って目に附く。で、未来の閨秀作家は学校から帰って来ると、机に向って文を書くというよりは、寧ろ多く手
紙を書くので、男の友達も随分多い。男文字の手紙も随分来る。中にも高等師範の学生に一人、早稲田大学の
学生に一人、それが時々遊びに来たことがあったそうだ。 麹町土手三番町の一角には、女学生もそうハイカ
ラなのが沢山居ない。それに、市ヶ谷見附の彼方には時雄の妻君の里の家があるのだが、この附近は殊に昔風
の商家の娘が多い。で、尠くとも芳子の神戸仕込のハイカラはあたりの人の目を聳たしめた。時雄は姉の言葉
として、妻から常に次のようなことを聞される。「芳子さんにも困ったものですねと姉が今日も言っていまし
たよ、男の友達が来るのは好いけれど、夜など一緒に二七(不動)に出かけて、遅くまで帰って来ないことが
あるんですって。そりゃ芳子さんはそんなことは無いのに決っているけれど、世間の口が喧しくって為方が無
いと云っていました」 これを聞くと時雄は定って芳子の肩を持つので、「お前達のような旧式の人間には芳
子の遣ることなどは判りやせんよ。男女が二人で歩いたり話したりさえすれば、すぐあやしいとか変だとか思
うのだが、一体、そんなことを思ったり、言ったりするのが旧式だ、今では女も自覚しているから、為ようと
思うことは勝手にするさ」 この議論を時雄はまた得意になって芳子にも説法した。「女子ももう自覚せんけ
ればいかん。昔の女のように依頼心を持っていては駄目だ。ズウデルマンのマグダの言った通り、父の手から
すぐに夫の手に移るような意気地なしでは為方が無い。日本の新しい婦人としては、自ら考えて自ら行うよう
にしなければいかん」こう言っては、イブセンのノラの話や、ツルゲネーフのエレネの話や、露西亜、独逸あ
たりの婦人の意志と感情と共に富んでいることを話し、さて、「けれど自覚と云うのは、自省ということをも
含んでおるですからな、無闇に意志や自我を振廻しては困るですよ。自分の遣ったことには自分が全責任を帯
びる覚悟がなくては」 芳子にはこの時雄の教訓が何より意味があるように聞えて、渇仰の念が愈※(二の字
点、1-2-22)加わった。基督教の教訓より自由でそして権威があるように考えられた。 芳子は女学生
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なって二日にちょっと帰京したが、その時は次男が歯を病んで、妻と芳子とが頻りにそれを介抱していた。妻
に聞くと、芳子の恋は更に惑溺の度を加えた様子。大晦日の晩に、田中が生活のたつきを得ず、下宿に帰るこ
とも出来ずに、終夜運転の電車に一夜を過したということ、余り頻繁に二人が往来するので、それをそれとな
しに注意して芳子と口争いをしたということ、その他種々のことを聞いた。困ったことだと思った。一晩泊っ
て再び利根の河畔に戻った。 今は五日の夜であった。茫とした空に月が暈を帯びて、その光が川の中央にき
らきらと金を砕いていた。時雄は机の上に一通の封書を展いて、深くその事を考えていた。その手紙は今少し
前、旅館の下女が置いて行った芳子の筆である。先生、まことに、申訳が御座いません。先生の同情ある御恩
は決して一生経っても忘るることでなく、今もそのお心を思うと、涙が滴るるのです。父母はあの通りです。
先生があのように仰しゃって下すっても、旧風の頑固で、私共の心を汲んでくれようとも致しませず、泣いて
訴えましたけれど、許してくれません。母の手紙を見れば泣かずにはおられませんけれど、少しは私の心も汲
んでくれても好いと思います。恋とはこう苦しいものかと今つくづく思い当りました。先生、私は決心致しま
した。聖書にも女は親に離れて夫に従うと御座います通り、私は田中に従おうと存じます。田中は未だに生活
のたつきを得ませず、準備した金は既に尽き、昨年の暮れは、うらぶれの悲しい生活を送ったので御座います
。私はもう見ているに忍びません。国からの補助を受けませんでも、私等は私等二人で出来るまでこの世に生
きてみようと思います。先生に御心配を懸けるのは、まことに済みません。監督上、御心配なさるのも御尤も
です。けれど折角先生があのように私等の為めに国の父母をお説き下すったにも係らず、父母は唯無意味に怒
ってばかりいて、取合ってくれませんのは、余りと申せば無慈悲です、勘当されても為方が御座いません。堕
落々々と申して、殆ど歯せぬばかりに申しておりますが、私達の恋はそんなに不真面目なもので御座いましょ
うか。それに、家の門地々々と申しますが、私は恋を父母の都合によって致すような旧式の女でないことは先
生もお許し下さるでしょう。先生、私は決心致しました。昨日上野図書館で女の見習生が入用だという広告が
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