 >>36
さの室の中央には、大きい一脚の卓が据えてあって、傍に高い西洋風の本箱、この中には総て種々の地理書が
一杯入れられてある。渠はある書籍会社の嘱託を受けて地理書の編輯の手伝に従っているのである。文学者に
地理書の編輯! 渠は自分が地理の趣味を有っているからと称して進んでこれに従事しているが、内心これに
甘じておらぬことは言うまでもない。後れ勝なる文学上の閲歴、断篇のみを作って未だに全力の試みをする機
会に遭遇せぬ煩悶、青年雑誌から月毎に受ける罵評の苦痛、渠自らはその他日成すあるべきを意識してはいる
ものの、中心これを苦に病まぬ訳には行かなかった。社会は日増に進歩する。電車は東京市の交通を一変させ
た。女学生は勢力になって、もう自分が恋をした頃のような旧式の娘は見たくも見られなくなった。青年はま
た青年で、恋を説くにも、文学を談ずるにも、政治を語るにも、その態度が総て一変して、自分等とは永久に
相触れることが出来ないように感じられた。 で、毎日機械のように同じ道を通って、同じ大きい門を入って
、輪転機関の屋を撼す音と職工の臭い汗との交った細い間を通って、事務室の人々に軽く挨拶して、こつこつ
と長い狭い階梯を登って、さてその室に入るのだが、東と南に明いたこの室は、午後の烈しい日影を受けて、
実に堪え難く暑い。それに小僧が無精で掃除をせぬので、卓の上には白い埃がざらざらと心地悪い。渠は椅子
に腰を掛けて、煙草を一服吸って、立上って、厚い統計書と地図と案内記と地理書とを本箱から出して、さて
静かに昨日の続きの筆を執り始めた。けれど二三日来、頭脳がむしゃくしゃしているので、筆が容易に進まな
い。一行書いては筆を留めてその事を思う。また一行書く、また留める、又書いてはまた留めるという風。そ
してその間に頭脳に浮んで来る考は総て断片的で、猛烈で、急激で、絶望的の分子が多い。ふとどういう聯想
か、ハウプトマンの「寂しき人々」を思い出した。こうならぬ前に、この戯曲をかの女の日課として教えて遣
ろうかと思ったことがあった。ヨハンネス・フォケラートの心事と悲哀とを教えて遣りたかった。この戯曲を
渠が読んだのは今から三年以前、まだかの女のこの世にあることをも夢にも知らなかった頃であったが、その
15682d1776
びる覚悟がなくては」 芳子にはこの時雄の教訓が何より意味があるように聞えて、渇仰の念が愈※(二の字
点、1-2-22)加わった。基督教の教訓より自由でそして権威があるように考えられた。 芳子は女学生
としては身装が派手過ぎた。黄金の指環をはめて、流行を趁った美しい帯をしめて、すっきりとした立姿は、
路傍の人目を惹くに十分であった。美しい顔と云うよりは表情のある顔、非常に美しい時もあれば何だか醜い
時もあった。眼に光りがあってそれが非常によく働いた。四五年前までの女は感情を顕わすのに極めて単純で
、怒った容とか笑った容とか、三種、四種位しかその感情を表わすことが出来なかったが、今では情を巧に顔
に表わす女が多くなった。芳子もその一人であると時雄は常に思った。 芳子と時雄との関係は単に師弟の間
柄としては余りに親密であった。この二人の様子を観察したある第三者の女の一人が妻に向って、「芳子さん
が来てから時雄さんの様子はまるで変りましたよ。二人で話しているところを見ると、魂は二人ともあくがれ
渡っているようで、それは本当に油断がなりませんよ」と言った。他から見れば、無論そう見えたに相違なか
った。けれど二人は果してそう親密であったか、どうか。 若い女のうかれ勝な心、うかれるかと思えばすぐ
沈む。些細なことにも胸を動かし、つまらぬことにも心を痛める。恋でもない、恋でなくも無いというような
やさしい態度、時雄は絶えず思い惑った。道義の力、習俗の力、機会一度至ればこれを破るのは帛を裂くより
も容易だ。唯、容易に来らぬはこれを破るに至る機会である。 この機会がこの一年の間に尠くとも二度近寄
ったと時雄は自分だけで思った。一度は芳子が厚い封書を寄せて、自分の不束なこと、先生の高恩に報ゆるこ
とが出来ぬから自分は故郷に帰って農夫の妻になって田舎に埋れて了おうということを涙交りに書いた時、一
度は或る夜芳子が一人で留守番をしているところへゆくりなく時雄が行って訪問した時、この二度だ。初めの
時は時雄はその手紙の意味を明かに了解した。その返事をいかに書くべきかに就いて一夜眠らずに懊悩した。
穏かに眠れる妻の顔、それを幾度か窺って自己の良心のいかに麻痺せるかを自ら責めた。そしてあくる朝贈っ
た手紙は、厳乎たる師としての態度であった。二度目はそれから二月ほど経った春の夜、ゆくりなく時雄が訪
さの室の中央には、大きい一脚の卓が据えてあって、傍に高い西洋風の本箱、この中には総て種々の地理書が
一杯入れられてある。渠はある書籍会社の嘱託を受けて地理書の編輯の手伝に従っているのである。文学者に
地理書の編輯! 渠は自分が地理の趣味を有っているからと称して進んでこれに従事しているが、内心これに
甘じておらぬことは言うまでもない。後れ勝なる文学上の閲歴、断篇のみを作って未だに全力の試みをする機
会に遭遇せぬ煩悶、青年雑誌から月毎に受ける罵評の苦痛、渠自らはその他日成すあるべきを意識してはいる
ものの、中心これを苦に病まぬ訳には行かなかった。社会は日増に進歩する。電車は東京市の交通を一変させ
た。女学生は勢力になって、もう自分が恋をした頃のような旧式の娘は見たくも見られなくなった。青年はま
た青年で、恋を説くにも、文学を談ずるにも、政治を語るにも、その態度が総て一変して、自分等とは永久に
相触れることが出来ないように感じられた。 で、毎日機械のように同じ道を通って、同じ大きい門を入って
、輪転機関の屋を撼す音と職工の臭い汗との交った細い間を通って、事務室の人々に軽く挨拶して、こつこつ
と長い狭い階梯を登って、さてその室に入るのだが、東と南に明いたこの室は、午後の烈しい日影を受けて、
実に堪え難く暑い。それに小僧が無精で掃除をせぬので、卓の上には白い埃がざらざらと心地悪い。渠は椅子
に腰を掛けて、煙草を一服吸って、立上って、厚い統計書と地図と案内記と地理書とを本箱から出して、さて
静かに昨日の続きの筆を執り始めた。けれど二三日来、頭脳がむしゃくしゃしているので、筆が容易に進まな
い。一行書いては筆を留めてその事を思う。また一行書く、また留める、又書いてはまた留めるという風。そ
してその間に頭脳に浮んで来る考は総て断片的で、猛烈で、急激で、絶望的の分子が多い。ふとどういう聯想
か、ハウプトマンの「寂しき人々」を思い出した。こうならぬ前に、この戯曲をかの女の日課として教えて遣
ろうかと思ったことがあった。ヨハンネス・フォケラートの心事と悲哀とを教えて遣りたかった。この戯曲を
渠が読んだのは今から三年以前、まだかの女のこの世にあることをも夢にも知らなかった頃であったが、その
15682d1776
びる覚悟がなくては」 芳子にはこの時雄の教訓が何より意味があるように聞えて、渇仰の念が愈※(二の字
点、1-2-22)加わった。基督教の教訓より自由でそして権威があるように考えられた。 芳子は女学生
としては身装が派手過ぎた。黄金の指環をはめて、流行を趁った美しい帯をしめて、すっきりとした立姿は、
路傍の人目を惹くに十分であった。美しい顔と云うよりは表情のある顔、非常に美しい時もあれば何だか醜い
時もあった。眼に光りがあってそれが非常によく働いた。四五年前までの女は感情を顕わすのに極めて単純で
、怒った容とか笑った容とか、三種、四種位しかその感情を表わすことが出来なかったが、今では情を巧に顔
に表わす女が多くなった。芳子もその一人であると時雄は常に思った。 芳子と時雄との関係は単に師弟の間
柄としては余りに親密であった。この二人の様子を観察したある第三者の女の一人が妻に向って、「芳子さん
が来てから時雄さんの様子はまるで変りましたよ。二人で話しているところを見ると、魂は二人ともあくがれ
渡っているようで、それは本当に油断がなりませんよ」と言った。他から見れば、無論そう見えたに相違なか
った。けれど二人は果してそう親密であったか、どうか。 若い女のうかれ勝な心、うかれるかと思えばすぐ
沈む。些細なことにも胸を動かし、つまらぬことにも心を痛める。恋でもない、恋でなくも無いというような
やさしい態度、時雄は絶えず思い惑った。道義の力、習俗の力、機会一度至ればこれを破るのは帛を裂くより
も容易だ。唯、容易に来らぬはこれを破るに至る機会である。 この機会がこの一年の間に尠くとも二度近寄
ったと時雄は自分だけで思った。一度は芳子が厚い封書を寄せて、自分の不束なこと、先生の高恩に報ゆるこ
とが出来ぬから自分は故郷に帰って農夫の妻になって田舎に埋れて了おうということを涙交りに書いた時、一
度は或る夜芳子が一人で留守番をしているところへゆくりなく時雄が行って訪問した時、この二度だ。初めの
時は時雄はその手紙の意味を明かに了解した。その返事をいかに書くべきかに就いて一夜眠らずに懊悩した。
穏かに眠れる妻の顔、それを幾度か窺って自己の良心のいかに麻痺せるかを自ら責めた。そしてあくる朝贈っ
た手紙は、厳乎たる師としての態度であった。二度目はそれから二月ほど経った春の夜、ゆくりなく時雄が訪
459名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:15:12.46 >>362
報が参りまして、六時に新橋の停車場に着くとのことですもの、私はどんなに驚きましたか知れません。何事
も無いのに出て来るような、そんな軽率な男でないと信じておりますだけに、一層甚しく気を揉みました。先
生、許して下さい。私はその時刻に迎えに参りましたのです。逢って聞きますと、私の一伍一什を書いた手紙
を見て、非常に心配して、もしこの事があった為め万一郷里に伴れて帰られるようなことがあっては、自分が
済まぬと言うので、学事をも捨てて出京して、先生にすっかりお打明申して、お詫も申上げ、お情にも縋って
、万事円満に参るようにと、そういう目的で急に出て参ったとのことで御座います。それから、私は先生にお
話し申した一伍一什、先生のお情深い言葉、将来までも私等二人の神聖な真面目な恋の証人とも保護者ともな
って下さるということを話しましたところ、非常に先生の御情に感激しまして、感謝の涙に暮れました次第で
御座います。田中は私の余りに狼狽した手紙に非常に驚いたとみえまして、十分覚悟をして、万一破壊の暁に
はと言った風なことも決心して参りましたので御座います。万一の時にはあの時嵯峨に一緒に参った友人を証
人にして、二人の間が決して汚れた関係の無いことを弁明し、別れて後互に感じた二人の恋愛をも打明けて、
先生にお縋り申して郷里の父母の方へも逐一言って頂こうと決心して参りましたそうです。けれどこの間の私
の無謀で郷里の父母の感情を破っている矢先、どうしてそんなことを申して遣わされましょう。今は少時沈黙
して、お互に希望を持って、専心勉学に志し、いつか折を見て――或は五年、十年の後かも知れません――打
明けて願う方が得策だと存じまして、そういうことに致しました。先生のお話をも一切話して聞かせました。
で、用事が済んだ上は帰した方が好いのですけれど、非常に疲れている様子を見ましては、さすがに直ちに引
返すようにとも申兼ねました。(私の弱いのを御許し下さいまし)勉学中、実際問題に触れてはならぬとの先
生の御教訓は身にしみて守るつもりで御座いますが、一先、旅籠屋に落着かせまして、折角出て来たものです
から、一日位見物しておいでなさいと、つい申して了いました。どうか先生、お許し下さいまし。私共も激し
784c8fb99d
犠牲と称して、この「恋の温情なる保護者」となった。 備中の山中から数通の手紙が来た。 その翌年の一
月には、時雄は地理の用事で、上武の境なる利根河畔に出張していた。彼は昨年の年末からこの地に来ている
ので、家のこと――芳子のことが殊に心配になる。さりとて公務を如何ともすることが出来なかった。正月に
なって二日にちょっと帰京したが、その時は次男が歯を病んで、妻と芳子とが頻りにそれを介抱していた。妻
に聞くと、芳子の恋は更に惑溺の度を加えた様子。大晦日の晩に、田中が生活のたつきを得ず、下宿に帰るこ
とも出来ずに、終夜運転の電車に一夜を過したということ、余り頻繁に二人が往来するので、それをそれとな
しに注意して芳子と口争いをしたということ、その他種々のことを聞いた。困ったことだと思った。一晩泊っ
て再び利根の河畔に戻った。 今は五日の夜であった。茫とした空に月が暈を帯びて、その光が川の中央にき
らきらと金を砕いていた。時雄は机の上に一通の封書を展いて、深くその事を考えていた。その手紙は今少し
前、旅館の下女が置いて行った芳子の筆である。先生、まことに、申訳が御座いません。先生の同情ある御恩
は決して一生経っても忘るることでなく、今もそのお心を思うと、涙が滴るるのです。父母はあの通りです。
先生があのように仰しゃって下すっても、旧風の頑固で、私共の心を汲んでくれようとも致しませず、泣いて
訴えましたけれど、許してくれません。母の手紙を見れば泣かずにはおられませんけれど、少しは私の心も汲
んでくれても好いと思います。恋とはこう苦しいものかと今つくづく思い当りました。先生、私は決心致しま
した。聖書にも女は親に離れて夫に従うと御座います通り、私は田中に従おうと存じます。田中は未だに生活
のたつきを得ませず、準備した金は既に尽き、昨年の暮れは、うらぶれの悲しい生活を送ったので御座います
。私はもう見ているに忍びません。国からの補助を受けませんでも、私等は私等二人で出来るまでこの世に生
きてみようと思います。先生に御心配を懸けるのは、まことに済みません。監督上、御心配なさるのも御尤も
です。けれど折角先生があのように私等の為めに国の父母をお説き下すったにも係らず、父母は唯無意味に怒
ってばかりいて、取合ってくれませんのは、余りと申せば無慈悲です、勘当されても為方が御座いません。堕
報が参りまして、六時に新橋の停車場に着くとのことですもの、私はどんなに驚きましたか知れません。何事
も無いのに出て来るような、そんな軽率な男でないと信じておりますだけに、一層甚しく気を揉みました。先
生、許して下さい。私はその時刻に迎えに参りましたのです。逢って聞きますと、私の一伍一什を書いた手紙
を見て、非常に心配して、もしこの事があった為め万一郷里に伴れて帰られるようなことがあっては、自分が
済まぬと言うので、学事をも捨てて出京して、先生にすっかりお打明申して、お詫も申上げ、お情にも縋って
、万事円満に参るようにと、そういう目的で急に出て参ったとのことで御座います。それから、私は先生にお
話し申した一伍一什、先生のお情深い言葉、将来までも私等二人の神聖な真面目な恋の証人とも保護者ともな
って下さるということを話しましたところ、非常に先生の御情に感激しまして、感謝の涙に暮れました次第で
御座います。田中は私の余りに狼狽した手紙に非常に驚いたとみえまして、十分覚悟をして、万一破壊の暁に
はと言った風なことも決心して参りましたので御座います。万一の時にはあの時嵯峨に一緒に参った友人を証
人にして、二人の間が決して汚れた関係の無いことを弁明し、別れて後互に感じた二人の恋愛をも打明けて、
先生にお縋り申して郷里の父母の方へも逐一言って頂こうと決心して参りましたそうです。けれどこの間の私
の無謀で郷里の父母の感情を破っている矢先、どうしてそんなことを申して遣わされましょう。今は少時沈黙
して、お互に希望を持って、専心勉学に志し、いつか折を見て――或は五年、十年の後かも知れません――打
明けて願う方が得策だと存じまして、そういうことに致しました。先生のお話をも一切話して聞かせました。
で、用事が済んだ上は帰した方が好いのですけれど、非常に疲れている様子を見ましては、さすがに直ちに引
返すようにとも申兼ねました。(私の弱いのを御許し下さいまし)勉学中、実際問題に触れてはならぬとの先
生の御教訓は身にしみて守るつもりで御座いますが、一先、旅籠屋に落着かせまして、折角出て来たものです
から、一日位見物しておいでなさいと、つい申して了いました。どうか先生、お許し下さいまし。私共も激し
784c8fb99d
犠牲と称して、この「恋の温情なる保護者」となった。 備中の山中から数通の手紙が来た。 その翌年の一
月には、時雄は地理の用事で、上武の境なる利根河畔に出張していた。彼は昨年の年末からこの地に来ている
ので、家のこと――芳子のことが殊に心配になる。さりとて公務を如何ともすることが出来なかった。正月に
なって二日にちょっと帰京したが、その時は次男が歯を病んで、妻と芳子とが頻りにそれを介抱していた。妻
に聞くと、芳子の恋は更に惑溺の度を加えた様子。大晦日の晩に、田中が生活のたつきを得ず、下宿に帰るこ
とも出来ずに、終夜運転の電車に一夜を過したということ、余り頻繁に二人が往来するので、それをそれとな
しに注意して芳子と口争いをしたということ、その他種々のことを聞いた。困ったことだと思った。一晩泊っ
て再び利根の河畔に戻った。 今は五日の夜であった。茫とした空に月が暈を帯びて、その光が川の中央にき
らきらと金を砕いていた。時雄は机の上に一通の封書を展いて、深くその事を考えていた。その手紙は今少し
前、旅館の下女が置いて行った芳子の筆である。先生、まことに、申訳が御座いません。先生の同情ある御恩
は決して一生経っても忘るることでなく、今もそのお心を思うと、涙が滴るるのです。父母はあの通りです。
先生があのように仰しゃって下すっても、旧風の頑固で、私共の心を汲んでくれようとも致しませず、泣いて
訴えましたけれど、許してくれません。母の手紙を見れば泣かずにはおられませんけれど、少しは私の心も汲
んでくれても好いと思います。恋とはこう苦しいものかと今つくづく思い当りました。先生、私は決心致しま
した。聖書にも女は親に離れて夫に従うと御座います通り、私は田中に従おうと存じます。田中は未だに生活
のたつきを得ませず、準備した金は既に尽き、昨年の暮れは、うらぶれの悲しい生活を送ったので御座います
。私はもう見ているに忍びません。国からの補助を受けませんでも、私等は私等二人で出来るまでこの世に生
きてみようと思います。先生に御心配を懸けるのは、まことに済みません。監督上、御心配なさるのも御尤も
です。けれど折角先生があのように私等の為めに国の父母をお説き下すったにも係らず、父母は唯無意味に怒
ってばかりいて、取合ってくれませんのは、余りと申せば無慈悲です、勘当されても為方が御座いません。堕
460名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:15:28.94 >>298
ころは無い筈だ。けれどその愛する女弟子、淋しい生活に美しい色彩を添え、限りなき力を添えてくれた芳子
を、突然人の奪い去るに任すに忍びようか。機会を二度まで攫むことは躊躇したが、三度来る機会、四度来る
機会を待って、新なる運命と新なる生活を作りたいとはかれの心の底の底の微かなる願であった。時雄は悶え
た、思い乱れた。妬みと惜しみと悔恨との念が一緒になって旋風のように頭脳の中を回転した。師としての道
義の念もこれに交って、益※(二の字点、1-2-22)炎を熾んにした。わが愛する女の幸福の為めという
犠牲の念も加わった。で、夕暮の膳の上の酒は夥しく量を加えて、泥鴨の如く酔って寝た。 あくる日は日曜
日の雨、裏の森にざんざん降って、時雄の為めには一倍に侘しい。欅の古樹に降りかかる雨の脚、それが実に
長く、限りない空から限りなく降っているとしか思われない。時雄は読書する勇気も無い、筆を執る勇気もな
い。もう秋で冷々と背中の冷たい籐椅子に身を横えつつ、雨の長い脚を見ながら、今回の事件からその身の半
生のことを考えた。かれの経験にはこういう経験が幾度もあった。一歩の相違で運命の唯中に入ることが出来
ずに、いつも圏外に立たせられた淋しい苦悶、その苦しい味をかれは常に味った。文学の側でもそうだ、社会
の側でもそうだ。恋、恋、恋、今になってもこんな消極的な運命に漂わされているかと思うと、その身の意気
地なしと運命のつたないことがひしひしと胸に迫った。ツルゲネーフのいわゆる Superfluous
man ! だと思って、その主人公の儚い一生を胸に繰返した。 寂寥に堪えず、午から酒を飲むと言出し
た。細君の支度の為ようが遅いのでぶつぶつ言っていたが、膳に載せられた肴がまずいので、遂に癇癪を起し
て、自棄に酒を飲んだ。一本、二本と徳利の数は重って、時雄は時の間に泥の如く酔った。細君に対する不平
ももう言わなくなった。徳利に酒が無くなると、只、酒、酒と言うばかりだ。そしてこれをぐいぐいと呷る。
気の弱い下女はどうしたことかと呆れて見ておった。男の児の五歳になるのを始めは頻りに可愛がって抱いた
り撫でたり接吻したりしていたが、どうしたはずみでか泣出したのに腹を立てて、ピシャピシャとその尻を乱
2fe3469501
その胸にある現在の事実は不思議にも何等の動揺をも受けなかった。「矛盾でもなんでも為方がない、その矛
盾、その無節操、これが事実だから為方がない、事実! 事実!」 と時雄は胸の中に繰返した。 時雄は堪
え難い自然の力の圧迫に圧せられたもののように、再び傍のロハ台に長い身を横えた。ふと見ると、赤銅のよ
うな色をした光芒の無い大きな月が、お濠の松の上に音も無く昇っていた。その色、その状、その姿がいかに
も侘しい。その侘しさがその身の今の侘しさによく適っていると時雄は思って、また堪え難い哀愁がその胸に
漲り渡った。 酔は既に醒めた。夜露は置始めた。 土手三番町の家の前に来た。 覗いてみたが、芳子の室
に燈火の光が見えぬ。まだ帰って来ぬとみえる。時雄の胸はまた燃えた。この夜、この暗い夜に恋しい男と二
人! 何をしているか解らぬ。こういう常識を欠いた行為を敢てして、神聖なる恋とは何事? 汚れたる行為
の無いのを弁明するとは何事? すぐ家に入ろうとしたが、まだ当人が帰っておらぬのに上っても為方が無い
と思って、その前を真直に通り抜けた。女と摩違う度に、芳子ではないかと顔を覗きつつ歩いた。土手の上、
松の木蔭、街道の曲り角、往来の人に怪まるるまで彼方此方を徘徊した。もう九時、十時に近い。いかに夏の
夜であるからと言って、そう遅くまで出歩いている筈が無い。もう帰ったに相違ないと思って、引返して姉の
家に行ったが、矢張りまだ帰っていない。 時雄は家に入った。 奥の六畳に通るや否、「芳さんはどうしま
した?」 その答より何より、姉は時雄の着物に夥しく泥の着いているのに驚いて、「まア、どうしたんです
、時雄さん」 明かな洋燈の光で見ると、なるほど、白地の浴衣に、肩、膝、腰の嫌いなく、夥しい泥痕!「
何アに、其処でちょっと転んだものだから」「だッて、肩まで粘いているじゃありませんか。また、酔ッぱら
ったんでしょう」「何アに……」 と時雄は強いて笑ってまぎらした。 さて時を移さず、「芳さん、何処に
行ったんです」「今朝、ちょっと中野の方にお友達と散歩に行って来ると行って出たきりですがね、もう帰っ
て来るでしょう。何か用?」「え、少し……」と言って、「昨日は帰りは遅かったですか」「いいえ、お友達
を新橋に迎えに行くんだって、四時過に出かけて、八時頃に帰って来ましたよ」 時雄の顔を見て、「どうか
ころは無い筈だ。けれどその愛する女弟子、淋しい生活に美しい色彩を添え、限りなき力を添えてくれた芳子
を、突然人の奪い去るに任すに忍びようか。機会を二度まで攫むことは躊躇したが、三度来る機会、四度来る
機会を待って、新なる運命と新なる生活を作りたいとはかれの心の底の底の微かなる願であった。時雄は悶え
た、思い乱れた。妬みと惜しみと悔恨との念が一緒になって旋風のように頭脳の中を回転した。師としての道
義の念もこれに交って、益※(二の字点、1-2-22)炎を熾んにした。わが愛する女の幸福の為めという
犠牲の念も加わった。で、夕暮の膳の上の酒は夥しく量を加えて、泥鴨の如く酔って寝た。 あくる日は日曜
日の雨、裏の森にざんざん降って、時雄の為めには一倍に侘しい。欅の古樹に降りかかる雨の脚、それが実に
長く、限りない空から限りなく降っているとしか思われない。時雄は読書する勇気も無い、筆を執る勇気もな
い。もう秋で冷々と背中の冷たい籐椅子に身を横えつつ、雨の長い脚を見ながら、今回の事件からその身の半
生のことを考えた。かれの経験にはこういう経験が幾度もあった。一歩の相違で運命の唯中に入ることが出来
ずに、いつも圏外に立たせられた淋しい苦悶、その苦しい味をかれは常に味った。文学の側でもそうだ、社会
の側でもそうだ。恋、恋、恋、今になってもこんな消極的な運命に漂わされているかと思うと、その身の意気
地なしと運命のつたないことがひしひしと胸に迫った。ツルゲネーフのいわゆる Superfluous
man ! だと思って、その主人公の儚い一生を胸に繰返した。 寂寥に堪えず、午から酒を飲むと言出し
た。細君の支度の為ようが遅いのでぶつぶつ言っていたが、膳に載せられた肴がまずいので、遂に癇癪を起し
て、自棄に酒を飲んだ。一本、二本と徳利の数は重って、時雄は時の間に泥の如く酔った。細君に対する不平
ももう言わなくなった。徳利に酒が無くなると、只、酒、酒と言うばかりだ。そしてこれをぐいぐいと呷る。
気の弱い下女はどうしたことかと呆れて見ておった。男の児の五歳になるのを始めは頻りに可愛がって抱いた
り撫でたり接吻したりしていたが、どうしたはずみでか泣出したのに腹を立てて、ピシャピシャとその尻を乱
2fe3469501
その胸にある現在の事実は不思議にも何等の動揺をも受けなかった。「矛盾でもなんでも為方がない、その矛
盾、その無節操、これが事実だから為方がない、事実! 事実!」 と時雄は胸の中に繰返した。 時雄は堪
え難い自然の力の圧迫に圧せられたもののように、再び傍のロハ台に長い身を横えた。ふと見ると、赤銅のよ
うな色をした光芒の無い大きな月が、お濠の松の上に音も無く昇っていた。その色、その状、その姿がいかに
も侘しい。その侘しさがその身の今の侘しさによく適っていると時雄は思って、また堪え難い哀愁がその胸に
漲り渡った。 酔は既に醒めた。夜露は置始めた。 土手三番町の家の前に来た。 覗いてみたが、芳子の室
に燈火の光が見えぬ。まだ帰って来ぬとみえる。時雄の胸はまた燃えた。この夜、この暗い夜に恋しい男と二
人! 何をしているか解らぬ。こういう常識を欠いた行為を敢てして、神聖なる恋とは何事? 汚れたる行為
の無いのを弁明するとは何事? すぐ家に入ろうとしたが、まだ当人が帰っておらぬのに上っても為方が無い
と思って、その前を真直に通り抜けた。女と摩違う度に、芳子ではないかと顔を覗きつつ歩いた。土手の上、
松の木蔭、街道の曲り角、往来の人に怪まるるまで彼方此方を徘徊した。もう九時、十時に近い。いかに夏の
夜であるからと言って、そう遅くまで出歩いている筈が無い。もう帰ったに相違ないと思って、引返して姉の
家に行ったが、矢張りまだ帰っていない。 時雄は家に入った。 奥の六畳に通るや否、「芳さんはどうしま
した?」 その答より何より、姉は時雄の着物に夥しく泥の着いているのに驚いて、「まア、どうしたんです
、時雄さん」 明かな洋燈の光で見ると、なるほど、白地の浴衣に、肩、膝、腰の嫌いなく、夥しい泥痕!「
何アに、其処でちょっと転んだものだから」「だッて、肩まで粘いているじゃありませんか。また、酔ッぱら
ったんでしょう」「何アに……」 と時雄は強いて笑ってまぎらした。 さて時を移さず、「芳さん、何処に
行ったんです」「今朝、ちょっと中野の方にお友達と散歩に行って来ると行って出たきりですがね、もう帰っ
て来るでしょう。何か用?」「え、少し……」と言って、「昨日は帰りは遅かったですか」「いいえ、お友達
を新橋に迎えに行くんだって、四時過に出かけて、八時頃に帰って来ましたよ」 時雄の顔を見て、「どうか
461名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:15:45.12 >>624
解されて了って、折角の真面目な希望も遂げられなくなりますから」「ですから、ね、先生、私は一心になっ
て勉強しようと思いますの。田中もそう申しておりました。それから、先生に是非お目にかかってお礼を申上
げなければ済まないと申しておりましたけれど……よく申上げてくれッて……」「いや……」 時雄は芳子の
言葉の中に、「私共」と複数を遣うのと、もう公然許嫁の約束でもしたかのように言うのとを不快に思った。
まだ、十九か二十の妙齢の処女が、こうした言葉を口にするのを怪しんだ。時雄は時代の推移ったのを今更の
ように感じた。当世の女学生気質のいかに自分等の恋した時代の処女気質と異っているかを思った。勿論、こ
の女学生気質を時雄は主義の上、趣味の上から喜んで見ていたのは事実である。昔のような教育を受けては、
到底今の明治の男子の妻としては立って行かれぬ。女子も立たねばならぬ、意志の力を十分に養わねばならぬ
とはかれの持論である。この持論をかれは芳子に向っても尠からず鼓吹した。けれどこの新派のハイカラの実
行を見てはさすがに眉を顰めずにはいられなかった。 男からは国府津の消印で帰途に就いたという端書が着
いて翌日三番町の姉の家から届けて来た。居間の二階には芳子が居て、呼べば直ぐ返事をして下りて来る。食
事には三度三度膳を並べて団欒して食う。夜は明るい洋燈を取巻いて、賑わしく面白く語り合う。靴下は編ん
でくれる。美しい笑顔を絶えず見せる。時雄は芳子を全く占領して、とにかく安心もし満足もした。細君も芳
子に恋人があるのを知ってから、危険の念、不安の念を全く去った。 芳子は恋人に別れるのが辛かった。成
ろうことなら一緒に東京に居て、時々顔をも見、言葉をも交えたかった。けれど今の際それは出来難いことを
知っていた。二年、三年、男が同志社を卒業するまでは、たまさかの雁の音信をたよりに、一心不乱に勉強し
なければならぬと思った。で、午後からは、以前の如く麹町の某英学塾に通い、時雄も小石川の社に通った。
時雄は夜などおりおり芳子を自分の書斎に呼んで、文学の話、小説の話、それから恋の話をすることがある
。そして芳子の為めにその将来の注意を与えた。その時の態度は公平で、率直で、同情に富んでいて、決して
ea08c6485d
女子の節操を誡めたのは社会道徳の制裁よりは、寧ろ女子の独立を保護する為であるということ、一度肉を男
子に許せば女子の自由が全く破れるということ、西洋の女子はよくこの間の消息を解しているから、男女交際
をして不都合がないということ、日本の新しい婦人も是非ともそうならなければならぬということなど主なる
教訓の題目であったが、殊に新派の女子ということに就いて痛切に語った。 芳子は低頭いてきいていた。
時雄は興に乗じて、「そして一体、どうして生活しようというのです?」「少しは準備もして来たんでしょう
、一月位は好いでしょうけれど……」「何か旨い口でもあると好いけれど」と時雄は言った。「実は先生に御
縋り申して、誰も知ってるものがないのに出て参りましたのですから、大層失望しましたのですけれど」「だ
ッて余り突飛だ。一昨日逢ってもそう思ったが、どうもあれでも困るね」 と時雄は笑った。「どうか又御心
配下さるように……この上御心配かけては申訳がありませんけれど」と芳子は縋るようにして顔を赧めた。「
心配せん方が好い、どうかなるよ」 芳子が出て行った後、時雄は急に険しい難かしい顔に成った。「自分に
……自分に、この恋の世話が出来るだろうか」と独りで胸に反問した。「若い鳥は若い鳥でなくては駄目だ。
自分等はもうこの若い鳥を引く美しい羽を持っていない」こう思うと、言うに言われぬ寂しさがひしと胸を襲
った。「妻と子――家庭の快楽だと人は言うが、それに何の意味がある。子供の為めに生存している妻は生存
の意味があろうが、妻を子に奪われ、子を妻に奪われた夫はどうして寂寞たらざるを得るか」時雄はじっと洋
燈を見た。 机の上にはモウパッサンの「死よりも強し」が開かれてあった。 二三日経って後、時雄は例刻
に社から帰って火鉢の前に坐ると、細君が小声で、「今日来てよ」「誰が」「二階の……そら芳子さんの好い
人」 細君は笑った。「そうか……」「今日一時頃、御免なさいと玄関に来た人があるですから、私が出て見
ると、顔の丸い、絣の羽織を着た、白縞の袴を穿いた書生さんが居るじゃありませんか。また、原稿でも持っ
て来た書生さんかと思ったら、横山さんは此方においでですかと言うじゃありませんか。はて、不思議だと思
ったけれど、名を聞きますと、田中……。はア、それでその人だナと思ったんですよ。厭な人ねえ、あんな人
解されて了って、折角の真面目な希望も遂げられなくなりますから」「ですから、ね、先生、私は一心になっ
て勉強しようと思いますの。田中もそう申しておりました。それから、先生に是非お目にかかってお礼を申上
げなければ済まないと申しておりましたけれど……よく申上げてくれッて……」「いや……」 時雄は芳子の
言葉の中に、「私共」と複数を遣うのと、もう公然許嫁の約束でもしたかのように言うのとを不快に思った。
まだ、十九か二十の妙齢の処女が、こうした言葉を口にするのを怪しんだ。時雄は時代の推移ったのを今更の
ように感じた。当世の女学生気質のいかに自分等の恋した時代の処女気質と異っているかを思った。勿論、こ
の女学生気質を時雄は主義の上、趣味の上から喜んで見ていたのは事実である。昔のような教育を受けては、
到底今の明治の男子の妻としては立って行かれぬ。女子も立たねばならぬ、意志の力を十分に養わねばならぬ
とはかれの持論である。この持論をかれは芳子に向っても尠からず鼓吹した。けれどこの新派のハイカラの実
行を見てはさすがに眉を顰めずにはいられなかった。 男からは国府津の消印で帰途に就いたという端書が着
いて翌日三番町の姉の家から届けて来た。居間の二階には芳子が居て、呼べば直ぐ返事をして下りて来る。食
事には三度三度膳を並べて団欒して食う。夜は明るい洋燈を取巻いて、賑わしく面白く語り合う。靴下は編ん
でくれる。美しい笑顔を絶えず見せる。時雄は芳子を全く占領して、とにかく安心もし満足もした。細君も芳
子に恋人があるのを知ってから、危険の念、不安の念を全く去った。 芳子は恋人に別れるのが辛かった。成
ろうことなら一緒に東京に居て、時々顔をも見、言葉をも交えたかった。けれど今の際それは出来難いことを
知っていた。二年、三年、男が同志社を卒業するまでは、たまさかの雁の音信をたよりに、一心不乱に勉強し
なければならぬと思った。で、午後からは、以前の如く麹町の某英学塾に通い、時雄も小石川の社に通った。
時雄は夜などおりおり芳子を自分の書斎に呼んで、文学の話、小説の話、それから恋の話をすることがある
。そして芳子の為めにその将来の注意を与えた。その時の態度は公平で、率直で、同情に富んでいて、決して
ea08c6485d
女子の節操を誡めたのは社会道徳の制裁よりは、寧ろ女子の独立を保護する為であるということ、一度肉を男
子に許せば女子の自由が全く破れるということ、西洋の女子はよくこの間の消息を解しているから、男女交際
をして不都合がないということ、日本の新しい婦人も是非ともそうならなければならぬということなど主なる
教訓の題目であったが、殊に新派の女子ということに就いて痛切に語った。 芳子は低頭いてきいていた。
時雄は興に乗じて、「そして一体、どうして生活しようというのです?」「少しは準備もして来たんでしょう
、一月位は好いでしょうけれど……」「何か旨い口でもあると好いけれど」と時雄は言った。「実は先生に御
縋り申して、誰も知ってるものがないのに出て参りましたのですから、大層失望しましたのですけれど」「だ
ッて余り突飛だ。一昨日逢ってもそう思ったが、どうもあれでも困るね」 と時雄は笑った。「どうか又御心
配下さるように……この上御心配かけては申訳がありませんけれど」と芳子は縋るようにして顔を赧めた。「
心配せん方が好い、どうかなるよ」 芳子が出て行った後、時雄は急に険しい難かしい顔に成った。「自分に
……自分に、この恋の世話が出来るだろうか」と独りで胸に反問した。「若い鳥は若い鳥でなくては駄目だ。
自分等はもうこの若い鳥を引く美しい羽を持っていない」こう思うと、言うに言われぬ寂しさがひしと胸を襲
った。「妻と子――家庭の快楽だと人は言うが、それに何の意味がある。子供の為めに生存している妻は生存
の意味があろうが、妻を子に奪われ、子を妻に奪われた夫はどうして寂寞たらざるを得るか」時雄はじっと洋
燈を見た。 机の上にはモウパッサンの「死よりも強し」が開かれてあった。 二三日経って後、時雄は例刻
に社から帰って火鉢の前に坐ると、細君が小声で、「今日来てよ」「誰が」「二階の……そら芳子さんの好い
人」 細君は笑った。「そうか……」「今日一時頃、御免なさいと玄関に来た人があるですから、私が出て見
ると、顔の丸い、絣の羽織を着た、白縞の袴を穿いた書生さんが居るじゃありませんか。また、原稿でも持っ
て来た書生さんかと思ったら、横山さんは此方においでですかと言うじゃありませんか。はて、不思議だと思
ったけれど、名を聞きますと、田中……。はア、それでその人だナと思ったんですよ。厭な人ねえ、あんな人
462名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:16:01.42 >>453
るのを思い出した。そしてある友人と露西亜の人間はこれだから豪い、惑溺するなら飽まで惑溺せんければ駄
目だと言ったことを思いだした。馬鹿な! 恋に師弟の別があって堪るものかと口へ出して言った。 中根坂
を上って、士官学校の裏門から佐内坂の上まで来た頃は、日はもうとっぷりと暮れた。白地の浴衣がぞろぞろ
と通る。煙草屋の前に若い細君が出ている。氷屋の暖簾が涼しそうに夕風に靡く。時雄はこの夏の夜景を朧げ
に眼には見ながら、電信柱に突当って倒れそうにしたり、浅い溝に落ちて膝頭をついたり、職工体の男に、「
酔漢奴! しっかり歩け!」と罵られたりした。急に自ら思いついたらしく、坂の上から右に折れて、市ヶ谷
八幡の境内へと入った。境内には人の影もなく寂寞としていた。大きい古い欅の樹と松の樹とが蔽い冠さって
、左の隅に珊瑚樹の大きいのが繁っていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。時雄はいかにしても苦
しいので、突如その珊瑚樹の蔭に身を躱して、その根本の地上に身を横えた。興奮した心の状態、奔放な情と
悲哀の快感とは、極端までその力を発展して、一方痛切に嫉妬の念に駆られながら、一方冷淡に自己の状態を
客観した。 初めて恋するような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは、寧ろ冷かに
その運命を批判した。熱い主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合せた糸のように固く結び着けられて、一
種異様の心の状態を呈した。 悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男
女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落、この自
然の底に蟠れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚い情ないものはない。 汪然として涙は時雄の鬚
面を伝った。 ふとある事が胸に上った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立
てられた硝子燈は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これ
を見てかれは胸を衝いた。この三字をかれは曽て深い懊悩を以て見たことは無いだろうか。今の細君が大きい
桃割に結って、このすぐ下の家に娘で居た時、渠はその微かな琴の音の髣髴をだに得たいと思ってよくこの八
5d21096135
知っていた。二年、三年、男が同志社を卒業するまでは、たまさかの雁の音信をたよりに、一心不乱に勉強し
なければならぬと思った。で、午後からは、以前の如く麹町の某英学塾に通い、時雄も小石川の社に通った。
時雄は夜などおりおり芳子を自分の書斎に呼んで、文学の話、小説の話、それから恋の話をすることがある
。そして芳子の為めにその将来の注意を与えた。その時の態度は公平で、率直で、同情に富んでいて、決して
泥酔して厠に寝たり、地上に横たわったりした人とは思われない。さればと言って、時雄はわざとそういう態
度にするのではない、女に対っている刹那――その愛した女の歓心を得るには、いかなる犠牲も甚だ高価に過
ぎなかった。 で、芳子は師を信頼した。時期が来て、父母にこの恋を告ぐる時、旧思想と新思想と衝突する
ようなことがあっても、この恵深い師の承認を得さえすればそれで沢山だとまで思った。 九月は十月になっ
た。さびしい風が裏の森を鳴らして、空の色は深く碧く、日の光は透通った空気に射渡って、夕の影が濃くあ
たりを隈どるようになった。取り残した芋の葉に雨は終日降頻って、八百屋の店には松茸が並べられた。垣の
虫の声は露に衰えて、庭の桐の葉も脆くも落ちた。午前の中の一時間、九時より十時までを、ツルゲネーフの
小説の解釈、芳子は師のかがやく眼の下に、机に斜に坐って、「オン、ゼ、イブ」の長い長い物語に耳を傾け
た。エレネの感情に烈しく意志の強い性格と、その悲しい悲壮なる末路とは如何にかの女を動かしたか。芳子
はエレネの恋物語を自分に引くらべて、その身を小説の中に置いた。恋の運命、恋すべき人に恋する機会がな
く、思いも懸けぬ人にその一生を任した運命、実際芳子の当時の心情そのままであった。須磨の浜で、ゆくり
なく受取った百合の花の一葉の端書、それがこうした運命になろうとは夢にも思い知らなかったのである。
雨の森、闇の森、月の森に向って、芳子はさまざまにその事を思った。京都の夜汽車、嵯峨の月、膳所に遊ん
だ時には湖水に夕日が美しく射渡って、旅館の中庭に、萩が絵のように咲乱れていた。その二日の遊は実に夢
のようであったと思った。続いてまだその人を恋せぬ前のこと、須磨の海水浴、故郷の山の中の月、病気にな
らぬ以前、殊にその時の煩悶を考えると、頬がおのずから赧くなった。 空想から空想、その空想はいつか長
るのを思い出した。そしてある友人と露西亜の人間はこれだから豪い、惑溺するなら飽まで惑溺せんければ駄
目だと言ったことを思いだした。馬鹿な! 恋に師弟の別があって堪るものかと口へ出して言った。 中根坂
を上って、士官学校の裏門から佐内坂の上まで来た頃は、日はもうとっぷりと暮れた。白地の浴衣がぞろぞろ
と通る。煙草屋の前に若い細君が出ている。氷屋の暖簾が涼しそうに夕風に靡く。時雄はこの夏の夜景を朧げ
に眼には見ながら、電信柱に突当って倒れそうにしたり、浅い溝に落ちて膝頭をついたり、職工体の男に、「
酔漢奴! しっかり歩け!」と罵られたりした。急に自ら思いついたらしく、坂の上から右に折れて、市ヶ谷
八幡の境内へと入った。境内には人の影もなく寂寞としていた。大きい古い欅の樹と松の樹とが蔽い冠さって
、左の隅に珊瑚樹の大きいのが繁っていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。時雄はいかにしても苦
しいので、突如その珊瑚樹の蔭に身を躱して、その根本の地上に身を横えた。興奮した心の状態、奔放な情と
悲哀の快感とは、極端までその力を発展して、一方痛切に嫉妬の念に駆られながら、一方冷淡に自己の状態を
客観した。 初めて恋するような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは、寧ろ冷かに
その運命を批判した。熱い主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合せた糸のように固く結び着けられて、一
種異様の心の状態を呈した。 悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男
女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落、この自
然の底に蟠れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚い情ないものはない。 汪然として涙は時雄の鬚
面を伝った。 ふとある事が胸に上った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立
てられた硝子燈は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これ
を見てかれは胸を衝いた。この三字をかれは曽て深い懊悩を以て見たことは無いだろうか。今の細君が大きい
桃割に結って、このすぐ下の家に娘で居た時、渠はその微かな琴の音の髣髴をだに得たいと思ってよくこの八
5d21096135
知っていた。二年、三年、男が同志社を卒業するまでは、たまさかの雁の音信をたよりに、一心不乱に勉強し
なければならぬと思った。で、午後からは、以前の如く麹町の某英学塾に通い、時雄も小石川の社に通った。
時雄は夜などおりおり芳子を自分の書斎に呼んで、文学の話、小説の話、それから恋の話をすることがある
。そして芳子の為めにその将来の注意を与えた。その時の態度は公平で、率直で、同情に富んでいて、決して
泥酔して厠に寝たり、地上に横たわったりした人とは思われない。さればと言って、時雄はわざとそういう態
度にするのではない、女に対っている刹那――その愛した女の歓心を得るには、いかなる犠牲も甚だ高価に過
ぎなかった。 で、芳子は師を信頼した。時期が来て、父母にこの恋を告ぐる時、旧思想と新思想と衝突する
ようなことがあっても、この恵深い師の承認を得さえすればそれで沢山だとまで思った。 九月は十月になっ
た。さびしい風が裏の森を鳴らして、空の色は深く碧く、日の光は透通った空気に射渡って、夕の影が濃くあ
たりを隈どるようになった。取り残した芋の葉に雨は終日降頻って、八百屋の店には松茸が並べられた。垣の
虫の声は露に衰えて、庭の桐の葉も脆くも落ちた。午前の中の一時間、九時より十時までを、ツルゲネーフの
小説の解釈、芳子は師のかがやく眼の下に、机に斜に坐って、「オン、ゼ、イブ」の長い長い物語に耳を傾け
た。エレネの感情に烈しく意志の強い性格と、その悲しい悲壮なる末路とは如何にかの女を動かしたか。芳子
はエレネの恋物語を自分に引くらべて、その身を小説の中に置いた。恋の運命、恋すべき人に恋する機会がな
く、思いも懸けぬ人にその一生を任した運命、実際芳子の当時の心情そのままであった。須磨の浜で、ゆくり
なく受取った百合の花の一葉の端書、それがこうした運命になろうとは夢にも思い知らなかったのである。
雨の森、闇の森、月の森に向って、芳子はさまざまにその事を思った。京都の夜汽車、嵯峨の月、膳所に遊ん
だ時には湖水に夕日が美しく射渡って、旅館の中庭に、萩が絵のように咲乱れていた。その二日の遊は実に夢
のようであったと思った。続いてまだその人を恋せぬ前のこと、須磨の海水浴、故郷の山の中の月、病気にな
らぬ以前、殊にその時の煩悶を考えると、頬がおのずから赧くなった。 空想から空想、その空想はいつか長
463名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:16:34.16 >>747
、「いいえ! 一寸友達の処に用があって寄って来ますから」 その夕暮、時雄は思切って、芳子の恋人の下
宿を訪問した。「まことに、先生にはよう申訳がありまえんのやけれど……」長い演説調の雄弁で、形式的の
申訳をした後、田中という中脊の、少し肥えた、色の白い男が祈祷をする時のような眼色をして、さも同情を
求めるように言った。 時雄は熱していた。「然し、君、解ったら、そうしたら好いじゃありませんか、僕は
君等の将来を思って言うのです。芳子は僕の弟子です。僕の責任として、芳子に廃学させるには忍びん。君が
東京にどうしてもいると言うなら、芳子を国に帰すか、この関係を父母に打明けて許可を乞うか、二つの中一
つを選ばんければならん。君は君の愛する女を君の為めに山の中に埋もらせるほどエゴイスチックな人間じゃ
ありますまい。君は宗教に従事することが今度の事件の為めに厭になったと謂うが、それは一種の考えで、君
は忍んで、京都に居りさえすれば、万事円満に、二人の間柄も将来希望があるのですから」「よう解っており
ます……」「けれど出来んですか」「どうも済みませんけど……制服も帽子も売ってしもうたで、今更帰るに
も帰れまえんという次第で……」「それじゃ芳子を国に帰すですか」 かれは黙っている。「国に言って遣り
ましょうか」 矢張黙っていた。「私の東京に参りましたのは、そういうことには寧ろ関係しない積でおます
。別段こちらに居りましても、二人の間にはどうという……」「それは君はそう言うでしょう。けれど、それ
では私は監督は出来ん。恋はいつ惑溺するかも解らん」「私はそないなことは無いつもりですけどナ」「誓い
得るですか」「静かに、勉強して行かれさえすれァナ、そないなことありませんけどナ」「だから困るのです
」 こういう会話――要領を得ない会話を繰返して長く相対した。時雄は将来の希望という点、男子の犠牲と
いう点、事件の進行という点からいろいろさまざまに帰国を勧めた。時雄の眼に映じた田中秀夫は、想像した
ような一箇秀麗な丈夫でもなく天才肌の人とも見えなかった。麹町三番町通の安旅人宿、三方壁でしきられた
暑い室に初めて相対した時、先ずかれの身に迫ったのは、基督教に養われた、いやに取澄ました、年に似合わ
8181b49e8c
、左の隅に珊瑚樹の大きいのが繁っていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。時雄はいかにしても苦
しいので、突如その珊瑚樹の蔭に身を躱して、その根本の地上に身を横えた。興奮した心の状態、奔放な情と
悲哀の快感とは、極端までその力を発展して、一方痛切に嫉妬の念に駆られながら、一方冷淡に自己の状態を
客観した。 初めて恋するような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは、寧ろ冷かに
その運命を批判した。熱い主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合せた糸のように固く結び着けられて、一
種異様の心の状態を呈した。 悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男
女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落、この自
然の底に蟠れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚い情ないものはない。 汪然として涙は時雄の鬚
面を伝った。 ふとある事が胸に上った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立
てられた硝子燈は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これ
を見てかれは胸を衝いた。この三字をかれは曽て深い懊悩を以て見たことは無いだろうか。今の細君が大きい
桃割に結って、このすぐ下の家に娘で居た時、渠はその微かな琴の音の髣髴をだに得たいと思ってよくこの八
幡の高台に登った。かの女を得なければ寧そ南洋の植民地に漂泊しようというほどの熱烈な心を抱いて、華表
、長い石階、社殿、俳句の懸行燈、この常夜燈の三字にはよく見入って物を思ったものだ。その下には依然た
る家屋、電車の轟こそおりおり寂寞を破って通るが、その妻の実家の窓には昔と同じように、明かに燈の光が
輝いていた。何たる節操なき心ぞ、僅かに八年の年月を閲したばかりであるのに、こうも変ろうとは誰が思お
う。その桃割姿を丸髷姿にして、楽しく暮したその生活がどうしてこういう荒涼たる生活に変って、どうして
こういう新しい恋を感ずるようになったか。時雄は我ながら時の力の恐ろしいのを痛切に胸に覚えた。けれど
その胸にある現在の事実は不思議にも何等の動揺をも受けなかった。「矛盾でもなんでも為方がない、その矛
盾、その無節操、これが事実だから為方がない、事実! 事実!」 と時雄は胸の中に繰返した。 時雄は堪
、「いいえ! 一寸友達の処に用があって寄って来ますから」 その夕暮、時雄は思切って、芳子の恋人の下
宿を訪問した。「まことに、先生にはよう申訳がありまえんのやけれど……」長い演説調の雄弁で、形式的の
申訳をした後、田中という中脊の、少し肥えた、色の白い男が祈祷をする時のような眼色をして、さも同情を
求めるように言った。 時雄は熱していた。「然し、君、解ったら、そうしたら好いじゃありませんか、僕は
君等の将来を思って言うのです。芳子は僕の弟子です。僕の責任として、芳子に廃学させるには忍びん。君が
東京にどうしてもいると言うなら、芳子を国に帰すか、この関係を父母に打明けて許可を乞うか、二つの中一
つを選ばんければならん。君は君の愛する女を君の為めに山の中に埋もらせるほどエゴイスチックな人間じゃ
ありますまい。君は宗教に従事することが今度の事件の為めに厭になったと謂うが、それは一種の考えで、君
は忍んで、京都に居りさえすれば、万事円満に、二人の間柄も将来希望があるのですから」「よう解っており
ます……」「けれど出来んですか」「どうも済みませんけど……制服も帽子も売ってしもうたで、今更帰るに
も帰れまえんという次第で……」「それじゃ芳子を国に帰すですか」 かれは黙っている。「国に言って遣り
ましょうか」 矢張黙っていた。「私の東京に参りましたのは、そういうことには寧ろ関係しない積でおます
。別段こちらに居りましても、二人の間にはどうという……」「それは君はそう言うでしょう。けれど、それ
では私は監督は出来ん。恋はいつ惑溺するかも解らん」「私はそないなことは無いつもりですけどナ」「誓い
得るですか」「静かに、勉強して行かれさえすれァナ、そないなことありませんけどナ」「だから困るのです
」 こういう会話――要領を得ない会話を繰返して長く相対した。時雄は将来の希望という点、男子の犠牲と
いう点、事件の進行という点からいろいろさまざまに帰国を勧めた。時雄の眼に映じた田中秀夫は、想像した
ような一箇秀麗な丈夫でもなく天才肌の人とも見えなかった。麹町三番町通の安旅人宿、三方壁でしきられた
暑い室に初めて相対した時、先ずかれの身に迫ったのは、基督教に養われた、いやに取澄ました、年に似合わ
8181b49e8c
、左の隅に珊瑚樹の大きいのが繁っていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。時雄はいかにしても苦
しいので、突如その珊瑚樹の蔭に身を躱して、その根本の地上に身を横えた。興奮した心の状態、奔放な情と
悲哀の快感とは、極端までその力を発展して、一方痛切に嫉妬の念に駆られながら、一方冷淡に自己の状態を
客観した。 初めて恋するような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは、寧ろ冷かに
その運命を批判した。熱い主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合せた糸のように固く結び着けられて、一
種異様の心の状態を呈した。 悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男
女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落、この自
然の底に蟠れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚い情ないものはない。 汪然として涙は時雄の鬚
面を伝った。 ふとある事が胸に上った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立
てられた硝子燈は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これ
を見てかれは胸を衝いた。この三字をかれは曽て深い懊悩を以て見たことは無いだろうか。今の細君が大きい
桃割に結って、このすぐ下の家に娘で居た時、渠はその微かな琴の音の髣髴をだに得たいと思ってよくこの八
幡の高台に登った。かの女を得なければ寧そ南洋の植民地に漂泊しようというほどの熱烈な心を抱いて、華表
、長い石階、社殿、俳句の懸行燈、この常夜燈の三字にはよく見入って物を思ったものだ。その下には依然た
る家屋、電車の轟こそおりおり寂寞を破って通るが、その妻の実家の窓には昔と同じように、明かに燈の光が
輝いていた。何たる節操なき心ぞ、僅かに八年の年月を閲したばかりであるのに、こうも変ろうとは誰が思お
う。その桃割姿を丸髷姿にして、楽しく暮したその生活がどうしてこういう荒涼たる生活に変って、どうして
こういう新しい恋を感ずるようになったか。時雄は我ながら時の力の恐ろしいのを痛切に胸に覚えた。けれど
その胸にある現在の事実は不思議にも何等の動揺をも受けなかった。「矛盾でもなんでも為方がない、その矛
盾、その無節操、これが事実だから為方がない、事実! 事実!」 と時雄は胸の中に繰返した。 時雄は堪
464名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:16:50.44 >>878
、柱に近く、斜に坐った。「御飯は?」「もう食べたくないの、腹が一杯で」「余りおさつを召上った故でし
ょう」「あら、まア、酷い奥さん。いいわ、奥さん」 と睨む真似をする。 細君は笑って、「芳子さん、何
だか変ね」「何故?」と長く引張る。「何故も無いわ」「いいことよ、奥さん」 と又睨んだ。 時雄は黙っ
てこの嬌態に対していた。胸の騒ぐのは無論である。不快の情はひしと押し寄せて来た。芳子はちらと時雄の
顔を覗ったが、その不機嫌なのが一目で解った。で、すぐ態度を改めて、「先生、今日田中が参りましてね」
「そうだってね」「お目にかかってお礼を申上げなければならんのですけれども、又改めて上がりますからッ
て……よろしく申上げて……」「そうか」 と言ったが、そのままふいと立って書斎に入って了った。 その
恋人が東京に居ては、仮令自分が芳子をその二階に置いて監督しても、時雄は心を安んずる暇はなかった。二
人の相逢うことを妨げることは絶対に不可能である。手紙は無論差留めることは出来ぬし、「今日ちょっと田
中に寄って参りますから、一時間遅くなります」と公然と断って行くのをどうこう言う訳には行かなかった。
またその男が訪問して来るのを非常に不快に思うけれど、今更それを謝絶することも出来なかった。時雄はい
つの間にか、この二人からその恋に対しての「温情の保護者」として認められて了った。 時雄は常に苛々し
ていた。書かなければならぬ原稿が幾種もある。書肆からも催促される。金も欲しい。けれどどうしても筆を
執って文を綴るような沈着いた心の状態にはなれなかった。強いて試みてみることがあっても、考が纒らない
。本を読んでも二頁も続けて読む気になれない。二人の恋の温かさを見る度に、胸を燃して、罪もない細君に
当り散らして酒を飲んだ。晩餐の菜が気に入らぬと云って、御膳を蹴飛した。夜は十二時過に酔って帰って来
ることもあった。芳子はこの乱暴な不調子な時雄の行為に尠なからず心を痛めて、「私がいろいろ御心配を懸
けるもんですからね、私が悪いんですよ」と詫びるように細君に言った。芳子はなるたけ手紙の往復を人に見
せぬようにし、訪問も三度に一度は学校を休んでこっそり行くようにした。時雄はそれに気が附いて一層懊悩
52f5dfe446
書中の主人公が昔の恋人に「ファースト」を読んで聞かせる段を講釈する時には男の声も烈しく戦えた。「け
れど、もう駄目だ!」 と、渠は再び頭髪をむしった。 渠は名を竹中時雄と謂った。 今より三年前、三人
目の子が細君の腹に出来て、新婚の快楽などはとうに覚め尽した頃であった。世の中の忙しい事業も意味がな
く、一生作に力を尽す勇気もなく、日常の生活――朝起きて、出勤して、午後四時に帰って来て、同じように
細君の顔を見て、飯を食って眠るという単調なる生活につくづく倦き果てて了った。家を引越歩いても面白く
ない、友人と語り合っても面白くない、外国小説を読み渉猟っても満足が出来ぬ。いや、庭樹の繁り、雨の点
滴、花の開落などいう自然の状態さえ、平凡なる生活をして更に平凡ならしめるような気がして、身を置くに
処は無いほど淋しかった。道を歩いて常に見る若い美しい女、出来るならば新しい恋を為たいと痛切に思った
。 三十四五、実際この頃には誰にでもある煩悶で、この年頃に賤しい女に戯るるものの多いのも、畢竟その
淋しさを医す為めである。世間に妻を離縁するものもこの年頃に多い。 出勤する途上に、毎朝邂逅う美しい
女教師があった。渠はその頃この女に逢うのをその日その日の唯一の楽みとして、その女に就いていろいろな
空想を逞うした。恋が成立って、神楽坂あたりの小待合に連れて行って、人目を忍んで楽しんだらどう……。
細君に知れずに、二人近郊を散歩したらどう……。いや、それどころではない、その時、細君が懐妊しておっ
たから、不図難産して死ぬ、その後にその女を入れるとしてどうであろう。……平気で後妻に入れることが出
来るだろうかどうかなどと考えて歩いた。 神戸の女学院の生徒で、生れは備中の新見町で、渠の著作の崇拝
者で、名を横山芳子という女から崇拝の情を以て充された一通の手紙を受取ったのはその頃であった。竹中古
城と謂えば、美文的小説を書いて、多少世間に聞えておったので、地方から来る崇拝者渇仰者の手紙はこれま
でにも随分多かった。やれ文章を直してくれの、弟子にしてくれのと一々取合ってはいられなかった。だから
その女の手紙を受取っても、別に返事を出そうとまでその好奇心は募らなかった。けれど同じ人の熱心なる手
紙を三通まで貰っては、さすがの時雄も注意をせずにはいられなかった。年は十九だそうだが、手紙の文句か
、柱に近く、斜に坐った。「御飯は?」「もう食べたくないの、腹が一杯で」「余りおさつを召上った故でし
ょう」「あら、まア、酷い奥さん。いいわ、奥さん」 と睨む真似をする。 細君は笑って、「芳子さん、何
だか変ね」「何故?」と長く引張る。「何故も無いわ」「いいことよ、奥さん」 と又睨んだ。 時雄は黙っ
てこの嬌態に対していた。胸の騒ぐのは無論である。不快の情はひしと押し寄せて来た。芳子はちらと時雄の
顔を覗ったが、その不機嫌なのが一目で解った。で、すぐ態度を改めて、「先生、今日田中が参りましてね」
「そうだってね」「お目にかかってお礼を申上げなければならんのですけれども、又改めて上がりますからッ
て……よろしく申上げて……」「そうか」 と言ったが、そのままふいと立って書斎に入って了った。 その
恋人が東京に居ては、仮令自分が芳子をその二階に置いて監督しても、時雄は心を安んずる暇はなかった。二
人の相逢うことを妨げることは絶対に不可能である。手紙は無論差留めることは出来ぬし、「今日ちょっと田
中に寄って参りますから、一時間遅くなります」と公然と断って行くのをどうこう言う訳には行かなかった。
またその男が訪問して来るのを非常に不快に思うけれど、今更それを謝絶することも出来なかった。時雄はい
つの間にか、この二人からその恋に対しての「温情の保護者」として認められて了った。 時雄は常に苛々し
ていた。書かなければならぬ原稿が幾種もある。書肆からも催促される。金も欲しい。けれどどうしても筆を
執って文を綴るような沈着いた心の状態にはなれなかった。強いて試みてみることがあっても、考が纒らない
。本を読んでも二頁も続けて読む気になれない。二人の恋の温かさを見る度に、胸を燃して、罪もない細君に
当り散らして酒を飲んだ。晩餐の菜が気に入らぬと云って、御膳を蹴飛した。夜は十二時過に酔って帰って来
ることもあった。芳子はこの乱暴な不調子な時雄の行為に尠なからず心を痛めて、「私がいろいろ御心配を懸
けるもんですからね、私が悪いんですよ」と詫びるように細君に言った。芳子はなるたけ手紙の往復を人に見
せぬようにし、訪問も三度に一度は学校を休んでこっそり行くようにした。時雄はそれに気が附いて一層懊悩
52f5dfe446
書中の主人公が昔の恋人に「ファースト」を読んで聞かせる段を講釈する時には男の声も烈しく戦えた。「け
れど、もう駄目だ!」 と、渠は再び頭髪をむしった。 渠は名を竹中時雄と謂った。 今より三年前、三人
目の子が細君の腹に出来て、新婚の快楽などはとうに覚め尽した頃であった。世の中の忙しい事業も意味がな
く、一生作に力を尽す勇気もなく、日常の生活――朝起きて、出勤して、午後四時に帰って来て、同じように
細君の顔を見て、飯を食って眠るという単調なる生活につくづく倦き果てて了った。家を引越歩いても面白く
ない、友人と語り合っても面白くない、外国小説を読み渉猟っても満足が出来ぬ。いや、庭樹の繁り、雨の点
滴、花の開落などいう自然の状態さえ、平凡なる生活をして更に平凡ならしめるような気がして、身を置くに
処は無いほど淋しかった。道を歩いて常に見る若い美しい女、出来るならば新しい恋を為たいと痛切に思った
。 三十四五、実際この頃には誰にでもある煩悶で、この年頃に賤しい女に戯るるものの多いのも、畢竟その
淋しさを医す為めである。世間に妻を離縁するものもこの年頃に多い。 出勤する途上に、毎朝邂逅う美しい
女教師があった。渠はその頃この女に逢うのをその日その日の唯一の楽みとして、その女に就いていろいろな
空想を逞うした。恋が成立って、神楽坂あたりの小待合に連れて行って、人目を忍んで楽しんだらどう……。
細君に知れずに、二人近郊を散歩したらどう……。いや、それどころではない、その時、細君が懐妊しておっ
たから、不図難産して死ぬ、その後にその女を入れるとしてどうであろう。……平気で後妻に入れることが出
来るだろうかどうかなどと考えて歩いた。 神戸の女学院の生徒で、生れは備中の新見町で、渠の著作の崇拝
者で、名を横山芳子という女から崇拝の情を以て充された一通の手紙を受取ったのはその頃であった。竹中古
城と謂えば、美文的小説を書いて、多少世間に聞えておったので、地方から来る崇拝者渇仰者の手紙はこれま
でにも随分多かった。やれ文章を直してくれの、弟子にしてくれのと一々取合ってはいられなかった。だから
その女の手紙を受取っても、別に返事を出そうとまでその好奇心は募らなかった。けれど同じ人の熱心なる手
紙を三通まで貰っては、さすがの時雄も注意をせずにはいられなかった。年は十九だそうだが、手紙の文句か
465名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:17:06.70 >>512
した?」 その答より何より、姉は時雄の着物に夥しく泥の着いているのに驚いて、「まア、どうしたんです
、時雄さん」 明かな洋燈の光で見ると、なるほど、白地の浴衣に、肩、膝、腰の嫌いなく、夥しい泥痕!「
何アに、其処でちょっと転んだものだから」「だッて、肩まで粘いているじゃありませんか。また、酔ッぱら
ったんでしょう」「何アに……」 と時雄は強いて笑ってまぎらした。 さて時を移さず、「芳さん、何処に
行ったんです」「今朝、ちょっと中野の方にお友達と散歩に行って来ると行って出たきりですがね、もう帰っ
て来るでしょう。何か用?」「え、少し……」と言って、「昨日は帰りは遅かったですか」「いいえ、お友達
を新橋に迎えに行くんだって、四時過に出かけて、八時頃に帰って来ましたよ」 時雄の顔を見て、「どうか
したのですの?」「何アに……けれどねえ姉さん」と時雄の声は改まった。「実は姉さんにおまかせしておい
ても、この間の京都のようなことが又あると困るですから、芳子を私の家において、十分監督しようと思うん
ですがね」「そう、それは好いですよ。本当に芳子さんはああいうしっかり者だから、私みたいな無教育のも
のでは……」「いや、そういう訳でも無いですがね。余り自由にさせ過ぎても、却って当人の為にならんです
から、一つ家に置いて、十分監督してみようと思うんです」「それが好いですよ。本当に、芳子さんにもね…
…何処と悪いことのない、発明な、利口な、今の世には珍らしい方ですけれど、一つ悪いことがあってね、男
の友達と平気で夜歩いたりなんかするんですからね。それさえ止すと好いんだけれどとよく言うのですの。す
ると芳子さんはまた小母さんの旧弊が始まったって、笑っているんだもの。いつかなぞも余り男と一緒に歩い
たり何かするものだから、角の交番でね、不審にしてね、角袖巡査が家の前に立っていたことがあったと云い
ますよ。それはそんなことは無いんだから、構いはしませんけどもね……」「それはいつのことです?」「昨
年の暮でしたかね」「どうもハイカラ過ぎて困る」と時雄は言ったが、時計の針の既に十時半の処を指すのを
見て、「それにしてもどうしたんだろう。若い身空で、こう遅くまで一人で出て歩くと言うのは?」「もう帰
17e503b4b3
中が宗教は自分には出来ぬから、将来文学で立とうと思う。どうか東京に出してくれと言って遣ったんですの
。すると大層怒って、それならもう構わぬ、勝手にしろと言われて、すっかり支度をしてしまったんですって
、本当に困って了いますの」「馬鹿な!」 と言ったが、「今一度留めて遣んなさい。小説で立とうなんて思
ったッて、とても駄目だ、全く空想だ、空想の極端だ。それに、田中が此方に出て来ていては、貴嬢の監督上
、私が非常に困る。貴嬢の世話も出来んようになるから、厳しく止めて遣んなさい!」 芳子は愈※(二の字
点、1-2-22)困ったという風で、「止めてはやりますけれど、手紙が行違いになるかも知れませんから
」「行違い? それじゃもう来るのか」 時雄は眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)った。「今
来た手紙に、もう手紙をよこしてくれても行違いになるからと言ってよこしたんですから」「今来た手紙ッて
、さっきの端書の又後に来たのか」 芳子は点頭いた。「困ったね。だから若い空想家は駄目だと言うんだ」
平和は再び攪乱さるることとなった。 一日置いて今夜の六時に新橋に着くという電報があった。電報を持
って、芳子はまごまごしていた。けれど夜ひとり若い女を出して遣る訳に行かぬので、新橋へ迎えに行くこと
は許さなかった。 翌日は逢って達って諌めてどうしても京都に還らせるようにすると言って、芳子はその恋
人の許を訪うた。その男は停車場前のつるやという旅館に宿っているのである。 時雄が社から帰った時には
、まだとても帰るまいと思った芳子が既にその笑顔を玄関にあらわしていた。聞くと田中は既にこうして出て
来た以上、どうしても京都には帰らぬとのことだ。で、芳子は殆ど喧嘩をするまでに争ったが、矢張断として
可かぬ。先生を頼りにして出京したのではあるが、そう聞けば、なるほど御尤である。監督上都合の悪いとい
うのもよく解りました。けれど今更帰れませぬから、自分で如何ようにしても自活の道を求めて目的地に進む
より他はないとまで言ったそうだ。時雄は不快を感じた。 時雄は一時は勝手にしろと思った。放っておけと
も思った。けれど圏内の一員たるかれにどうして全く風馬牛たることを得ようぞ。芳子はその後二三日訪問し
た形跡もなく、学校の時間には正確に帰って来るが、学校に行くと称して恋人の許に寄りはせぬかと思うと、
した?」 その答より何より、姉は時雄の着物に夥しく泥の着いているのに驚いて、「まア、どうしたんです
、時雄さん」 明かな洋燈の光で見ると、なるほど、白地の浴衣に、肩、膝、腰の嫌いなく、夥しい泥痕!「
何アに、其処でちょっと転んだものだから」「だッて、肩まで粘いているじゃありませんか。また、酔ッぱら
ったんでしょう」「何アに……」 と時雄は強いて笑ってまぎらした。 さて時を移さず、「芳さん、何処に
行ったんです」「今朝、ちょっと中野の方にお友達と散歩に行って来ると行って出たきりですがね、もう帰っ
て来るでしょう。何か用?」「え、少し……」と言って、「昨日は帰りは遅かったですか」「いいえ、お友達
を新橋に迎えに行くんだって、四時過に出かけて、八時頃に帰って来ましたよ」 時雄の顔を見て、「どうか
したのですの?」「何アに……けれどねえ姉さん」と時雄の声は改まった。「実は姉さんにおまかせしておい
ても、この間の京都のようなことが又あると困るですから、芳子を私の家において、十分監督しようと思うん
ですがね」「そう、それは好いですよ。本当に芳子さんはああいうしっかり者だから、私みたいな無教育のも
のでは……」「いや、そういう訳でも無いですがね。余り自由にさせ過ぎても、却って当人の為にならんです
から、一つ家に置いて、十分監督してみようと思うんです」「それが好いですよ。本当に、芳子さんにもね…
…何処と悪いことのない、発明な、利口な、今の世には珍らしい方ですけれど、一つ悪いことがあってね、男
の友達と平気で夜歩いたりなんかするんですからね。それさえ止すと好いんだけれどとよく言うのですの。す
ると芳子さんはまた小母さんの旧弊が始まったって、笑っているんだもの。いつかなぞも余り男と一緒に歩い
たり何かするものだから、角の交番でね、不審にしてね、角袖巡査が家の前に立っていたことがあったと云い
ますよ。それはそんなことは無いんだから、構いはしませんけどもね……」「それはいつのことです?」「昨
年の暮でしたかね」「どうもハイカラ過ぎて困る」と時雄は言ったが、時計の針の既に十時半の処を指すのを
見て、「それにしてもどうしたんだろう。若い身空で、こう遅くまで一人で出て歩くと言うのは?」「もう帰
17e503b4b3
中が宗教は自分には出来ぬから、将来文学で立とうと思う。どうか東京に出してくれと言って遣ったんですの
。すると大層怒って、それならもう構わぬ、勝手にしろと言われて、すっかり支度をしてしまったんですって
、本当に困って了いますの」「馬鹿な!」 と言ったが、「今一度留めて遣んなさい。小説で立とうなんて思
ったッて、とても駄目だ、全く空想だ、空想の極端だ。それに、田中が此方に出て来ていては、貴嬢の監督上
、私が非常に困る。貴嬢の世話も出来んようになるから、厳しく止めて遣んなさい!」 芳子は愈※(二の字
点、1-2-22)困ったという風で、「止めてはやりますけれど、手紙が行違いになるかも知れませんから
」「行違い? それじゃもう来るのか」 時雄は眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)った。「今
来た手紙に、もう手紙をよこしてくれても行違いになるからと言ってよこしたんですから」「今来た手紙ッて
、さっきの端書の又後に来たのか」 芳子は点頭いた。「困ったね。だから若い空想家は駄目だと言うんだ」
平和は再び攪乱さるることとなった。 一日置いて今夜の六時に新橋に着くという電報があった。電報を持
って、芳子はまごまごしていた。けれど夜ひとり若い女を出して遣る訳に行かぬので、新橋へ迎えに行くこと
は許さなかった。 翌日は逢って達って諌めてどうしても京都に還らせるようにすると言って、芳子はその恋
人の許を訪うた。その男は停車場前のつるやという旅館に宿っているのである。 時雄が社から帰った時には
、まだとても帰るまいと思った芳子が既にその笑顔を玄関にあらわしていた。聞くと田中は既にこうして出て
来た以上、どうしても京都には帰らぬとのことだ。で、芳子は殆ど喧嘩をするまでに争ったが、矢張断として
可かぬ。先生を頼りにして出京したのではあるが、そう聞けば、なるほど御尤である。監督上都合の悪いとい
うのもよく解りました。けれど今更帰れませぬから、自分で如何ようにしても自活の道を求めて目的地に進む
より他はないとまで言ったそうだ。時雄は不快を感じた。 時雄は一時は勝手にしろと思った。放っておけと
も思った。けれど圏内の一員たるかれにどうして全く風馬牛たることを得ようぞ。芳子はその後二三日訪問し
た形跡もなく、学校の時間には正確に帰って来るが、学校に行くと称して恋人の許に寄りはせぬかと思うと、
466名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:17:23.09 >>894
またその男が訪問して来るのを非常に不快に思うけれど、今更それを謝絶することも出来なかった。時雄はい
つの間にか、この二人からその恋に対しての「温情の保護者」として認められて了った。 時雄は常に苛々し
ていた。書かなければならぬ原稿が幾種もある。書肆からも催促される。金も欲しい。けれどどうしても筆を
執って文を綴るような沈着いた心の状態にはなれなかった。強いて試みてみることがあっても、考が纒らない
。本を読んでも二頁も続けて読む気になれない。二人の恋の温かさを見る度に、胸を燃して、罪もない細君に
当り散らして酒を飲んだ。晩餐の菜が気に入らぬと云って、御膳を蹴飛した。夜は十二時過に酔って帰って来
ることもあった。芳子はこの乱暴な不調子な時雄の行為に尠なからず心を痛めて、「私がいろいろ御心配を懸
けるもんですからね、私が悪いんですよ」と詫びるように細君に言った。芳子はなるたけ手紙の往復を人に見
せぬようにし、訪問も三度に一度は学校を休んでこっそり行くようにした。時雄はそれに気が附いて一層懊悩
の度を増した。 野は秋も暮れて木枯の風が立った。裏の森の銀杏樹も黄葉して夕の空を美しく彩った。垣根
道には反かえった落葉ががさがさと転がって行く。鵙の鳴音がけたたましく聞える。若い二人の恋が愈※(二
の字点、1-2-22)人目に余るようになったのはこの頃であった。時雄は監督上見るに見かねて、芳子を
説勧めて、この一伍一什を故郷の父母に報ぜしめた。そして時雄もこの恋に関しての長い手紙を芳子の父に寄
せた。この場合にも時雄は芳子の感謝の情を十分に贏ち得るように勉めた。時雄は心を欺いて、――悲壮なる
犠牲と称して、この「恋の温情なる保護者」となった。 備中の山中から数通の手紙が来た。 その翌年の一
月には、時雄は地理の用事で、上武の境なる利根河畔に出張していた。彼は昨年の年末からこの地に来ている
ので、家のこと――芳子のことが殊に心配になる。さりとて公務を如何ともすることが出来なかった。正月に
なって二日にちょっと帰京したが、その時は次男が歯を病んで、妻と芳子とが頻りにそれを介抱していた。妻
に聞くと、芳子の恋は更に惑溺の度を加えた様子。大晦日の晩に、田中が生活のたつきを得ず、下宿に帰るこ
7990f05893
した身体とに烈しく漂わされて、四辺に見ゆるものが皆な別の世界のもののように思われた。両側の家も動く
よう、地も脚の下に陥るよう、天も頭の上に蔽い冠さるように感じた。元からさ程強い酒量でないのに、無闇
にぐいぐいと呷ったので、一時に酔が発したのであろう。ふと露西亜の賤民の酒に酔って路傍に倒れて寝てい
るのを思い出した。そしてある友人と露西亜の人間はこれだから豪い、惑溺するなら飽まで惑溺せんければ駄
目だと言ったことを思いだした。馬鹿な! 恋に師弟の別があって堪るものかと口へ出して言った。 中根坂
を上って、士官学校の裏門から佐内坂の上まで来た頃は、日はもうとっぷりと暮れた。白地の浴衣がぞろぞろ
と通る。煙草屋の前に若い細君が出ている。氷屋の暖簾が涼しそうに夕風に靡く。時雄はこの夏の夜景を朧げ
に眼には見ながら、電信柱に突当って倒れそうにしたり、浅い溝に落ちて膝頭をついたり、職工体の男に、「
酔漢奴! しっかり歩け!」と罵られたりした。急に自ら思いついたらしく、坂の上から右に折れて、市ヶ谷
八幡の境内へと入った。境内には人の影もなく寂寞としていた。大きい古い欅の樹と松の樹とが蔽い冠さって
、左の隅に珊瑚樹の大きいのが繁っていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。時雄はいかにしても苦
しいので、突如その珊瑚樹の蔭に身を躱して、その根本の地上に身を横えた。興奮した心の状態、奔放な情と
悲哀の快感とは、極端までその力を発展して、一方痛切に嫉妬の念に駆られながら、一方冷淡に自己の状態を
客観した。 初めて恋するような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは、寧ろ冷かに
その運命を批判した。熱い主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合せた糸のように固く結び着けられて、一
種異様の心の状態を呈した。 悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男
女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落、この自
然の底に蟠れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚い情ないものはない。 汪然として涙は時雄の鬚
面を伝った。 ふとある事が胸に上った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立
てられた硝子燈は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これ
またその男が訪問して来るのを非常に不快に思うけれど、今更それを謝絶することも出来なかった。時雄はい
つの間にか、この二人からその恋に対しての「温情の保護者」として認められて了った。 時雄は常に苛々し
ていた。書かなければならぬ原稿が幾種もある。書肆からも催促される。金も欲しい。けれどどうしても筆を
執って文を綴るような沈着いた心の状態にはなれなかった。強いて試みてみることがあっても、考が纒らない
。本を読んでも二頁も続けて読む気になれない。二人の恋の温かさを見る度に、胸を燃して、罪もない細君に
当り散らして酒を飲んだ。晩餐の菜が気に入らぬと云って、御膳を蹴飛した。夜は十二時過に酔って帰って来
ることもあった。芳子はこの乱暴な不調子な時雄の行為に尠なからず心を痛めて、「私がいろいろ御心配を懸
けるもんですからね、私が悪いんですよ」と詫びるように細君に言った。芳子はなるたけ手紙の往復を人に見
せぬようにし、訪問も三度に一度は学校を休んでこっそり行くようにした。時雄はそれに気が附いて一層懊悩
の度を増した。 野は秋も暮れて木枯の風が立った。裏の森の銀杏樹も黄葉して夕の空を美しく彩った。垣根
道には反かえった落葉ががさがさと転がって行く。鵙の鳴音がけたたましく聞える。若い二人の恋が愈※(二
の字点、1-2-22)人目に余るようになったのはこの頃であった。時雄は監督上見るに見かねて、芳子を
説勧めて、この一伍一什を故郷の父母に報ぜしめた。そして時雄もこの恋に関しての長い手紙を芳子の父に寄
せた。この場合にも時雄は芳子の感謝の情を十分に贏ち得るように勉めた。時雄は心を欺いて、――悲壮なる
犠牲と称して、この「恋の温情なる保護者」となった。 備中の山中から数通の手紙が来た。 その翌年の一
月には、時雄は地理の用事で、上武の境なる利根河畔に出張していた。彼は昨年の年末からこの地に来ている
ので、家のこと――芳子のことが殊に心配になる。さりとて公務を如何ともすることが出来なかった。正月に
なって二日にちょっと帰京したが、その時は次男が歯を病んで、妻と芳子とが頻りにそれを介抱していた。妻
に聞くと、芳子の恋は更に惑溺の度を加えた様子。大晦日の晩に、田中が生活のたつきを得ず、下宿に帰るこ
7990f05893
した身体とに烈しく漂わされて、四辺に見ゆるものが皆な別の世界のもののように思われた。両側の家も動く
よう、地も脚の下に陥るよう、天も頭の上に蔽い冠さるように感じた。元からさ程強い酒量でないのに、無闇
にぐいぐいと呷ったので、一時に酔が発したのであろう。ふと露西亜の賤民の酒に酔って路傍に倒れて寝てい
るのを思い出した。そしてある友人と露西亜の人間はこれだから豪い、惑溺するなら飽まで惑溺せんければ駄
目だと言ったことを思いだした。馬鹿な! 恋に師弟の別があって堪るものかと口へ出して言った。 中根坂
を上って、士官学校の裏門から佐内坂の上まで来た頃は、日はもうとっぷりと暮れた。白地の浴衣がぞろぞろ
と通る。煙草屋の前に若い細君が出ている。氷屋の暖簾が涼しそうに夕風に靡く。時雄はこの夏の夜景を朧げ
に眼には見ながら、電信柱に突当って倒れそうにしたり、浅い溝に落ちて膝頭をついたり、職工体の男に、「
酔漢奴! しっかり歩け!」と罵られたりした。急に自ら思いついたらしく、坂の上から右に折れて、市ヶ谷
八幡の境内へと入った。境内には人の影もなく寂寞としていた。大きい古い欅の樹と松の樹とが蔽い冠さって
、左の隅に珊瑚樹の大きいのが繁っていた。処々の常夜燈はそろそろ光を放ち始めた。時雄はいかにしても苦
しいので、突如その珊瑚樹の蔭に身を躱して、その根本の地上に身を横えた。興奮した心の状態、奔放な情と
悲哀の快感とは、極端までその力を発展して、一方痛切に嫉妬の念に駆られながら、一方冷淡に自己の状態を
客観した。 初めて恋するような熱烈な情は無論なかった。盲目にその運命に従うと謂うよりは、寧ろ冷かに
その運命を批判した。熱い主観の情と冷めたい客観の批判とが絡り合せた糸のように固く結び着けられて、一
種異様の心の状態を呈した。 悲しい、実に痛切に悲しい。この悲哀は華やかな青春の悲哀でもなく、単に男
女の恋の上の悲哀でもなく、人生の最奥に秘んでいるある大きな悲哀だ。行く水の流、咲く花の凋落、この自
然の底に蟠れる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほど儚い情ないものはない。 汪然として涙は時雄の鬚
面を伝った。 ふとある事が胸に上った。時雄は立上って歩き出した。もう全く夜になった。境内の処々に立
てられた硝子燈は光を放って、その表面の常夜燈という三字がはっきり見える。この常夜燈という三字、これ
467名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:17:39.28 >>580
あるから、今の場合でなければ、かえって大に喜んだのであろうに…… 時雄は一刻も早くその恋人のことを
聞糺したかった。今、その男は何処にいる? 何時京都に帰るか? これは時雄に取っては実に重大な問題で
あった。けれど何も知らぬ姉の前で、打明けて問う訳にも行かぬので、この夜は露ほどもそのことを口に出さ
なかった。一座は平凡な物語に更けた。 今夜にもと時雄の言出したのを、だって、もう十二時だ、明日にし
た方が宜かろうとの姉の注意。で、時雄は一人で牛込に帰ろうとしたが、どうも不安心で為方がないような気
がしたので、夜の更けたのを口実に、姉の家に泊って、明朝早く一緒に行くことにした。 芳子は八畳に、時
雄は六畳に姉と床を並べて寝た。やがて姉の小さい鼾が聞えた。時計は一時をカンと鳴った。八畳では寝つか
れぬと覚しく、おりおり高い長大息の気勢がする。甲武の貨物列車が凄じい地響を立てて、この深夜を独り通
る。時雄も久しく眠られなかった。 翌朝時雄は芳子を自宅に伴った。二人になるより早く、時雄は昨日の消
息を知ろうと思ったけれど、芳子が低頭勝に悄然として後について来るのを見ると、何となく可哀そうになっ
て、胸に苛々する思を畳みながら、黙して歩いた。 佐内坂を登り了ると、人通りが少くなった。時雄はふと
振返って、「それでどうしたの?」と突如として訊ねた。「え?」 反問した芳子は顔を曇らせた。「昨日の
話さ、まだ居るのかね」「今夜の六時の急行で帰ります」「それじゃ送って行かなくってはいけないじゃない
か」「いいえ、もう好いんですの」 これで話は途絶えて、二人は黙って歩いた。 矢来町の時雄の宅、今ま
で物置にしておいた二階の三畳と六畳、これを綺麗に掃除して、芳子の住居とした。久しく物置――子供の遊
び場にしておいたので、塵埃が山のように積っていたが、箒をかけ雑巾をかけ、雨のしみの附いた破れた障子
を貼り更えると、こうも変るものかと思われるほど明るくなって、裏の酒井の墓塋の大樹の繁茂が心地よき空
翠をその一室に漲らした。隣家の葡萄棚、打捨てて手を入れようともせぬ庭の雑草の中に美人草の美しく交っ
て咲いているのも今更に目につく。時雄はさる画家の描いた朝顔の幅を選んで床に懸け、懸花瓶には後れ咲の
a8ebfcada4
ような一箇秀麗な丈夫でもなく天才肌の人とも見えなかった。麹町三番町通の安旅人宿、三方壁でしきられた
暑い室に初めて相対した時、先ずかれの身に迫ったのは、基督教に養われた、いやに取澄ました、年に似合わ
ぬ老成な、厭な不愉快な態度であった。京都訛の言葉、色の白い顔、やさしいところはいくらかはあるが、多
い青年の中からこうした男を特に選んだ芳子の気が知れなかった。殊に時雄が最も厭に感じたのは、天真流露
という率直なところが微塵もなく、自己の罪悪にも弱点にも種々の理由を強いてつけて、これを弁解しようと
する形式的態度であった。とは言え、実を言えば、時雄の激しい頭脳には、それがすぐ直覚的に明かに映った
と云うではなく、座敷の隅に置かれた小さい旅鞄や憐れにもしおたれた白地の浴衣などを見ると、青年空想の
昔が思い出されて、こうした恋の為め、煩悶もし、懊悩もしているかと思って、憐憫の情も起らぬではなかっ
た。 この暑い一室に相対して、趺坐をもかかず、二人は尠くとも一時間以上語った。話は遂に要領を得なか
った。「先ず今一度考え直して見給え」くらいが最後で、時雄は別れて帰途に就いた。 何だか馬鹿らしいよ
うな気がした。愚なる行為をしたように感じられて、自らその身を嘲笑した。心にもないお世辞をも言い、自
分の胸の底の秘密を蔽う為めには、二人の恋の温情なる保護者となろうとまで言ったことを思い出した。安飜
訳の仕事を周旋して貰う為め、某氏に紹介の労を執ろうと言ったことをも思い出した。そして自分ながら自分
の意気地なく好人物なのを罵った。 時雄は幾度か考えた。寧ろ国に報知して遣ろうか、と。けれどそれを報
知するに、どういう態度を以てしようかというのが大問題であった。二人の恋の関鍵を自ら握っていると信ず
るだけそれだけ時雄は責任を重く感じた。その身の不当の嫉妬、不正の恋情の為めに、その愛する女の熱烈な
る恋を犠牲にするには忍びぬと共に、自ら言った「温情なる保護者」として、道徳家の如く身を処するにも堪
えなかった。また一方にはこの事が国に知れて芳子が父母の為めに伴われて帰国するようになるのを恐れた。
芳子が時雄の書斎に来て、頭を垂れ、声を低うして、その希望を述べたのはその翌日の夜であった。如何に
説いても男は帰らぬ。さりとて国へ報知すれば、父母の許さぬのは知れたこと、時宜に由れば忽ち迎いに来ぬ
あるから、今の場合でなければ、かえって大に喜んだのであろうに…… 時雄は一刻も早くその恋人のことを
聞糺したかった。今、その男は何処にいる? 何時京都に帰るか? これは時雄に取っては実に重大な問題で
あった。けれど何も知らぬ姉の前で、打明けて問う訳にも行かぬので、この夜は露ほどもそのことを口に出さ
なかった。一座は平凡な物語に更けた。 今夜にもと時雄の言出したのを、だって、もう十二時だ、明日にし
た方が宜かろうとの姉の注意。で、時雄は一人で牛込に帰ろうとしたが、どうも不安心で為方がないような気
がしたので、夜の更けたのを口実に、姉の家に泊って、明朝早く一緒に行くことにした。 芳子は八畳に、時
雄は六畳に姉と床を並べて寝た。やがて姉の小さい鼾が聞えた。時計は一時をカンと鳴った。八畳では寝つか
れぬと覚しく、おりおり高い長大息の気勢がする。甲武の貨物列車が凄じい地響を立てて、この深夜を独り通
る。時雄も久しく眠られなかった。 翌朝時雄は芳子を自宅に伴った。二人になるより早く、時雄は昨日の消
息を知ろうと思ったけれど、芳子が低頭勝に悄然として後について来るのを見ると、何となく可哀そうになっ
て、胸に苛々する思を畳みながら、黙して歩いた。 佐内坂を登り了ると、人通りが少くなった。時雄はふと
振返って、「それでどうしたの?」と突如として訊ねた。「え?」 反問した芳子は顔を曇らせた。「昨日の
話さ、まだ居るのかね」「今夜の六時の急行で帰ります」「それじゃ送って行かなくってはいけないじゃない
か」「いいえ、もう好いんですの」 これで話は途絶えて、二人は黙って歩いた。 矢来町の時雄の宅、今ま
で物置にしておいた二階の三畳と六畳、これを綺麗に掃除して、芳子の住居とした。久しく物置――子供の遊
び場にしておいたので、塵埃が山のように積っていたが、箒をかけ雑巾をかけ、雨のしみの附いた破れた障子
を貼り更えると、こうも変るものかと思われるほど明るくなって、裏の酒井の墓塋の大樹の繁茂が心地よき空
翠をその一室に漲らした。隣家の葡萄棚、打捨てて手を入れようともせぬ庭の雑草の中に美人草の美しく交っ
て咲いているのも今更に目につく。時雄はさる画家の描いた朝顔の幅を選んで床に懸け、懸花瓶には後れ咲の
a8ebfcada4
ような一箇秀麗な丈夫でもなく天才肌の人とも見えなかった。麹町三番町通の安旅人宿、三方壁でしきられた
暑い室に初めて相対した時、先ずかれの身に迫ったのは、基督教に養われた、いやに取澄ました、年に似合わ
ぬ老成な、厭な不愉快な態度であった。京都訛の言葉、色の白い顔、やさしいところはいくらかはあるが、多
い青年の中からこうした男を特に選んだ芳子の気が知れなかった。殊に時雄が最も厭に感じたのは、天真流露
という率直なところが微塵もなく、自己の罪悪にも弱点にも種々の理由を強いてつけて、これを弁解しようと
する形式的態度であった。とは言え、実を言えば、時雄の激しい頭脳には、それがすぐ直覚的に明かに映った
と云うではなく、座敷の隅に置かれた小さい旅鞄や憐れにもしおたれた白地の浴衣などを見ると、青年空想の
昔が思い出されて、こうした恋の為め、煩悶もし、懊悩もしているかと思って、憐憫の情も起らぬではなかっ
た。 この暑い一室に相対して、趺坐をもかかず、二人は尠くとも一時間以上語った。話は遂に要領を得なか
った。「先ず今一度考え直して見給え」くらいが最後で、時雄は別れて帰途に就いた。 何だか馬鹿らしいよ
うな気がした。愚なる行為をしたように感じられて、自らその身を嘲笑した。心にもないお世辞をも言い、自
分の胸の底の秘密を蔽う為めには、二人の恋の温情なる保護者となろうとまで言ったことを思い出した。安飜
訳の仕事を周旋して貰う為め、某氏に紹介の労を執ろうと言ったことをも思い出した。そして自分ながら自分
の意気地なく好人物なのを罵った。 時雄は幾度か考えた。寧ろ国に報知して遣ろうか、と。けれどそれを報
知するに、どういう態度を以てしようかというのが大問題であった。二人の恋の関鍵を自ら握っていると信ず
るだけそれだけ時雄は責任を重く感じた。その身の不当の嫉妬、不正の恋情の為めに、その愛する女の熱烈な
る恋を犠牲にするには忍びぬと共に、自ら言った「温情なる保護者」として、道徳家の如く身を処するにも堪
えなかった。また一方にはこの事が国に知れて芳子が父母の為めに伴われて帰国するようになるのを恐れた。
芳子が時雄の書斎に来て、頭を垂れ、声を低うして、その希望を述べたのはその翌日の夜であった。如何に
説いても男は帰らぬ。さりとて国へ報知すれば、父母の許さぬのは知れたこと、時宜に由れば忽ち迎いに来ぬ
468名無しさん@お腹いっぱい。
2019/01/14(月) 23:57:36.91 くこ?
2019/01/15(火) 00:10:26.20
くこ?
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