>>570
られた。 少時してから、芳子が、「先生、私の帰るのを待っていて下さったの?」「ええ、ええ、一時間半
位待ったのよ」 と姉が傍から言った。 で、その話が出て、都合さえよくば今夜からでも――荷物は後から
でも好いから――一緒に伴れて行く積りで来たということを話した。芳子は下を向いて、点頭いて聞いていた
。無論、その胸には一種の圧迫を感じたに相違ないけれど、芳子の心にしては、絶対に信頼して――今回の恋
のことにも全心を挙げて同情してくれた師の家に行って住むことは別に甚しい苦痛でも無かった。寧ろ以前か
らこの昔風の家に同居しているのを不快に思って、出来るならば、初めのように先生の家にと願っていたので
あるから、今の場合でなければ、かえって大に喜んだのであろうに…… 時雄は一刻も早くその恋人のことを
聞糺したかった。今、その男は何処にいる? 何時京都に帰るか? これは時雄に取っては実に重大な問題で
あった。けれど何も知らぬ姉の前で、打明けて問う訳にも行かぬので、この夜は露ほどもそのことを口に出さ
なかった。一座は平凡な物語に更けた。 今夜にもと時雄の言出したのを、だって、もう十二時だ、明日にし
た方が宜かろうとの姉の注意。で、時雄は一人で牛込に帰ろうとしたが、どうも不安心で為方がないような気
がしたので、夜の更けたのを口実に、姉の家に泊って、明朝早く一緒に行くことにした。 芳子は八畳に、時
雄は六畳に姉と床を並べて寝た。やがて姉の小さい鼾が聞えた。時計は一時をカンと鳴った。八畳では寝つか
れぬと覚しく、おりおり高い長大息の気勢がする。甲武の貨物列車が凄じい地響を立てて、この深夜を独り通
る。時雄も久しく眠られなかった。 翌朝時雄は芳子を自宅に伴った。二人になるより早く、時雄は昨日の消
息を知ろうと思ったけれど、芳子が低頭勝に悄然として後について来るのを見ると、何となく可哀そうになっ
て、胸に苛々する思を畳みながら、黙して歩いた。 佐内坂を登り了ると、人通りが少くなった。時雄はふと
振返って、「それでどうしたの?」と突如として訊ねた。「え?」 反問した芳子は顔を曇らせた。「昨日の
話さ、まだ居るのかね」「今夜の六時の急行で帰ります」「それじゃ送って行かなくってはいけないじゃない
1457a3b053
ものでさえ、文学の価値などは解らぬものなのに、何もかもよく知っているらしい手紙の文句、早速返事を出
して師弟の関係を結んだ。 それから度々の手紙と文章、文章はまだ幼稚な点はあるが、癖の無い、すらすら
した、将来発達の見込は十分にあると時雄は思った。で一度は一度より段々互の気質が知れて、時雄はその手
紙の来るのを待つようになった。ある時などは写真を送れと言って遣ろうと思って、手紙の隅に小さく書いて
、そしてまたこれを黒々と塗って了った。女性には容色と謂うものが是非必要である。容色のわるい女はいく
ら才があっても男が相手に為ない。時雄も内々胸の中で、どうせ文学を遣ろうというような女だから、不容色
に相違ないと思った。けれどなるべくは見られる位の女であって欲しいと思った。 芳子が父母に許可を得て
、父に伴れられて、時雄の門を訪うたのは翌年の二月で、丁度時雄の三番目の男の児の生れた七夜の日であっ
た。座敷の隣の室は細君の産褥で、細君は手伝に来ている姉から若い女門下生の美しい容色であることを聞い
て少なからず懊悩した。姉もああいう若い美しい女を弟子にしてどうする気だろうと心配した。時雄は芳子と
父とを並べて、縷々として文学者の境遇と目的とを語り、女の結婚問題に就いて予め父親の説を叩いた。芳子
の家は新見町でも第三とは下らぬ豪家で、父も母も厳格なる基督教信者、母は殊にすぐれた信者で、曽ては同
志社女学校に学んだこともあるという。総領の兄は英国へ洋行して、帰朝後は某官立学校の教授となっている
。芳子は町の小学校を卒業するとすぐ、神戸に出て神戸の女学院に入り、其処でハイカラな女学校生活を送っ
た。基督教の女学校は他の女学校に比して、文学に対して総て自由だ。その頃こそ「魔風恋風」や「金色夜叉
」などを読んではならんとの規定も出ていたが、文部省で干渉しない以前は、教場でさえなくば何を読んでも
差支なかった。学校に附属した教会、其処で祈祷の尊いこと、クリスマスの晩の面白いこと、理想を養うとい
うことの味をも知って、人間の卑しいことを隠して美しいことを標榜するという群の仲間となった。母の膝下
が恋しいとか、故郷が懐かしいとか言うことは、来た当座こそ切実に辛く感じもしたが、やがては全く忘れて
、女学生の寄宿生活をこの上なく面白く思うようになった。旨味い南瓜を食べさせないと云っては、お鉢の飯