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公式
https://entum.jp
https://twitter.com/entum_info
※前スレ
【バーチャルYoutuber】 ENTUM(エンタム)アンチスレ※673【闇鍋】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/streaming/1545569520/
VIPQ2_EXTDAT: none:none:1000:512:----: EXT was configured 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b)
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
探検
【バーチャルYoutuber】 ENTUM(エンタム)アンチスレ※674【鍋】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
2018/12/24(月) 00:47:32.05
2018/12/24(月) 00:48:57.67
辺!
2018/12/24(月) 00:49:46.19
前スレは荒らしに埋めさせようか
2018/12/24(月) 00:50:16.41
あにまーれはもうダメだな…
2018/12/24(月) 00:51:16.78
おつおつおー!
2018/12/24(月) 00:51:35.90
おつお
2018/12/24(月) 00:54:00.44
>>4
因幡組召喚しようとするのやめろ😡
因幡組召喚しようとするのやめろ😡
2018/12/24(月) 00:54:45.80
因幡組もさすがに2スレ並んで荒らさないようだな
2018/12/24(月) 00:54:49.70
あにまーれにあやまーれ
2018/12/24(月) 00:54:55.01
アプデは頭おかしいんじゃねえのかこれ…
2018/12/24(月) 00:58:24.91
演者側が子供過ぎるの多いな
まぁほぼ自宅からだろうし仕事って気持ち薄いんだろうなこの業界
まぁほぼ自宅からだろうし仕事って気持ち薄いんだろうなこの業界
2018/12/24(月) 00:58:58.41
>>11
でも定額の給料でてるならそれは仕事って認識して欲しいわ
でも定額の給料でてるならそれは仕事って認識して欲しいわ
2018/12/24(月) 00:59:42.67
やっぱ魂は20代後半〜30代に限るな
2018/12/24(月) 01:00:57.96
エンタムとupd8の同盟てぇてぇ
https://i.imgur.com/TAfO1f1.jpg
https://i.imgur.com/TAfO1f1.jpg
2018/12/24(月) 01:01:03.63
>>13
上過ぎず、下過ぎずちょうどいいな
上過ぎず、下過ぎずちょうどいいな
2018/12/24(月) 01:03:27.18
バイトみたいな感じならちょっと歳いってる方がいいな
社員なら若くてもいいけど
社員なら若くてもいいけど
2018/12/24(月) 01:07:07.35
箱が崩壊か
ア組はよくも悪くも影響少なかったけど
ア組はよくも悪くも影響少なかったけど
2018/12/24(月) 01:08:36.18
にわかですまん、アニマーれなんで急に崩壊って言われてん?
2018/12/24(月) 01:09:47.75
>>18
1人活動休止したから
1人活動休止したから
2018/12/24(月) 01:10:11.55
相変わらずにじのスレタイは酷いな
あにまーれは妹分だろ
あにまーれは妹分だろ
2018/12/24(月) 01:13:32.13
【ババア応援スレ】か
2018/12/24(月) 01:14:54.28
あにまーれスレも荒らしでスレが断片化してる辺り
やっぱりあにまーれ関連の話題がアレなんやなぁ…
やっぱりあにまーれ関連の話題がアレなんやなぁ…
2018/12/24(月) 01:15:12.06
2018/12/24(月) 01:15:28.34
祝あにまーれ崩壊の方だろ
2018/12/24(月) 01:16:05.88
>>23
休止の理由の一つが不仲
休止の理由の一つが不仲
2018/12/24(月) 01:16:32.31
2018/12/24(月) 01:16:55.12
2018/12/24(月) 01:17:47.13
>>23
あそこ5人のてぇてぇ営業が主力だったからダメージがクソでかい
あそこ5人のてぇてぇ営業が主力だったからダメージがクソでかい
2018/12/24(月) 01:18:06.73
メンバーと運営も揉めてるみたいだしあにまーれはもう終わりよ
2018/12/24(月) 01:18:39.95
あにまーれがてぇてぇとかにわかすぎるだろ
ハニストと間違えたのか?
ハニストと間違えたのか?
2018/12/24(月) 01:19:11.24
教えてくれたみんなありがと
向こうのスレに今聞きに行くのなんかかわいそうな気がしてな…
向こうのスレに今聞きに行くのなんかかわいそうな気がしてな…
2018/12/24(月) 01:19:22.18
あにまーれはプロレスだったな
2018/12/24(月) 01:20:39.70
>>30
あにまーれとハニストの姉妹コラボが売りだったろあそこは
あにまーれとハニストの姉妹コラボが売りだったろあそこは
34名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 01:20:59.82 アカリゲリラが不定期配信のせいで寝れねえわ
2018/12/24(月) 01:21:22.05
2018/12/24(月) 01:21:50.63
タムスレ民あにまーれに詳しくて草生える
2018/12/24(月) 01:22:13.55
>>33
あにストコラボの回数知ってるか?
あにストコラボの回数知ってるか?
2018/12/24(月) 01:22:41.38
イリアムは平和だな
学園長とジェネ早見とメス叶が街頭生放送か
学園長とジェネ早見とメス叶が街頭生放送か
2018/12/24(月) 01:23:14.81
upd8は無視して大丈夫ですか
2018/12/24(月) 01:23:33.26
>>36
あにストの配信は見てないけどスレは巡回して情報収集してるからな
あにストの配信は見てないけどスレは巡回して情報収集してるからな
2018/12/24(月) 01:23:36.64
>>36
そりゃ四人衆のデビュー前から追ってるからな
そりゃ四人衆のデビュー前から追ってるからな
2018/12/24(月) 01:24:26.21
ひいちゃんクリスマスプレゼントにウンコを渡す
https://twitter.com/HeroMinamori/status/1076866009284304898?s=19
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
https://twitter.com/HeroMinamori/status/1076866009284304898?s=19
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
2018/12/24(月) 01:25:38.09
>>35
はねるだかの配信で全員集合してた時以降は知らん
はねるだかの配信で全員集合してた時以降は知らん
2018/12/24(月) 01:25:44.12
>>42
糞女
糞女
2018/12/24(月) 01:25:48.45
>>36
叡智の民を舐めるなよ?
叡智の民を舐めるなよ?
2018/12/24(月) 01:26:34.03
ハニストは関係ないけど
あにまーれはあにまーれ内では結構コラボしまくってる
あにまーれはあにまーれ内では結構コラボしまくってる
2018/12/24(月) 01:27:36.83
あにまーれは演者と運営でもめ事起きてるっぽいのがヤバイ
2018/12/24(月) 01:28:25.61
じゃああにまーれだけじゃアレだし情報落としてくぞ
朝ノ姉妹&スタッフ一同にウィルス性胃腸炎が蔓延してパンデミック発生
年末年始ドタキャン連発確約
朝ノ姉妹&スタッフ一同にウィルス性胃腸炎が蔓延してパンデミック発生
年末年始ドタキャン連発確約
2018/12/24(月) 01:29:05.59
>>48
遅い
遅い
2018/12/24(月) 01:29:15.84
>>48
ええ…
ええ…
2018/12/24(月) 01:31:13.49
ハニスレが連投荒らしでやられたな
やっぱりあにまーれが話題になってる所を狙ってるみたい
やっぱりあにまーれが話題になってる所を狙ってるみたい
2018/12/24(月) 01:31:47.53
因幡組怖いな
2018/12/24(月) 01:32:00.11
アプデかななしがそれぞれ自由にやってたあにまーれメンバーにてぇてぇ営業強制しておかしくなったように見える
2018/12/24(月) 01:32:29.07
朝ノ姉妹やってしまいましたね
2018/12/24(月) 01:32:43.20
>>53
やっぱ箱コラボ増えてるんかな
やっぱ箱コラボ増えてるんかな
2018/12/24(月) 01:33:08.20
落ち目になったのは演者らのミスって感じだが
そこからのテコ入れから狂ったように思う
そこからのテコ入れから狂ったように思う
2018/12/24(月) 01:33:55.64
2018/12/24(月) 01:34:02.48
>>48
元凶貼っとくぞ
おれなぁ…いちょーえんになっちまった😷うんちがなぁ…止まらねぇんだ…😷
https://twitter.com/omesis_rio/status/1074091532968386561
胃腸炎太郎。お前のおかげでリオは3つの事を学んだよ。一つは胃腸炎をなめたらいけないって事。二つはポカリってやっぱり偉大だって事。三つはうんちがすげー出る事。ぐっばい胃腸炎太郎。
おめがリオ復活ぅぅぅぅぅ!!!!
https://twitter.com/omesis_rio/status/1075231012160819200
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
元凶貼っとくぞ
おれなぁ…いちょーえんになっちまった😷うんちがなぁ…止まらねぇんだ…😷
https://twitter.com/omesis_rio/status/1074091532968386561
胃腸炎太郎。お前のおかげでリオは3つの事を学んだよ。一つは胃腸炎をなめたらいけないって事。二つはポカリってやっぱり偉大だって事。三つはうんちがすげー出る事。ぐっばい胃腸炎太郎。
おめがリオ復活ぅぅぅぅぅ!!!!
https://twitter.com/omesis_rio/status/1075231012160819200
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
2018/12/24(月) 01:36:18.67
朝ノ姉妹はおめシスリスペクトしてるからな
おめシスが胃腸炎になったから真似したくなったんだろう
おめシスが胃腸炎になったから真似したくなったんだろう
2018/12/24(月) 01:36:30.71
企業勢なんだから大人しく運営に従えと思うけど今まで好き勝手にやらせてたのに突然うるさく口出してくるのはやだよな
2018/12/24(月) 01:38:09.57
ハニスレ潰して次はあにスレ
こっちにも来るぞ
こっちにも来るぞ
2018/12/24(月) 01:38:24.62
2018/12/24(月) 01:39:25.36
>>62
それ前から太郎とコラボしたいと言ってたみたいだな
それ前から太郎とコラボしたいと言ってたみたいだな
2018/12/24(月) 01:39:32.20
>>62
怖いわ
怖いわ
2018/12/24(月) 01:40:23.26
最近は運営に楯突くのが流行り
2018/12/24(月) 01:41:36.62
事務所としての仕事は一切しないくせに口出しはしてくるupd8が怖いか?
2018/12/24(月) 01:41:55.36
楯突いてもファンが肩持ってくれるから演者側は強気よ
ソースはどこぞの後輩
ソースはどこぞの後輩
2018/12/24(月) 01:42:18.67
アズリム「俺様についてこい後輩ども」
2018/12/24(月) 01:42:56.61
前スレにコピペ荒らしが来たぞ
2018/12/24(月) 01:43:45.63
スタート前に運営に楯突いたら消されたAB…
2018/12/24(月) 01:43:49.08
埋めたら次はこっちか
震える
震える
2018/12/24(月) 01:44:11.11
もう次スレ立てておくか?
2018/12/24(月) 01:45:10.43
あにまーれスレも荒らされて埋まったな
2018/12/24(月) 01:45:36.92
荒らし手動だろ
こんなことに時間を使って虚しくならないのかね
こんなことに時間を使って虚しくならないのかね
2018/12/24(月) 01:46:26.98
5chにいて虚しくならないかは草
2018/12/24(月) 01:46:46.95
FF10のシンみたいな荒らしだな
2018/12/24(月) 01:47:38.91
upd8の何が嫌ってヨゴレ仕事とテスト配信を外注する所なんだよな
Count0用のカヤックVRシステムのテスト配信をなんで樋口と子兎音にやらせてんだよ
Count0用のカヤックVRシステムのテスト配信をなんで樋口と子兎音にやらせてんだよ
2018/12/24(月) 01:49:20.07
アプデはそろそろ痛い目見たほうがいいんじゃない?
2018/12/24(月) 01:49:52.40
>>77
いつの時代も最前線は傭兵と二等兵の仕事なのさ
いつの時代も最前線は傭兵と二等兵の仕事なのさ
2018/12/24(月) 01:50:15.12
アプデはつのはね兄貴を解放しろ
2018/12/24(月) 01:51:02.12
>>77
やり過ぎた結果年末逃げられたのは草生える
やり過ぎた結果年末逃げられたのは草生える
2018/12/24(月) 01:51:21.49
>>70
まだ信者いないのにそうしたらそうなるわ
まだ信者いないのにそうしたらそうなるわ
2018/12/24(月) 01:51:47.50
私シンを倒します。
2018/12/24(月) 01:52:47.82
笑顔の練習していいか?
2018/12/24(月) 01:52:54.92
>>77
樋口も子兎音も使い捨てキャラだからなぁ
樋口も子兎音も使い捨てキャラだからなぁ
2018/12/24(月) 01:54:06.69
>>70
バカだよな…そこで楯突いても勝てないだろ…
バカだよな…そこで楯突いても勝てないだろ…
2018/12/24(月) 01:54:57.53
アズリム最強だな
2018/12/24(月) 01:55:24.68
upd8のガチガチに囲うだけ囲って外案件に出さないスタイル
割と怖い
割と怖い
2018/12/24(月) 01:55:30.00
コンサルは悪みたいな感じになったな
2018/12/24(月) 01:56:04.37
>>87
完全勝利した結果、毎月10回やってた生放送が0になったのは草
完全勝利した結果、毎月10回やってた生放送が0になったのは草
2018/12/24(月) 01:56:11.35
樋口の運用はいちからも手を煩わしてそう
流行語に無理矢理ねじ混んであんなガチガチトークじゃ外で使いにくいだろうに
流行語に無理矢理ねじ混んであんなガチガチトークじゃ外で使いにくいだろうに
2018/12/24(月) 01:56:27.12
バーチャル住人としての賑やかしとして使うんだろうけど
2018/12/24(月) 01:56:46.11
count0はロクなメンバー集まらないしupd8の業界内での信頼はもう地の底に落ちてるだろ
2018/12/24(月) 01:57:02.93
>>88
ファイブキングダム案件に末端を出したら燃えたじゃん
ファイブキングダム案件に末端を出したら燃えたじゃん
2018/12/24(月) 01:57:11.83
>>90
勝ち取った休暇らしいね
勝ち取った休暇らしいね
2018/12/24(月) 01:57:32.90
アズリムは結局運営の力には逆らえないって感じに終わりそうだな
もう世間的にもいつフェードアウトしても問題なさそうだし
もう世間的にもいつフェードアウトしても問題なさそうだし
2018/12/24(月) 01:57:37.33
アズリムは犠牲になったがあの魂の叫びはどの運営も慎重にならざるを得なくなったな
2018/12/24(月) 01:58:04.84
2018/12/24(月) 01:58:11.32
もう無理に纏まらなくてもバーチャルリアルみたいに多企業同士であそこまで出来るんだからな
2018/12/24(月) 01:58:23.48
>>88
その結果ドワンゴに上手く付け入られてるのはアホだろ
その結果ドワンゴに上手く付け入られてるのはアホだろ
2018/12/24(月) 01:58:50.39
>>96
ただ運営のダメージはでかいだろうな
ただ運営のダメージはでかいだろうな
2018/12/24(月) 01:59:04.52
>>94
有象無象集団updの中でケリンは末端か?
有象無象集団updの中でケリンは末端か?
2018/12/24(月) 01:59:07.96
アイが居ればいけると思ったんだろうな
2018/12/24(月) 01:59:30.65
結局upd8入りしたvtuberは大多数が飼い殺しってことか?
2018/12/24(月) 01:59:47.68
煩いアプデは無視して協調できる企業組だけでやればいいだけだしな
2018/12/24(月) 02:00:31.88
>>100
夏の誕生日でコケにした生壁画御一行様が全部ドワンゴに逃げたからなあ……
夏の誕生日でコケにした生壁画御一行様が全部ドワンゴに逃げたからなあ……
2018/12/24(月) 02:00:54.46
アイちゃんは面白くない上に
国内人気カスだからな…
登録者1位(18位)で強く出すぎたのが敗因だわ
国内人気カスだからな…
登録者1位(18位)で強く出すぎたのが敗因だわ
2018/12/24(月) 02:01:11.89
>>106
そういや全員ニコニコだな
そういや全員ニコニコだな
2018/12/24(月) 02:01:18.50
>>104
ハニスト辺りはフリーならアニメに出れたかもね
ハニスト辺りはフリーならアニメに出れたかもね
2018/12/24(月) 02:01:19.52
無理にアプデを排除する必要はないが無理にアプデの旗本でやる必要もなくなったな
2018/12/24(月) 02:01:31.76
upd8と月の運営が協調路線ならもう少しマシな界隈になってたかもな
2018/12/24(月) 02:01:48.67
他スレからの客だけどこのスレ結構界隈を幅広く話してるよね
他のスレずっといると基本この箱のことしか話さんから情報に疎くなるんだわ
他のスレずっといると基本この箱のことしか話さんから情報に疎くなるんだわ
2018/12/24(月) 02:02:35.37
他のスレは信者スレだしな
2018/12/24(月) 02:03:16.55
2018/12/24(月) 02:03:18.40
2018/12/24(月) 02:03:43.19
2018/12/24(月) 02:04:24.78
アプデがやりたかったことを全部ドワンゴが実現させてるのは草生える
2018/12/24(月) 02:05:24.16
>>25
不仲って誰が一番の原因なの?
不仲って誰が一番の原因なの?
2018/12/24(月) 02:06:04.78
>>118
アホ運営
アホ運営
2018/12/24(月) 02:06:09.51
アニメの特番早くみたいな
2018/12/24(月) 02:06:24.94
>>118
原因が多すぎて誰が一番とは言えない
原因が多すぎて誰が一番とは言えない
2018/12/24(月) 02:06:29.58
2018/12/24(月) 02:06:52.64
2018/12/24(月) 02:06:57.78
>>116
ドワンゴがプロデュースしてる中身プロレベルと一緒にするなよ
ドワンゴがプロデュースしてる中身プロレベルと一緒にするなよ
2018/12/24(月) 02:08:38.88
upd8に参加するとドワンゴ関連のイベントに参加し難くなるのは凄まじいデバフになってる
2018/12/24(月) 02:10:00.19
ドワンゴよりのアカリ大勝利だな 最初から分かってたわ
2018/12/24(月) 02:10:29.18
あにまーれのななしって有能って言われてなかったけ?
2018/12/24(月) 02:11:05.30
ドワンゴはGREEと組んでるから同じソシャゲ企業のgumiがついてるupd8とは相いれないだろう
2018/12/24(月) 02:11:14.06
バーチャルリアルっていうユニットはカドカワ主導でガチでユニット組んで売り出すんじゃないかな?
多分最終的に生き残るのここ
シロと月ノ抱え込んだとこが勝つって俺は再三言ってるけど、アカリはギリギリで勝ち筋乗ったと思う
多分最終的に生き残るのここ
シロと月ノ抱え込んだとこが勝つって俺は再三言ってるけど、アカリはギリギリで勝ち筋乗ったと思う
2018/12/24(月) 02:11:24.21
>>127
ななしの中身が変わった
ななしの中身が変わった
2018/12/24(月) 02:11:34.10
>>127
アプデ入りしてから変になったから人変わったんじゃないかな
アプデ入りしてから変になったから人変わったんじゃないかな
2018/12/24(月) 02:11:45.81
2018/12/24(月) 02:11:53.01
>>127
あにまーれスレの考察によると中の人が変わって方針転換しこじれたのではと言われている
あにまーれスレの考察によると中の人が変わって方針転換しこじれたのではと言われている
2018/12/24(月) 02:11:53.55
>>127
有能から無能に変わった
有能から無能に変わった
2018/12/24(月) 02:12:16.44
>>132
グッズが売れなかったからではないかと言われている
グッズが売れなかったからではないかと言われている
2018/12/24(月) 02:12:32.31
upd8は死神でも憑いてるのか?
2018/12/24(月) 02:12:34.80
>>129
それだとユニットに2人送り込んだエンタムが勝ち組すぎる
それだとユニットに2人送り込んだエンタムが勝ち組すぎる
2018/12/24(月) 02:12:43.01
>>130
変わるって意味不明なんだが
変わるって意味不明なんだが
2018/12/24(月) 02:12:53.75
>>135
秋フェスでめっちゃ煽ってたのに
秋フェスでめっちゃ煽ってたのに
2018/12/24(月) 02:13:09.91
アズリムや崩壊した箱を見るとアカリって恵まれてる方だよな
2018/12/24(月) 02:13:17.46
代わったってことか
2018/12/24(月) 02:13:23.54
2018/12/24(月) 02:13:29.70
もっと互いに利用し…手を取り合えばいいのに大人の世界は面倒だな
2018/12/24(月) 02:13:30.13
えぇ…グッズって用意してた分完売してなかったか?
2018/12/24(月) 02:14:43.61
あにまーれとハニストの方針がそのまま入れ替わってるからアプデにななしが入れ替えられた疑惑がある
2018/12/24(月) 02:15:22.76
あにまーれは給料機材3D化でかなり金掛かってるみたいだしな
テコ入れが入るのは仕方ない
テコ入れが入るのは仕方ない
2018/12/24(月) 02:15:25.79
>>144
追加発注分が売れなかったんだろ
追加発注分が売れなかったんだろ
2018/12/24(月) 02:16:03.22
>>145
ハニストのほうが将来性があるってことで切られたんだろうな
ハニストのほうが将来性があるってことで切られたんだろうな
2018/12/24(月) 02:17:28.67
アプデって傘下の箱の裏方の人事にまで口出ししてくるのか?
2018/12/24(月) 02:18:01.74
つーことはハニストも死ぬのか?
2018/12/24(月) 02:18:44.69
下手に運営陣チラ見せするから余計に拗れてる気がするが
ステルスするか窓口用意するかしとけば多少は違ったろうに
ステルスするか窓口用意するかしとけば多少は違ったろうに
2018/12/24(月) 02:19:09.53
>>150
勢いは落ちると思うけど死にはしない
勢いは落ちると思うけど死にはしない
2018/12/24(月) 02:19:21.78
アプデはここに来て泥船感出てきたな
まぁキズナアイのIPで戦えるかというとちょっと怪しかったもんな
日本人気疑わしかったし
海外人気も最近そうでもなくなった
まぁキズナアイのIPで戦えるかというとちょっと怪しかったもんな
日本人気疑わしかったし
海外人気も最近そうでもなくなった
2018/12/24(月) 02:19:26.75
ヒメヒナと他との絡みも相性良かったら完璧だと思う
2018/12/24(月) 02:20:03.40
>>152
勢いがなくなったらどうやってイキればいいんだ…
勢いがなくなったらどうやってイキればいいんだ…
2018/12/24(月) 02:20:06.20
>>150
外部男コラボ強制令で怪しい雰囲気になってたな
外部男コラボ強制令で怪しい雰囲気になってたな
2018/12/24(月) 02:20:22.50
>>147
多分そもそもはねる以外がダメダメだったんだろう
多分そもそもはねる以外がダメダメだったんだろう
2018/12/24(月) 02:20:44.99
>>146
テコ入れしたら折れたんですが…
テコ入れしたら折れたんですが…
2018/12/24(月) 02:20:47.10
>>153
でも四天王で一番再生回るのはやっぱりアイちゃんなんだ…
でも四天王で一番再生回るのはやっぱりアイちゃんなんだ…
2018/12/24(月) 02:20:56.62
絡みで言ったら月ノの三下ムーブと地蔵の相性の方が気になる
2018/12/24(月) 02:20:58.87
ノアの方舟はアプデかバーチャルリアルか
2018/12/24(月) 02:21:06.69
>>150
ハニストの担当は元々あにまーれの担当と別人だろ
ハニストの担当は元々あにまーれの担当と別人だろ
2018/12/24(月) 02:21:19.67
年末前にまた一つ消えたか…
2018/12/24(月) 02:22:06.12
ちなみに全部あにまーれスレの想像だから確定情報はないぞ
確定してるのは宗谷さんがコラボ中無言になってガチ泣き配信をしてたことくらいだ
確定してるのは宗谷さんがコラボ中無言になってガチ泣き配信をしてたことくらいだ
2018/12/24(月) 02:22:08.41
>>125
実はそのへん迂回ルートがあるんだ
めちゃくちゃ複雑なコウモリがyunomiなんだけど
10月 キズナアイに楽曲提供
12月16日 yunomiアソビシステムに所属
12月20日 アソビシステム合弁会社リド設立。バーみて製作発表
12月29日 yunomi、キズナアイの楽曲提供者としてコンサート登壇
12月30日 yunomi、桃箱(パトラ)とコミケ合同ブースでCD販売
1月 バーチャルさんがみてる放映開始
時間差で所属変えてスゲエ泳ぎ方してる
実はそのへん迂回ルートがあるんだ
めちゃくちゃ複雑なコウモリがyunomiなんだけど
10月 キズナアイに楽曲提供
12月16日 yunomiアソビシステムに所属
12月20日 アソビシステム合弁会社リド設立。バーみて製作発表
12月29日 yunomi、キズナアイの楽曲提供者としてコンサート登壇
12月30日 yunomi、桃箱(パトラ)とコミケ合同ブースでCD販売
1月 バーチャルさんがみてる放映開始
時間差で所属変えてスゲエ泳ぎ方してる
2018/12/24(月) 02:22:10.02
>>160
どっちもイキりあってほしい
どっちもイキりあってほしい
2018/12/24(月) 02:22:20.60
冬を乗り切れない奴に春はやってこない
2018/12/24(月) 02:23:17.50
>>160
月ノはシロと並べておけば勝手にクソザコ化するし、最近あんまクソザコ委員長見れなかったからファンはそれで満足しそう
地蔵もアカリが弄れる相手だし、シロもケモミミ構うから大丈夫だろ
基本シロアカメインで回していくだろうから安心しろって
月ノはシロと並べておけば勝手にクソザコ化するし、最近あんまクソザコ委員長見れなかったからファンはそれで満足しそう
地蔵もアカリが弄れる相手だし、シロもケモミミ構うから大丈夫だろ
基本シロアカメインで回していくだろうから安心しろって
2018/12/24(月) 02:23:20.88
デカイ箱が死ぬのはこれが初めてか
2018/12/24(月) 02:23:21.37
マジで冬から年度末まででどれくらいが消えるんだろう
2018/12/24(月) 02:24:09.21
決算期にどれだけ無くなるかな
2018/12/24(月) 02:24:22.86
ハニストななし=有能
あにまーれななし=無能
って思ってたんだが違うの?
あにまーれななし=無能
って思ってたんだが違うの?
2018/12/24(月) 02:24:32.44
年度末はヤバイだろうな
単純に数が多すぎるから消える数も多いんだろうな
単純に数が多すぎるから消える数も多いんだろうな
2018/12/24(月) 02:25:01.57
>>159
キズナアイが弱いとは思わないけど、グッズ販売やイベントでも実際は動員あまり見込めてないんだよね
キズナアイが弱いとは思わないけど、グッズ販売やイベントでも実際は動員あまり見込めてないんだよね
2018/12/24(月) 02:25:06.96
前スレ終了
コピペガイジはあにスレの方に行ったぞ
コピペガイジはあにスレの方に行ったぞ
2018/12/24(月) 02:26:03.14
それこそ海外に向けて出せるなにかがあるといいねアイちゃんは
バーチャルだからできるはず
バーチャルだからできるはず
2018/12/24(月) 02:26:33.33
2018/12/24(月) 02:27:03.30
>>175
まじかよ微妙に重複スレ立てて自動で移動するか手動で移動するか見てたのに
まあなにかったら使ってくれ
【バーチャルYoutuber】ENTUM(エンタム)アンチスレ※674【鍋】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/streaming/1545583978/
まじかよ微妙に重複スレ立てて自動で移動するか手動で移動するか見てたのに
まあなにかったら使ってくれ
【バーチャルYoutuber】ENTUM(エンタム)アンチスレ※674【鍋】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/streaming/1545583978/
2018/12/24(月) 02:27:33.82
ななしって同一じゃなかったの?
なんかハニななしの方があにななしの内容を誤爆みたいなことしてなかったっけ
なんかハニななしの方があにななしの内容を誤爆みたいなことしてなかったっけ
2018/12/24(月) 02:27:39.33
アイは土台つくりしてくれてるから感謝してるよ
その土台に先に乗るのがバーチャルリアルになりそうだが
その土台に先に乗るのがバーチャルリアルになりそうだが
2018/12/24(月) 02:27:56.66
アカリも最近深夜ゲリラ突然してちょっとおかしいんだよな
同接低かった件のことを話し合ったって社員が暴露した後のことだし
同接低かった件のことを話し合ったって社員が暴露した後のことだし
2018/12/24(月) 02:28:30.28
前あにまーれななしは基本放任だった
新あにまーれななしは変なコラボとってきたりてぇてぇ営業強制する無能
新あにまーれななしは変なコラボとってきたりてぇてぇ営業強制する無能
2018/12/24(月) 02:29:05.84
単独の歌じゃ弱いんだよなやっぱり
アイ月ユニット組んだらいいと思う
アイ月ユニット組んだらいいと思う
2018/12/24(月) 02:29:11.98
引退する末端を最初からいなかったかのように無視する箱はupd8以外にないからなあ
葬式祭りしたいちからの方がマシだろこれ
葬式祭りしたいちからの方がマシだろこれ
2018/12/24(月) 02:29:15.28
2018/12/24(月) 02:29:23.08
アイは経営陣があんまり有能ではないなと見てて度々感じる
何に重点を置いて、何を優先すべきかがちょっとズレてる
何に重点を置いて、何を優先すべきかがちょっとズレてる
2018/12/24(月) 02:30:04.70
>>180
外からの攻撃も受け止めてくれるからアイちゃんには感謝してるよ
外からの攻撃も受け止めてくれるからアイちゃんには感謝してるよ
2018/12/24(月) 02:30:17.92
>>181
まぁ確実に運営と話し合った結果だろうしそこの仲違いはなさそうならいいや
まぁ確実に運営と話し合った結果だろうしそこの仲違いはなさそうならいいや
2018/12/24(月) 02:30:28.44
あにストは給料+歩合(スパチャ)の高コスト運営らしいから
演者に色々口出しするのは仕方ない気もするが
演者に色々口出しするのは仕方ない気もするが
2018/12/24(月) 02:30:59.17
2018/12/24(月) 02:31:07.96
これからも親分にはvtuber界のデコイとして頑張って欲しい
2018/12/24(月) 02:31:45.15
upd8のイメージがどんどん酷くなっていくな
箱じゃないの?とか言われてた時代が一番マシだったという
箱じゃないの?とか言われてた時代が一番マシだったという
2018/12/24(月) 02:32:05.59
>>190
ほんと気持ち悪いよな
ほんと気持ち悪いよな
2018/12/24(月) 02:32:10.43
なんやかんやエンタムが一番まともだったという落ち
Vtuber業界の中だけでだが
Vtuber業界の中だけでだが
2018/12/24(月) 02:32:18.33
あのクソランキングだけは許せねえわ
2018/12/24(月) 02:32:35.32
アイはテレビとか出るのはいいんだけど、あのダサい箱から外に出られないのがなぁ
ARとかもっと上手く使えればいいのに…
ARとかもっと上手く使えればいいのに…
2018/12/24(月) 02:32:42.04
>>194
アカリは三番手!
アカリは三番手!
2018/12/24(月) 02:32:44.26
>>190
心配営業強制するよりは……
心配営業強制するよりは……
2018/12/24(月) 02:32:45.35
>>190
でもyuniちゃんは心配するぞ
でもyuniちゃんは心配するぞ
2018/12/24(月) 02:32:46.47
キズナアイの生誕祭でもそうだったけど、呼んだゲストを格付けして月以外を壁紙にするとかはやめたほうがいい
この業界が求めてるものって権威主義的なもの見せられるよりも、てぇてぇ優しい世界じゃないの?
この業界が求めてるものって権威主義的なもの見せられるよりも、てぇてぇ優しい世界じゃないの?
2018/12/24(月) 02:32:49.69
>>190
でもYuNiが居なくなったときはみんなで心配するんだ
でもYuNiが居なくなったときはみんなで心配するんだ
2018/12/24(月) 02:33:05.11
鳥井Pとは縁切って欲しい
2018/12/24(月) 02:33:11.20
2018/12/24(月) 02:33:11.47
外から見たらupd8も何も分からないだろうからな
アイがVTの認知度広めてバーチャルリアルが少しでも日の当たる場所に近付けるなら今は何も文句ない
アイがVTの認知度広めてバーチャルリアルが少しでも日の当たる場所に近付けるなら今は何も文句ない
2018/12/24(月) 02:33:42.05
ピリっとしてきたな
2018/12/24(月) 02:33:47.73
とりあえずupd所属にして界隈での存在感を誇示したかったんだろうな
2018/12/24(月) 02:33:57.97
>>200
そこを勘違いしちゃってしかもまだ気付けてないのがキズナアイなんだよなぁ
そこを勘違いしちゃってしかもまだ気付けてないのがキズナアイなんだよなぁ
2018/12/24(月) 02:34:47.91
キャラクターとしてのキズナアイはいいと思うけどアプデ運営のやり方が微妙だからだんだん印象悪くなっていってるな…
2018/12/24(月) 02:34:49.84
表だとupd8が一番まともだと思われているという事実
2018/12/24(月) 02:35:09.09
>>209
草
草
2018/12/24(月) 02:35:12.85
てか最初からキズナアイのとこで大同盟組みましょうってもっと早く動いてりゃ良かったのに
ベンチャーだからこその足の速さの利点活かせてないよな
ベンチャーだからこその足の速さの利点活かせてないよな
2018/12/24(月) 02:35:14.62
2018/12/24(月) 02:35:36.02
アイは昔から数字のこと言ってたからなあ
2018/12/24(月) 02:36:08.89
>>211
どこも自分とこの利益考えるから組まんわ
どこも自分とこの利益考えるから組まんわ
2018/12/24(月) 02:36:33.94
アカリの人気の下がりっぷりとそれに対してまだ底が見えないってのは普通にヤバい
2018/12/24(月) 02:37:10.23
>>211
自分を脅かすかもしれない才能を支援するわけないだろ
自分を脅かすかもしれない才能を支援するわけないだろ
2018/12/24(月) 02:37:13.18
ピリッとランキングについては、少なくともエンタム陣営はブチギレじゃないの
あんなんマイナス要素しかないじゃん
あんなんマイナス要素しかないじゃん
2018/12/24(月) 02:37:14.21
推したいvtuberは?→これが人気vtuberランキングだ!
騙し討ちやめろ
騙し討ちやめろ
2018/12/24(月) 02:37:17.60
バーチャルリアルは音頭取ったのがあの合同会社だからよかったのか?
2018/12/24(月) 02:37:27.28
2018/12/24(月) 02:37:27.83
upd8は界隈支配したかったからドワンゴとは反目するしかなかったんだよな
2018/12/24(月) 02:38:13.09
おとりざが干し芋解禁してなかなか面白そうだな
2018/12/24(月) 02:38:34.37
>>219
企画に噛んでる庵野に文句言える奴がいたらすげえよ
企画に噛んでる庵野に文句言える奴がいたらすげえよ
2018/12/24(月) 02:38:36.84
2018/12/24(月) 02:38:50.43
>>218
これほんとひで
これほんとひで
2018/12/24(月) 02:39:01.18
>>219
あそこは今後の行動次第かな
あそこは今後の行動次第かな
2018/12/24(月) 02:39:10.57
エンタムスレのアプデへの殺意は割と熱い
2018/12/24(月) 02:39:12.47
ドワンゴグリーは仲いいしな
2018/12/24(月) 02:39:32.14
ロクな機材も無いくせに上から目線のupd8とつよつよ機材持ちで演者を尊重してくれるドワンゴのどちらが選ばれるかは自明の理だな
2018/12/24(月) 02:39:33.55
2018/12/24(月) 02:39:34.29
2018/12/24(月) 02:39:38.40
企業間戦争になると思ってた時期もあったけどな
ドワンゴがここまで力添えしてくれるとは思わなかったから正直動揺した
ドワンゴがここまで力添えしてくれるとは思わなかったから正直動揺した
2018/12/24(月) 02:39:39.92
2018/12/24(月) 02:39:46.14
2018/12/24(月) 02:39:51.85
アカリに関してはアニメで人気上がるでしょ
ニコニコの露出増えればコア系なファンもまた戻ってくるんじゃないか?
ニコニコの露出増えればコア系なファンもまた戻ってくるんじゃないか?
2018/12/24(月) 02:40:13.78
>>230
お前はどっから来たんだよ
お前はどっから来たんだよ
2018/12/24(月) 02:40:21.28
ここは崩壊していく箱を語ってる時が一番生き生きしてるよな
ミライ部の性格の悪さがでてるわ
ミライ部の性格の悪さがでてるわ
2018/12/24(月) 02:40:23.56
アカリが今厳しいのは分かってるけどさぁ
他の同業からあなたは今落ち目ですよーってランキング貼り付けられる筋合いはなくない?
他の同業からあなたは今落ち目ですよーってランキング貼り付けられる筋合いはなくない?
2018/12/24(月) 02:40:37.28
>>230
枠30分あるんだが何するんだ
枠30分あるんだが何するんだ
2018/12/24(月) 02:40:47.65
2018/12/24(月) 02:40:57.90
>>239
変な実写の宣伝
変な実写の宣伝
2018/12/24(月) 02:40:58.74
2018/12/24(月) 02:41:02.43
>>230
レス乞食やめろ
レス乞食やめろ
2018/12/24(月) 02:41:35.40
>>241
ニンジャスレイヤーかな?
ニンジャスレイヤーかな?
2018/12/24(月) 02:41:51.33
>>232
立て直し中のドワンゴは自前で使える強いコンテンツ欲しがってたのがうまく噛み合ったんだろうな
立て直し中のドワンゴは自前で使える強いコンテンツ欲しがってたのがうまく噛み合ったんだろうな
2018/12/24(月) 02:42:27.86
じゃあ勇者ズムが5000円でDMで内容を決める個別オリジナルボイス販売始めた話する?
2018/12/24(月) 02:42:57.83
>>227
基本ここだとupdはsage方面の話題しか集まらないしお客さんでも不信感覚えるだろうな、色眼鏡抜きでもage要素少ないけど
基本ここだとupdはsage方面の話題しか集まらないしお客さんでも不信感覚えるだろうな、色眼鏡抜きでもage要素少ないけど
2018/12/24(月) 02:43:00.21
キズナアイのところは自分達がvtuber界を創ったんだというプライドもありそうだしな
後からやって来た奴らに好き勝手やられるのは嫌なんだろ
後からやって来た奴らに好き勝手やられるのは嫌なんだろ
2018/12/24(月) 02:43:01.41
ドワンゴはずっとニコ生立て直しただってたけど強力なIPがなかったからな
vtuberはかなり噛み合ってるんじゃない
vtuberはかなり噛み合ってるんじゃない
2018/12/24(月) 02:43:01.56
2018/12/24(月) 02:43:02.87
>>246
エッチじゃん
エッチじゃん
2018/12/24(月) 02:43:07.39
>>245
あそこ今軸となるまともなIPないからな
あそこ今軸となるまともなIPないからな
2018/12/24(月) 02:43:09.96
>>246
えっちだな
えっちだな
2018/12/24(月) 02:43:17.59
なんか一気にマネタイズの波が来てんな
2018/12/24(月) 02:43:28.41
アカリがまだ希望を失わないで済むのは、明らかに”格下”に位置付けようとしてるアイに対して
明確にアカリを立ててくれてるシロの存在もあるんだよな
黒パン同盟がある限りアカリは死なないし、でかい案件だって残ってるんだからまだまだV字回復の芽は残ってる
今の苦しい時期はシロと協力して乗り切ればいいんだ…
明確にアカリを立ててくれてるシロの存在もあるんだよな
黒パン同盟がある限りアカリは死なないし、でかい案件だって残ってるんだからまだまだV字回復の芽は残ってる
今の苦しい時期はシロと協力して乗り切ればいいんだ…
2018/12/24(月) 02:43:40.35
>>246
最高だな
最高だな
2018/12/24(月) 02:43:48.64
>>249
ワラにもすがるって言葉がぴったり
ワラにもすがるって言葉がぴったり
2018/12/24(月) 02:43:51.03
2018/12/24(月) 02:44:00.76
2018/12/24(月) 02:44:45.07
>>255
一人で生き残れないからアイに見下されるんじゃないですかね…
一人で生き残れないからアイに見下されるんじゃないですかね…
2018/12/24(月) 02:44:47.38
そりゃドワンゴにシロが優遇されてるのなんて明らかだろ
2018/12/24(月) 02:44:52.69
2018/12/24(月) 02:45:53.48
ドワンゴはミクさんの実績があるからこの手のIPには自信があるんだろう
2018/12/24(月) 02:46:46.09
ホモAVでメシを食ってた企業だからな
2018/12/24(月) 02:46:54.81
なんか知らんがアニメはアカリも猫宮も扱いよくて嬉しい
2018/12/24(月) 02:46:55.64
それでもバーチャルリアルにエンタムから2枠も持ってるんだからOKよ
2018/12/24(月) 02:47:22.40
本格的なマネタイズはそろそろし始めないとな
一番大事な場面
やり方間違えないようにしないと
一番大事な場面
やり方間違えないようにしないと
2018/12/24(月) 02:47:24.09
シロがニコニコに媚び売ってなかったらアプデ一強支配になってたのは恐ろしい
2018/12/24(月) 02:47:25.12
実質エンタムのためのアニメだろ
2018/12/24(月) 02:47:39.44
ドワンゴは栗田がシロンゴ()の絵挙げてた辺りから割と力入れてくるのかと期待してたけど
想像以上だったな
想像以上だったな
2018/12/24(月) 02:48:14.44
猫宮はあの服装見るたびに変えて欲しいようなそのままで見たいような悩むな
2018/12/24(月) 02:48:31.42
2018/12/24(月) 02:48:36.35
アホみたいなボッタクリでなければ円盤を買ってやっても良い
2018/12/24(月) 02:48:56.34
いや俺が言いたかったのはシロの歌声とアイの歌声の区別が付かんかったって話
お前らすぐ分かった?
お前らすぐ分かった?
2018/12/24(月) 02:49:14.65
2018/12/24(月) 02:49:15.99
>>260
アイちゃんの格上靴舐めムーブをご存知ない?
アイちゃんの格上靴舐めムーブをご存知ない?
2018/12/24(月) 02:49:28.01
2018/12/24(月) 02:49:55.64
元々ニコニコ閥のシロヒメヒナにアカリがつくかつかないかじゃ大違いだからなあ
冗談抜きでパワーバランスを左右するキーパーソンだぞエンタム
冗談抜きでパワーバランスを左右するキーパーソンだぞエンタム
2018/12/24(月) 02:50:14.52
ピリッさんの声は割りと特徴的だから別人だと思ったけど
誰が歌ってるかは分からんわ
誰が歌ってるかは分からんわ
2018/12/24(月) 02:50:25.69
2018/12/24(月) 02:50:26.99
アニメでレジ袋はやめてくれ
2018/12/24(月) 02:50:27.63
2018/12/24(月) 02:50:35.38
アイの歌もシロの歌も聞いてないから何もわからんかった
2018/12/24(月) 02:51:52.50
アニメ内でレジ袋弄りするならまんまでいいかなって思ってきた
2018/12/24(月) 02:51:52.96
やや強引だった赤猫コンビが公的パワー持ったのもメリットだなバーチャルリアル
2018/12/24(月) 02:52:00.92
2018/12/24(月) 02:52:29.20
ただし他エンタムメンバーの不要説は加速する模様
2018/12/24(月) 02:52:48.33
というか買うにしても特典次第かな
2018/12/24(月) 02:52:57.58
シロ月ノはアニメブーストが無くてもやっていけるしな
2018/12/24(月) 02:53:17.21
>>274
”窓の中に〜”のあたりどう聞いても完全にシロちゃんじゃん
”窓の中に〜”のあたりどう聞いても完全にシロちゃんじゃん
2018/12/24(月) 02:53:57.87
シロ月ノの巻だけ売り上げに差が出るとかありそうなのが怖い
2018/12/24(月) 02:54:04.71
曲の方はCDだろうが配信だろうが買うけど
2018/12/24(月) 02:54:19.73
アニメ化したコンテンツってアニメと同時に終了するから怖いわ
2018/12/24(月) 02:54:32.34
>>291
それは他所のアニメでも起こる事だし多少はね
それは他所のアニメでも起こる事だし多少はね
2018/12/24(月) 02:54:47.08
>>293
またその話する?
またその話する?
2018/12/24(月) 02:55:21.29
オワコンって言うのはアニオタだけだろ
2018/12/24(月) 02:55:28.62
>>295
こんなスレにいつもいてたまるか
こんなスレにいつもいてたまるか
2018/12/24(月) 02:55:31.42
アニメ終了で終わる界隈ならアニメ化なくても終わるだろうよ
2018/12/24(月) 02:56:02.15
どうせできるのはバーチャルクッキーだろ
エンタムメンバーが素材にならなきゃいいぐらいの気持ちで見るわ
エンタムメンバーが素材にならなきゃいいぐらいの気持ちで見るわ
2018/12/24(月) 02:56:12.91
Vtuberは生放送できるのが強いよな
アニメ放送で終わらせずに、そこから双方向性を作ることができる
アニメ放送で終わらせずに、そこから双方向性を作ることができる
2018/12/24(月) 02:56:18.67
>>297
ここがホームの人だっているんですよ!
ここがホームの人だっているんですよ!
2018/12/24(月) 02:56:22.37
vtuberの場合アニメで熱狂してる層を定期の配信に誘導して供給を絶やさなければ上手くいくと思う
2018/12/24(月) 02:56:31.50
一番怖いのはシロ月ノ効果で売れたアニメを勘違いして
DUOが勘違いして大量にグッズを作る事だな
DUOが勘違いして大量にグッズを作る事だな
2018/12/24(月) 02:56:31.52
決まったことはどうしようもない
終わるなら終わるのを見届けるまでよ
終わるなら終わるのを見届けるまでよ
2018/12/24(月) 02:56:38.55
2018/12/24(月) 02:56:43.80
アニメというよりは一大イベント後は燃え尽き症候群が起きるからな
そこで何か仕掛けられるかどうか
そこで何か仕掛けられるかどうか
2018/12/24(月) 02:56:44.11
アニメ化なければ生き残れるなんて甘い見通ししてる奴なんておらんやろ
2018/12/24(月) 02:56:48.62
アニメ終わって原作の売り上げがアニメ前より落ちた例とかあんのけ?
2018/12/24(月) 02:57:13.43
まあ、ゲーム部の茶番みたいなの想像しておけばいいだろ
出来にあまり期待できないのはシロの思い出発言から察しだしな
出来にあまり期待できないのはシロの思い出発言から察しだしな
2018/12/24(月) 02:57:19.98
バーチャルクッキーで熱狂してくれるのか不安だわ
2018/12/24(月) 02:57:30.64
>>303
草
草
2018/12/24(月) 02:57:31.61
この場合のvtuber達はドラマに参加した俳優的なポジションだから
むしろ認知度上がるメリットだけじゃないか?
糞キャラとか糞演技とかのレッテルは貼られるかもしれんが
むしろ認知度上がるメリットだけじゃないか?
糞キャラとか糞演技とかのレッテルは貼られるかもしれんが
2018/12/24(月) 02:57:57.41
一番怖いのは本編15分変な企画15分構成になること
2018/12/24(月) 02:58:08.45
>>312
糞演技は実力やんけ…
糞演技は実力やんけ…
2018/12/24(月) 02:58:15.49
>>308
漫画であった気がするけどかなりレアなケースだと思う
漫画であった気がするけどかなりレアなケースだと思う
2018/12/24(月) 02:58:16.41
シロアカリがアフレコしたりする場面とか特典で見たい
劇中劇的な
劇中劇的な
2018/12/24(月) 02:58:34.24
>>313
ペヤングでも食うか?
ペヤングでも食うか?
2018/12/24(月) 02:58:36.17
第1話で猫宮が死ぬ虚淵作品だったらどうしよう
2018/12/24(月) 02:58:47.70
>>312
これ
これ
320名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 02:58:51.112018/12/24(月) 02:58:57.23
>>312
そっちだよな感覚的に
そっちだよな感覚的に
2018/12/24(月) 02:59:06.48
>>308
東方がアニメ化しない理由はそれらしい
東方がアニメ化しない理由はそれらしい
2018/12/24(月) 02:59:26.93
一話完結の破茶滅茶ストーリーでもいいよ
死んでも次の話で復活
死んでも次の話で復活
2018/12/24(月) 02:59:36.10
2018/12/24(月) 02:59:39.92
12話完結で13話は各チャンネルに動画で個別ENDとかなんかふざけたことやってくれ
2018/12/24(月) 02:59:53.58
アニメって言っても3Dモデルそのまま使うんでしょ?
アニメじゃなくてただのコラボ動画じゃね?
アニメじゃなくてただのコラボ動画じゃね?
2018/12/24(月) 03:00:05.59
2018/12/24(月) 03:00:19.40
>>326
ある意味コラボの終着点だぞ
ある意味コラボの終着点だぞ
2018/12/24(月) 03:00:22.91
>>318
猫宮はサボれる上に話題してもらえるネタもできて一石二鳥だな!
猫宮はサボれる上に話題してもらえるネタもできて一石二鳥だな!
2018/12/24(月) 03:00:30.95
東方は声優がついて下手にイメージが固定されるのが嫌なんじゃないっけ知らんけど
2018/12/24(月) 03:00:37.18
3話で誰がマミるのか楽しみだな
2018/12/24(月) 03:00:52.98
>>323
ポピーザぱフォーマーか
ポピーザぱフォーマーか
2018/12/24(月) 03:00:53.84
グダグダフェアリーズみたいなシュールアニメになるんじゃないの
2018/12/24(月) 03:01:33.71
2018/12/24(月) 03:01:37.18
>>333
あれほんと嫌い
あれほんと嫌い
2018/12/24(月) 03:01:42.92
あのアニメの制作はほぼニコニコのイベントメンバーだから超パとかの茶番みたいの想定してる
2018/12/24(月) 03:01:46.78
問題はもちひよだ
2018/12/24(月) 03:01:50.73
>>333
望むはオー!マイキーだな
望むはオー!マイキーだな
2018/12/24(月) 03:01:57.20
でぇじょうぶだ
どう足掻いてもにエクスメイデンよりはまともなアニメに仕上がる
どう足掻いてもにエクスメイデンよりはまともなアニメに仕上がる
2018/12/24(月) 03:02:12.22
東方の凄いところは古参ファンが卒業しても同じくらいの数の若者が入ってくるところ
2018/12/24(月) 03:02:12.30
てさぐれみたいな感じだろ
2018/12/24(月) 03:02:30.37
>>337
おじさんとか言われる程度でしょ…俺が慰めるから大丈夫
おじさんとか言われる程度でしょ…俺が慰めるから大丈夫
2018/12/24(月) 03:02:59.49
まじてvtuberでてさぐれは勝ち筋だけど
ないだろうな
ないだろうな
2018/12/24(月) 03:03:28.46
2018/12/24(月) 03:03:30.59
ゆるゆりみたいなのやろうぜ!
なおYUA
なおYUA
2018/12/24(月) 03:03:39.46
>>342
重大な問題だが
重大な問題だが
2018/12/24(月) 03:03:44.79
>>320
のじゃはさっさと締め出せアイは締め出すな、典型的な厄介で草
のじゃはさっさと締め出せアイは締め出すな、典型的な厄介で草
2018/12/24(月) 03:03:53.87
大した台本も書かずに声優が面白いこと言うまで偉そうにカットするってすごいよな
2018/12/24(月) 03:03:54.61
3Dアニメでもピンキリだしな
不安しかない
不安しかない
2018/12/24(月) 03:03:58.51
ドルスレにあの荒らし来てた
2018/12/24(月) 03:04:36.80
>>344
去年に新作は出てるぞ
去年に新作は出てるぞ
2018/12/24(月) 03:05:01.20
>>350
ここ以外にも湧くのか
ここ以外にも湧くのか
2018/12/24(月) 03:05:11.10
>>344
単純に新陳代謝してるだけだぞ
単純に新陳代謝してるだけだぞ
2018/12/24(月) 03:05:26.47
アカリがアドリブ多いと言ってたしまあ脚本とかに期待するものじゃないだろ
俺はゲーム部の茶番を人数増やしてクオリティ上げたものだと予想してる
俺はゲーム部の茶番を人数増やしてクオリティ上げたものだと予想してる
2018/12/24(月) 03:05:51.12
2018/12/24(月) 03:05:52.68
>>252
あちこち巡回してるぞ
あちこち巡回してるぞ
2018/12/24(月) 03:07:03.43
あにスレの次はハニスレかと思ったがドルスレかよ
2018/12/24(月) 03:07:11.79
>>354
上がればいいな、クオリティ
上がればいいな、クオリティ
2018/12/24(月) 03:07:13.54
2018/12/24(月) 03:07:50.10
常に最悪のケーズを想定しろ
2018/12/24(月) 03:07:56.45
あにストは運営公表しないのがズルい
DUOは公開して正々堂々戦ってる
DUOは公開して正々堂々戦ってる
2018/12/24(月) 03:08:02.19
>>358
上がるだろ協力してるスタッフはドワンゴで一流の奴らじゃないのか
上がるだろ協力してるスタッフはドワンゴで一流の奴らじゃないのか
2018/12/24(月) 03:08:12.24
>>360
ケーズ電気🎶
ケーズ電気🎶
2018/12/24(月) 03:08:58.64
>>362
協力してるだけだぞ
協力してるだけだぞ
2018/12/24(月) 03:08:58.78
帰宅部活動計画みたいのがいい
あれ声優素人ぽかったけど面白かった
あれ声優素人ぽかったけど面白かった
2018/12/24(月) 03:09:08.40
作画崩壊とかしない分そこらのクソアニメよりはマシになるんじゃないか
2018/12/24(月) 03:09:13.52
pixivで東方タグ見てきたけど2時間で1ページ埋まってるのな
ここまで来るともうひとつの文化だな
ここまで来るともうひとつの文化だな
2018/12/24(月) 03:09:15.22
>>362
技術云々じゃなくて、茶番の演技力的な意味で言ってた
技術云々じゃなくて、茶番の演技力的な意味で言ってた
369名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 03:09:19.88 ドルスレが死んだからこっちでなとりについて話して良い?
2018/12/24(月) 03:09:56.60
帰宅部くそ面白かったわ
2018/12/24(月) 03:10:02.69
>>366
VT、生配信でしょっちゅう崩壊してないか?
VT、生配信でしょっちゅう崩壊してないか?
2018/12/24(月) 03:10:06.27
>>367
pixivのサーバーは化物なの?
pixivのサーバーは化物なの?
2018/12/24(月) 03:10:11.45
>>369
サイキ道見ててくれ
サイキ道見ててくれ
2018/12/24(月) 03:10:21.25
2018/12/24(月) 03:10:30.62
2018/12/24(月) 03:10:34.00
スレ乱立してんだけどなんかあった?
2018/12/24(月) 03:10:46.48
>>369
消えろ
消えろ
2018/12/24(月) 03:11:00.62
2018/12/24(月) 03:11:03.24
画面はめっちゃチープになりそう
2018/12/24(月) 03:11:20.81
生じゃないからそんな問題じゃなさそう
2018/12/24(月) 03:11:41.61
東方はもはやZUNが何もしなくても無限に二次創作が湧き続ける状態になってるからなぁ
2018/12/24(月) 03:11:47.93
>>379
シェーダーで統一感出すんだろうか
シェーダーで統一感出すんだろうか
383名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 03:12:09.57 なとり愛してるぞ
2018/12/24(月) 03:12:13.18
せいぜい聞けるのはシロ猫宮くらいだろ
シロは気合入れて声作りすぎてグロいことになるかもだが
シロは気合入れて声作りすぎてグロいことになるかもだが
2018/12/24(月) 03:12:13.65
>>370
帰宅部は全体的に声と頭が弱いな
帰宅部は全体的に声と頭が弱いな
2018/12/24(月) 03:12:27.95
2018/12/24(月) 03:12:42.81
くそ重そうだったなあのOPみたいのの3D
良かったけど
良かったけど
2018/12/24(月) 03:12:57.28
猫宮はうぃ〜だけいってれば問題ないから安心だ
2018/12/24(月) 03:13:07.80
ゲーム部はいかにも声優学校出たばっかですみたいなのばっかりだからな
2018/12/24(月) 03:13:15.85
声優に全身つかった演技を要求する時点でもうね
2018/12/24(月) 03:13:19.90
>>381
それで新規が入ってくる
それで新規が入ってくる
2018/12/24(月) 03:13:22.35
超パで前半組並んでも不自然じゃなかったな
2018/12/24(月) 03:13:30.53
うぃ〜しか言わないキャラとかアニメキャラっぽい
394名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 03:14:10.51 なとボタンの右から2番目の絵がフェラ顔だよ
2018/12/24(月) 03:14:19.34
そもそも猫宮にそんなセリフ無いと思うわ…
2018/12/24(月) 03:14:31.84
猫宮はアニメ内でゲームつよつよキャラとかになってそう
2018/12/24(月) 03:14:46.02
猫宮ある意味火傷しなくて助かったな
2018/12/24(月) 03:14:53.12
2次創作から入ったファンがまた2次創作を作るループが完成してる東方はエグいな
2018/12/24(月) 03:14:57.68
2018/12/24(月) 03:15:12.21
猫宮は通学路の塀の上で寝てるくらいの扱いだろ
2018/12/24(月) 03:15:14.51
2018/12/24(月) 03:15:21.12
声優なんだからここで使わないでいつ使うんだよ
2018/12/24(月) 03:15:51.48
サイキ道始まったわお邪魔します
2018/12/24(月) 03:16:03.78
貴重な声優勢だぞ
猫宮も働け
猫宮も働け
2018/12/24(月) 03:16:20.63
>>400
かわいい
かわいい
2018/12/24(月) 03:16:26.80
猫宮はペラペラ喋りまくったら逆に違和感ある
2018/12/24(月) 03:17:01.75
猫宮のキャラがアニメで確立される可能性がある
2018/12/24(月) 03:17:01.76
2018/12/24(月) 03:17:08.18
声優組って考えると
マジでシロアカで回すんだろうな
うぃ〜
マジでシロアカで回すんだろうな
うぃ〜
2018/12/24(月) 03:17:30.09
>>403
ドルアン早めに次スレ立てたぞ
ドルアン早めに次スレ立てたぞ
2018/12/24(月) 03:17:53.92
>>408
ミクさんはいなくなってないんだが?
ミクさんはいなくなってないんだが?
2018/12/24(月) 03:18:15.33
メインは演技マシな方なのが救いか
413名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 03:18:20.65 八重沢なとりをもっと配信させたいんだがどうすれば良いと思う?
2018/12/24(月) 03:18:31.88
帰宅部でも普通に見れて面白かったし
当時の帰宅部メンバーよりはメインましそう
当時の帰宅部メンバーよりはメインましそう
2018/12/24(月) 03:18:32.40
ミクさんは中身が無いってのが強い
2018/12/24(月) 03:18:39.78
しろちゃんたすけて…
2018/12/24(月) 03:18:49.46
未だに猫宮のキャラが確立されてないのがおかしい
2018/12/24(月) 03:18:51.77
>>408
のらきゃの目標がそれだな
のらきゃの目標がそれだな
2018/12/24(月) 03:18:59.53
ハードル帰宅部でいいか?
2018/12/24(月) 03:18:59.55
ネトセ含めても素人の方が多そうだな
2018/12/24(月) 03:19:26.58
2018/12/24(月) 03:19:32.23
2018/12/24(月) 03:19:36.98
ふつーにサイキ道やってたわ
2018/12/24(月) 03:19:45.55
月ノの演技がゴミそうなのが心配
2018/12/24(月) 03:19:49.01
帰宅部って千本木さんのデビュー作か
2018/12/24(月) 03:20:02.11
>>417
動画しか出してないからキャラ付けが難しい
動画しか出してないからキャラ付けが難しい
2018/12/24(月) 03:20:08.47
猫宮はガチャピンなのに嫌われてないのは何故なのか
他のvがそういうことしたらボロクソに叩くのに
他のvがそういうことしたらボロクソに叩くのに
2018/12/24(月) 03:20:10.47
毎回ゴリラとかのゲストキャラにメインが絡んで終わりみたいな感じだといいな
2018/12/24(月) 03:20:14.79
>>424
自主制作映画の女優なんやろ?
自主制作映画の女優なんやろ?
2018/12/24(月) 03:20:36.12
サイキ道は今日ムシキングやるんだっけ?
2018/12/24(月) 03:20:39.34
>>424
わかりきってることを心配する必要ある?
わかりきってることを心配する必要ある?
2018/12/24(月) 03:20:52.11
そらとゴリラのえっちシーンあるかな
433名無しさん@お腹いっぱい。
2018/12/24(月) 03:21:03.89 >>422
もっと配信で喘いで欲しいんだ😭
もっと配信で喘いで欲しいんだ😭
2018/12/24(月) 03:21:18.81
>>432
opで毎回みれる
opで毎回みれる
2018/12/24(月) 03:21:28.33
>>428
というかそれしかなさそう
というかそれしかなさそう
2018/12/24(月) 03:22:18.29
とりあえずオチに馬使っておけばいいだけだな
2018/12/24(月) 03:22:22.07
2018/12/24(月) 03:22:22.33
2018/12/24(月) 03:22:27.44
>>429
あれわりと酷いぞ
あれわりと酷いぞ
2018/12/24(月) 03:22:37.13
月ノは長尺セリフは多そうだしな
早口だし
早口だし
2018/12/24(月) 03:22:38.38
>>430
卒業アイドルの葬式特集してる
卒業アイドルの葬式特集してる
2018/12/24(月) 03:23:06.91
棒読みとかの前のドブボ
2018/12/24(月) 03:23:41.18
>>438
ユニット売りまでしてるし同じクラスメイトとか言ってたし平気だと思う
ユニット売りまでしてるし同じクラスメイトとか言ってたし平気だと思う
2018/12/24(月) 03:24:00.08
どんな奴でもハルカスよりヘイト集めないだろうしヘーキヘーキ
2018/12/24(月) 03:24:12.21
月ノはガイジだらけのVtuberに毎回驚く一般人ポジになりそう
本当は一番のガイジなんだけどね
本当は一番のガイジなんだけどね
2018/12/24(月) 03:24:24.14
>>442
うちからもっと酷いドブボが出演するんだぞ
うちからもっと酷いドブボが出演するんだぞ
2018/12/24(月) 03:24:46.59
猫宮が許されてるのは地蔵オブ地蔵だからだぞ
変に色気出して生放送もやれてたら今頃死んでる
変に色気出して生放送もやれてたら今頃死んでる
2018/12/24(月) 03:25:33.90
>>446
確かに
確かに
2018/12/24(月) 03:25:50.38
c6521
2018/12/24(月) 03:25:56.75
月ノって割と常識人に見えるけどな
イベントくらいでしか見ないけど
イベントくらいでしか見ないけど
2018/12/24(月) 03:26:04.25
>>447
確かに動画勢だから目立たつゲームオタクにだけ評価されてここまで伸びてこれたと思うわ
確かに動画勢だから目立たつゲームオタクにだけ評価されてここまで伸びてこれたと思うわ
2018/12/24(月) 03:26:06.38
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
いて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さ
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
なったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきや
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
いて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さ
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
なったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきや
2018/12/24(月) 03:26:10.38
>>446
ウカの声ひどいぴよね…
ウカの声ひどいぴよね…
2018/12/24(月) 03:26:20.62
こっちに来たか
2018/12/24(月) 03:26:21.59
本編も気になるけどEDもしこんでそうだし春にコンサも仕込んでそう
2018/12/24(月) 03:26:22.59
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
2018/12/24(月) 03:26:27.62
きたな?
2018/12/24(月) 03:26:38.73
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるも
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるも
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
2018/12/24(月) 03:26:48.05
ほんとに巡回してて草
2018/12/24(月) 03:26:49.61
【バーチャルYoutuber】ENTUM(エンタム)アンチスレ※674【鍋】
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/streaming/1545583978/
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2018/12/24(月) 03:26:54.88
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
2018/12/24(月) 03:26:57.19
ドルスレ埋まるのが早すぎんよ〜
2018/12/24(月) 03:27:09.08
>>450
自分のチャンネルにゲストを呼ぶにも関わらずまともな会話が成立しないレベル
自分のチャンネルにゲストを呼ぶにも関わらずまともな会話が成立しないレベル
2018/12/24(月) 03:27:11.19
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
2018/12/24(月) 03:27:27.28
、それすらも別天地の出来事であった。 オレははじめて高楼から村を眺めた。それは裏の山から村を見下す風景の距離をちぢめただけのものだが、バケモノのホコラにすがりついて死んでいる人の姿を見ると、それもわ
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
2018/12/24(月) 03:27:27.92
次スレいくぞ!
2018/12/24(月) 03:27:43.37
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
2018/12/24(月) 03:27:56.06
持ち回りの荒らしとか草生えるわ
2018/12/24(月) 03:27:59.81
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
2018/12/24(月) 03:28:15.95
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
2018/12/24(月) 03:28:32.04
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
2018/12/24(月) 03:28:48.11
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
2018/12/24(月) 03:29:04.21
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
2018/12/24(月) 03:29:20.35
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
2018/12/24(月) 03:29:36.78
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
2018/12/24(月) 03:30:10.24
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
2018/12/24(月) 03:30:26.23
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
2018/12/24(月) 03:30:43.27
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
2018/12/24(月) 03:30:59.17
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
2018/12/24(月) 03:31:31.96
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
2018/12/24(月) 03:31:47.86
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
2018/12/24(月) 03:32:04.85
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
2018/12/24(月) 03:32:20.77
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
2018/12/24(月) 03:32:37.15
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
2018/12/24(月) 03:32:53.24
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
2018/12/24(月) 03:33:09.65
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
2018/12/24(月) 03:33:26.07
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
2018/12/24(月) 03:33:42.21
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
2018/12/24(月) 03:33:58.35
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
2018/12/24(月) 03:34:31.94
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
2018/12/24(月) 03:35:04.74
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
2018/12/24(月) 03:35:20.67
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
2018/12/24(月) 03:35:37.12
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
いて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さ
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
いて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さ
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
2018/12/24(月) 03:36:10.37
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
2018/12/24(月) 03:36:26.26
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
2018/12/24(月) 03:36:42.45
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
2018/12/24(月) 03:36:58.54
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
2018/12/24(月) 03:37:14.72
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
2018/12/24(月) 03:37:30.81
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
2018/12/24(月) 03:37:46.90
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
2018/12/24(月) 03:38:19.94
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
2018/12/24(月) 03:38:36.33
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
2018/12/24(月) 03:38:53.64
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
2018/12/24(月) 03:39:11.12
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
2018/12/24(月) 03:39:27.04
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
2018/12/24(月) 03:40:00.04
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
2018/12/24(月) 03:40:16.04
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
2018/12/24(月) 03:40:32.24
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
2018/12/24(月) 03:40:48.35
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
2018/12/24(月) 03:41:05.29
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
2018/12/24(月) 03:41:21.19
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
2018/12/24(月) 03:41:37.35
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
2018/12/24(月) 03:41:53.98
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
2018/12/24(月) 03:42:27.52
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
2018/12/24(月) 03:43:00.37
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
2018/12/24(月) 03:43:16.35
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
2018/12/24(月) 03:43:32.44
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
2018/12/24(月) 03:43:48.68
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
2018/12/24(月) 03:44:04.84
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
2018/12/24(月) 03:44:38.04
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
2018/12/24(月) 03:44:54.05
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
2018/12/24(月) 03:45:11.28
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
2018/12/24(月) 03:45:27.32
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
2018/12/24(月) 03:45:43.74
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
2018/12/24(月) 03:46:00.86
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
2018/12/24(月) 03:46:16.79
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
2018/12/24(月) 03:46:33.12
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
2018/12/24(月) 03:46:49.21
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
2018/12/24(月) 03:47:05.61
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
2018/12/24(月) 03:47:22.69
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
2018/12/24(月) 03:47:38.94
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
2018/12/24(月) 03:48:11.97
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
2018/12/24(月) 03:48:27.86
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラ
へ拝みに来て死ぬ人もあるのに、野良の人々は無事なのね」 オレは小屋にこもって仕事にふけっているだけだから、邸内の人々とも殆ど交渉がなかったし、まして邸外とは交渉がなかった。だから村里を襲っている疫病
の怖ろしい噂を時たま聞くことがあっても、オレにとっては別天地の出来事で、身にしみる思いに打たれたことはなかった。オレのバケモノが魔よけの神様にまつりあげられ、オレが名人ともてはやされていると聞いても
、それすらも別天地の出来事であった。 オレははじめて高楼から村を眺めた。それは裏の山から村を見下す風景の距離をちぢめただけのものだが、バケモノのホコラにすがりついて死んでいる人の姿を見ると、それもわ
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラ
へ拝みに来て死ぬ人もあるのに、野良の人々は無事なのね」 オレは小屋にこもって仕事にふけっているだけだから、邸内の人々とも殆ど交渉がなかったし、まして邸外とは交渉がなかった。だから村里を襲っている疫病
の怖ろしい噂を時たま聞くことがあっても、オレにとっては別天地の出来事で、身にしみる思いに打たれたことはなかった。オレのバケモノが魔よけの神様にまつりあげられ、オレが名人ともてはやされていると聞いても
、それすらも別天地の出来事であった。 オレははじめて高楼から村を眺めた。それは裏の山から村を見下す風景の距離をちぢめただけのものだが、バケモノのホコラにすがりついて死んでいる人の姿を見ると、それもわ
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
2018/12/24(月) 03:48:44.16
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
2018/12/24(月) 03:49:00.36
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
2018/12/24(月) 03:49:16.67
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
2018/12/24(月) 03:49:50.14
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
2018/12/24(月) 03:50:06.13
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
ブツブツ切った。そして、元の座へさッさと戻ってきた。オレはわざと何も言わなかった。 アナマロが笑って云った。「エナコの死に首よりも生き首がほしいか」 これをきくとオレの顔に血がのぼった。「たわけたこ
とを。虫ケラ同然のハタ織女にヒダの耳男はてんでハナもひッかけやしねえや。東国の森に棲む虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹も立たない道理じゃないか。虫ケラの死に首も生き首も欲しかアねえや」 こう喚い
てやったが、顔がまッかに染まり汗が一時に溢れでたのは、オレの心を裏切るものであった。 顔が赤く染まって汗が溢れでたのは、この女の生き首が欲しい下心のせいではなかった。オレを憎むワケがあるとは思われぬ
のに女がオレを仇のように睨んでいるから、さてはオレが女をわが物にしたい下心でもあると見て咒っているのだなと考えた。そして、バカな奴め。キサマを連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように払い落して
帰るだけだと考えていた。 有りもせぬ下心を疑られては迷惑だとかねて甚だ気にかけていたことを、思いもよらずアナマロの口からきいたから、オレは虚をつかれて、うろたえてしまったのだ。一度うろたえてしまうと
、それを恥じたり気に病んだりして、オレの顔は益々熱く燃え、汗は滝の如くに湧き流れるのはいつもの例であった。「こまったことだ。残念なことだ。こんなに汗をビッショリかいて慌ててしまえば、まるでオレの下心
がたしかにそうだと白状しているように思われてしまうばかりだ」 こう考えて、オレは益々うろたえた。額から汗の玉がポタポタとしたたり落ちて、いつやむ気色もなくなってしまった。オレは観念して目を閉じた。オ
レにとってこの赤面と汗はマトモに抵抗しがたい大敵であった。観念の眼をとじてつとめて無心にふける以外に汗の雨ダレを食いとめる手段がなかった。 そのとき、ヒメの声がきこえた。「スダレをあげて」 そう命じ
た。たぶん侍女もいるのだろうが、オレは目を開けて確かめるのを控えた。一時も早く汗の雨ダレを食いとめるには、見たいものも見てはならぬ。オレはもう一度ジックリとヒメの顔が見たかったのだ。「耳男よ。目をあ
けて。そして、私の問いに答えて」 と、ヒメが命じた。オレはシブシブ目をあけた。スダレはまかれて、ヒメは縁に立っていた。「お前、エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう
?」 無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、「ほんとうにそうです」と答えた。「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、
生き首もマッピラでさア」 ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
2018/12/24(月) 03:50:22.56
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
2018/12/24(月) 03:50:55.75
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
2018/12/24(月) 03:51:28.50
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」 ヒメは人に
命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。 オ
数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」 ヒメは人に
命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。 オ
2018/12/24(月) 03:51:44.51
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
2018/12/24(月) 03:52:00.63
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
2018/12/24(月) 03:52:16.78
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
2018/12/24(月) 03:52:32.84
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
いて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さ
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
なったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきや
しないかと期待しているのかも知れなかった。 オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
いて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さ
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
なったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきや
しないかと期待しているのかも知れなかった。 オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
2018/12/24(月) 03:52:49.07
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
2018/12/24(月) 03:53:05.44
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
差支えありますまい」「待て。待て。お主はカン違いしているようだ。誰もお主が未熟だから追出そうとは言っておらぬぞ」「斧だけ持って出て行けと云われるからにゃア、ほかに考え様がありますまい」「さ。そのこと
だ」 アナマロはオレの両肩に手をかけて、変にシミジミとオレを見つめた。そして云った。「オレの言い方がまずかった。斧だけ持って一しょに参れと申したのは御主人様の言いつけだ。しかし、斧をもって一しょに参
らずに、ただ今すぐにここから逃げよと申すのは、オレだけの言葉だ。イヤ、オレだけではなく、長者も実は内々それを望んでおられる。じゃによって、この一袋の黄金をオレに手渡して、お主を逃がせ、とさとされてい
るのだ。それと申すのが、もしもお主がオレと一しょに斧をもって長者の前へまかりでると、お主のために良からぬことが起るからだ。長者はお主の身のためを考えておられる」 思わせぶりな言葉が、いっそうオレをい
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
2018/12/24(月) 03:53:39.23
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
2018/12/24(月) 03:54:12.40
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
2018/12/24(月) 03:54:28.31
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
施して、仕事場をのぞくことができないように工夫しなければならないのだ。オレの仕事はできあがるまで秘密にしなければならなかった。「ときに馬耳よ。長者とヒメがお召しであるから、斧を持って、おれについてく
るがよい」 アナマロがこう云った。「斧だけでいいんですか」「ウン」「庭木でも伐ろと仰有《おっしゃ》るのかね。斧を使うのもタクミの仕事のうちではあるが、木地屋とタクミは違うものだ。木を叩ッ切るだけなら
、他に適役があらア。つまらねえことでオレの気を散らさねえように願いますよ」 ブツブツ云いながら、手に斧をとってくると、アナマロは妙な目附で上下にオレを見定めたあとで、「まア、坐れ」 彼はこう云って、
まず自分から材木の切れッ端に腰をおろした。オレも差向いに腰をおろした。「馬耳よ。よく聞け。お主《ヌシ》が青ガサやチイサ釜とあくまで腕くらべをしたい気持は殊勝であるが、こんなウチで仕事をしたいとは思う
まい」「どういうわけで!」「フム。よく考えてみよ。お主、耳をそがれて、痛かったろう」「耳の孔にくらべると、耳の笠はよけい物と見えて、血どめに毒ダミの葉のきざんだ奴を松ヤニにまぜて塗りたくッておいたら
、事もなく痛みもとれたし、結構、耳の役にも立つようですよ」「この先、ここに居たところで、お主のためにロクなことは有りやしないぞ。片耳ぐらいで済めばよいが、命にかかわることが起るかも知れぬ。悪いことは
云わぬ。このまま、ここから逃げて帰れ。ここに一袋の黄金がある。お主が三ヵ年働いて立派なミロク像を仕上げたところで、かほど莫大な黄金をいただくわけには参るまい。あとはオレが良いように申上げておくから、
今のうちに早く帰れ」 アナマロの顔は意外に真剣だった。それほどオレが追いだしたいのか。三ヵ年の手当にまさる黄金を与えてまで追いだしたいほど、オレが不要なタクミなのか。こう思うと、怒りがこみあげた。オ
レは叫んだ。「そうですかい。あなた方のお考えじゃア、オレの手はノミやカンナをとるタクミの手じゃアなくて、斧で木を叩ッきるキコリの腕だとお見立てですかい。よかろう。オレは今日かぎりここのウチに雇われた
タクミじゃアありません。だが、この小屋で仕事だけはさせていただきましょう。食うぐらいは自分でやれるから、一切お世話にはなりませんし、一文もいただく必要はありません。オレが勝手に三ヵ年仕事をする分には
2018/12/24(月) 03:54:44.43
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
2018/12/24(月) 03:55:00.53
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるも
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」 ヒメは人に
命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。 オ
レは青ガサが残した小屋で、今度こそヒメの持仏のミロクの像に精魂かたむけていた。ホトケの顔にヒメの笑顔をうつすのがオレの考えであった。 この邸内で人間らしくうごいているのは、ヒメとオレの二人だけであっ
た。 ミロクにヒメの笑顔をうつして持仏を刻んでいるときいてヒメは一応満足の風ではあったが、実はオレの仕事を気にかけている様子はなかった。ヒメはオレの仕事のはかどりを見に来たことはついぞなかった。小屋
に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。「今日も
死んだ人があるのよ」 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。 オレはヒ
メになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へ
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるも
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」 ヒメは人に
命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。 オ
レは青ガサが残した小屋で、今度こそヒメの持仏のミロクの像に精魂かたむけていた。ホトケの顔にヒメの笑顔をうつすのがオレの考えであった。 この邸内で人間らしくうごいているのは、ヒメとオレの二人だけであっ
た。 ミロクにヒメの笑顔をうつして持仏を刻んでいるときいてヒメは一応満足の風ではあったが、実はオレの仕事を気にかけている様子はなかった。ヒメはオレの仕事のはかどりを見に来たことはついぞなかった。小屋
に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。「今日も
死んだ人があるのよ」 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。 オレはヒ
メになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へ
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
2018/12/24(月) 03:55:17.53
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
2018/12/24(月) 03:55:33.62
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
2018/12/24(月) 03:55:49.75
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
い時だ」「それは、ほんとね?」 オレはそれをきいたとき、忘れることのできない特徴のあるヒメの抑揚をききつけて、声の主はヒメその人だと直覚した。にわかにオレの全身が恐怖のために凍ったように思った。どう
してよいのか分らなくて、オレはウロウロとむなしく時間を費した。「私が居るうちに出ておいで。出てこなければ、出てくるようにしてあげますよ」 静かな声がこう云った。ヒメが侍女に命じて戸の外に何か積ませて
いたのをオレはさとっていたが、火打石をうつ音に、それは枯れ柴だと直感した。オレははじかれたように戸口へ走り、カンヌキを外して戸をあけた。 戸があいたのでそこから風が吹きこむように、ヒメはニコニコと小
屋の中へはいってきた。オレの前を通りこして、先に立って中へはいった。 三年のうちにヒメのカラダは見ちがえるようにオトナになっていた。顔もオトナになっていたが、無邪気な明るい笑顔だけは、三年前と同じよ
うに澄みきった童女のものであった。 侍女たちは小屋の中をみてたじろいだ。ヒメだけはたじろいだ気色がなかった。ヒメは珍しそうに室内を見まわし、また天井を見まわした。蛇は無数の骨となってぶらさがっていた
が、下にも無数の骨が落ちてくずれていた。「みんな蛇ね」 ヒメの笑顔に生き生きと感動がかがやいた。ヒメは頭上に手をさしのばして垂れ下っている蛇の白骨の一ツを手にとろうとした。その白骨はヒメの肩に落ちく
ずれた。それを軽く手で払ったが、落ちた物には目もくれなかった。一ツ一ツが珍しくて、一ツの物に長くこだわっていられない様子に見えた。「こんなことを思いついたのは、誰なの? ヒダのタクミの仕事場がみんな
こうなの? それとも、お前の仕事場だけのこと?」「たぶん、オレの小屋だけのことでしょう」 ヒメはうなずきもしなかったが、やがて満足のために笑顔は冴えかがやいた。三年昔、オレが見納めにしたヒメの顔は、
にわかに真剣にひきしまって退屈しきった顔であったが、オレの小屋では笑顔の絶えることがなかった。「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」 ヒメは全てを見終ると満足し
て呟いたが、「でも、もう、燃してしまうがよい」 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。「珍しいミロクの像をありがとう。
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
2018/12/24(月) 03:56:07.15
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
2018/12/24(月) 03:56:24.16
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
2018/12/24(月) 03:56:41.23
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
2018/12/24(月) 03:56:57.15
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
2018/12/24(月) 03:57:13.49
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
2018/12/24(月) 03:57:29.58
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
2018/12/24(月) 03:57:45.73
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
2018/12/24(月) 03:58:01.87
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
2018/12/24(月) 03:58:17.99
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
単純にそう思うわけにはいかなかった。オレがあんなことをしたのは小さな余儀ない必要によってであったが、ヒメがしていることは人間が思いつくことではなかった。たまたまオレの小屋を見たからそれに似せているだ
けで、オレの小屋を見ていなければ、他の何かに似せて同じような怖ろしいことをやっている筈なのだ。 しかも、かほどのことも、まだヒメにとっては序の口であろう。ヒメの生涯に、この先なにを思いつき、なにを行
うか、それはとても人間どもの思量しうることではない。とてもオレの手に負えるヒメではないし、オレのノミもとうていヒメをつかむことはできないのだとオレはシミジミ思い知らずにいられなかった。「なるほど。ま
さしくヒメの言われる通り、いま造っているミロクなんぞはただのチッポケな人間だな。ヒメはこの青空と同じぐらい大きいような気がするな」 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見てお
2018/12/24(月) 03:58:35.23
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
2018/12/24(月) 03:58:51.95
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
2018/12/24(月) 03:59:08.18
らだたせた。「オレの身のためを思うなら、そのワケをザックバランに言ってもらおうじゃありませんか」「それを言ってやりたいが、言ったが最後タダではすまぬ言葉というものもあるものだ。だが、先程から申す通り
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
2018/12/24(月) 03:59:24.42
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
方に垂れ、ミジンも殺意が見られなかった。エナコがなんとなく用ありげに、不器用に宙に浮かして垂れているのは、左手の方だ。その指につままれている物が何物であるかということにオレは突然気がついた。 オレは
クビをまわしてオレの左の肩を見た。なんとなくそこが変だと思っていたが、肩一面に血でぬれていた。ウスベリの上にも血がしたたっていた。オレは何か忘れていた昔のことを思いだすように、耳の痛みに気がついた。
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」 エナコはそぎ落したオレの片耳の上部をオレの酒杯の中へ落して立去った。 それから六日すぎた。 オレたちは邸内
の一部に銘々の小屋をたて、そこに籠って仕事をすることになっていたから、オレも山の木を伐りだしてきて、小屋がけにかかっていた。 オレは蔵の裏の人の立ち入らぬ場所を選んで小屋をつくることにした。そこは一
面に雑草が生え繁り、蛇やクモの棲み家であるから、人々は怖れて近づかぬ場所であった。「なるほど。馬小屋をたてるとすれば、まずこの場所だが、ちと陽当りがわるくはないか」 アナマロがブラリと姿を現して、か
らかった。「馬はカンが強いから、人の姿が近づくと仕事に身が入りません。小屋がけが終って仕事にかかって後は、一切仕事場に立ち入らぬように願います」 オレは高窓を二重造りに仕掛け、戸口にも特別の仕掛けを
2018/12/24(月) 03:59:40.48
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
その人やその物とともに、ひと色の水のようにすきとおらなければならないのだ。 オレは夜長ヒメを見つめた。ヒメはまだ十三だった。身体はノビノビと高かったが、子供の香がたちこめていた。威厳はあったが、怖ろ
しくはなかった。オレはむしろ張りつめた力がゆるんだような気がしたが、それはオレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
2018/12/24(月) 03:59:56.86
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラ
へ拝みに来て死ぬ人もあるのに、野良の人々は無事なのね」 オレは小屋にこもって仕事にふけっているだけだから、邸内の人々とも殆ど交渉がなかったし、まして邸外とは交渉がなかった。だから村里を襲っている疫病
の怖ろしい噂を時たま聞くことがあっても、オレにとっては別天地の出来事で、身にしみる思いに打たれたことはなかった。オレのバケモノが魔よけの神様にまつりあげられ、オレが名人ともてはやされていると聞いても
、それすらも別天地の出来事であった。 オレははじめて高楼から村を眺めた。それは裏の山から村を見下す風景の距離をちぢめただけのものだが、バケモノのホコラにすがりついて死んでいる人の姿を見ると、それもわ
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラ
へ拝みに来て死ぬ人もあるのに、野良の人々は無事なのね」 オレは小屋にこもって仕事にふけっているだけだから、邸内の人々とも殆ど交渉がなかったし、まして邸外とは交渉がなかった。だから村里を襲っている疫病
の怖ろしい噂を時たま聞くことがあっても、オレにとっては別天地の出来事で、身にしみる思いに打たれたことはなかった。オレのバケモノが魔よけの神様にまつりあげられ、オレが名人ともてはやされていると聞いても
、それすらも別天地の出来事であった。 オレははじめて高楼から村を眺めた。それは裏の山から村を見下す風景の距離をちぢめただけのものだが、バケモノのホコラにすがりついて死んでいる人の姿を見ると、それもわ
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
2018/12/24(月) 04:00:12.99
た。 ミロクにヒメの笑顔をうつして持仏を刻んでいるときいてヒメは一応満足の風ではあったが、実はオレの仕事を気にかけている様子はなかった。ヒメはオレの仕事のはかどりを見に来たことはついぞなかった。小屋
に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。「今日も
死んだ人があるのよ」 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。 オレはヒ
メになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へ
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。「今日も
死んだ人があるのよ」 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。 オレはヒ
メになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へ
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
2018/12/24(月) 04:00:29.48
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
2018/12/24(月) 04:00:46.72
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
2018/12/24(月) 04:01:03.62
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラ
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
かなかった。さらにヒメは下界の諸方に目を転じて飽かず眺めふけった。そして、呟いた。「野良にでて働く人の姿が多いわ。ホーソーの時には野良にでている人の姿が見られなかったものでしたのに。バケモノのホコラ
2018/12/24(月) 04:01:20.64
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
2018/12/24(月) 04:01:36.95
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
2018/12/24(月) 04:01:53.35
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
2018/12/24(月) 04:02:09.46
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
2018/12/24(月) 04:02:25.86
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
とだ。なぜなら、ヒメはエナコに懐剣を与えて、オレの耳を斬れと命じているのだし、オレが片耳を失ったのもその大本はと云えばヒメからではないか。そして、オレが怖ろしい魔神の像をきざんでやるぞと心をきめたの
もヒメのため。その像を見ておどろく人もまずヒメでなければならぬ筈だ。そのヒメがエナコに懐剣を与えてオレの耳を斬り落せと命じているのに、オレがそれを幸福な遊びのひとときだとふと考えていたのは、思えばフ
シギなことであった。ヒメの冴え冴えとした笑顔、澄んだツブラな目のせいであろうか。オレは夢を見たようにフシギでならぬ。 オレはエナコが刀のサヤを払うまいと思ったから、その思いを目にこめてウットリとヒメ
の笑顔に見とれた。思えばこれが何よりの不覚、心の隙であったろう。 オレがすさまじい気魄に気がついて目を転じたとき、すでにエナコはズカズカとオレの目の前に進んでいた。 シマッタ! とオレは思った。エナ
コはオレの鼻先で懐剣のサヤを払い、オレの耳の尖《さき》をつまんだ。 オレは他の全てを忘れて、ヒメを見た。ヒメの言葉がある筈だ。エナコに与えるヒメの言葉が。あの冴え冴えと澄んだ童女の笑顔から当然ほとば
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
2018/12/24(月) 04:02:41.93
、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。「お供しましょう」「これさ」「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」「長生きすれば、天下のタクミ
と世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」 アナマ
ロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。「オレにつづいて参れ」 彼は先に立ってズンズン歩いた。 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。 オレと向い合せ
にエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを解けば跳びかかる犬のようにオレを睨んで目を放さなかっ
た。小癪な奴め、とオレは思った。「耳を斬り落されたオレが女を憎むならワケは分るが、女がオレを憎むとはワケが分らないな」 こう考えてオレはふと気がついたが、耳の痛みがとれてからは、この女を思いだしたこ
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
親方はオレがたった一日といえども仕事を休むことを許さなかった。オレは片手と片足で、欄間のホリモノをきざまなければならなかった。骨折の怪我というものは、夜も眠ることができないほど痛むものだ。オレは泣き
泣きノミをふるッていたが、泣き泣き眠ることができない長夜の苦しみよりも、泣き泣き仕事する日中の凌ぎよいことが分ってきた。折からの満月を幸いに、夜中に起きてノミをふるい、痛さに堪えかねて悶え泣いたこと
もあったし、手をすべらせてモモにノミを突きたててしまったこともあったが、苦しみに超えたものは仕事だけだということを、あの時ほどマザ/\と思い知らされたことはない。片手片足でほった欄間だが、両手両足が
使えるようになってから眺め直して、特に手を入れる必要もなかった。 その時のことが身にしみているから、片耳を斬り落された痛みぐらいは、仕事の励みになっただけだ。今に思い知らせてやるぞと考えた。そして、
いやが上にも怖ろしい魔神の姿を思いめぐらしてゾクゾクしたが、思い知らせてやるのがこの女だとは考えたことがなかったようだ。「オレが女を咒わないのは、ワケが分るフシもあるような気がするが、女がオレを仇の
ように憎むのはワケが分らない。ひょッとすると、長者があんなことを云ったから、オレが女をほしがっていると思って咒っているのかも知れないな」 こう考えると、ワケが分ってきたように思われた。そこでムラムラ
と怒りがこみあげた。バカな女め。キサマ欲しさに仕事をするオレと思うか。連れて帰れと云われても、肩に落ちた毛虫のように手で払って捨てて行くだけのことだ。こう考えたから、オレの心は落附いた。「耳男をつれ
て参りました」 アナマロが室内に向って大声で叫んだ。するとスダレの向うに気配があって、着席した長者が云った。「アナマロはあるか」「これにおります」「耳男に沙汰を申し伝えよ」「かしこまりました」 アナ
マロはオレを睨みつけて、次のように申し渡した。「当家の女奴隷が耳男の片耳をそぎ落したときこえては、ヒダのタクミ一同にも、ヒダの国人一同にも申訳が立たない。よってエナコを死罪に処するが、耳男が仇をうけ
た当人だから、耳男の斧で首を打たせる。耳男、うて」 オレはこれをきいて、エナコがオレを仇のように睨むのは道理と思った。この疑いがはれてしまえば、あとは気にかかるものもない。オレは云ってやった。「御親
切は痛みいるが、それには及びますまい」「うてぬか」 オレはスックと立ってみせた。斧をとってズカズカと進み、エナコの直前で一睨み、凄みをきかせて睨みつけてやった。 エナコの後へまわると、斧を当てて縄を
2018/12/24(月) 04:02:58.08
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
2018/12/24(月) 04:03:14.73
が後々まで強くしみて残ってしまった。 アナマロはオレを長者にひき合せて、「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサ
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
やフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、「なるほど、大きな耳だ」 オレの耳を一心に見
つめた。そして、また云った。「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われ
た時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないも
のだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれて流れた。 長者はそれをフシギそうに眺めていた。すると、ヒメが叫んだ。「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッ
くり」 侍女たちが声をたてて笑った。オレはもう熱湯の釜そのもののようであった。溢れたつ湯気も見えたし、顔もクビも胸も背も、皮膚全体が汗の深い河であった。 けれどもオレはヒメの顔だけは見つめなければい
けないし、目を放してはいけないと思った。一心不乱にそう思い、それを行うために力をつくした。しかし、その努力と、湧き立ち溢れる混乱とは分離して並行し、オレは処置に窮して立ちすくんだ。長い時間が、そして
、どうすることもできない時間がすぎた。オレは突然ふりむいて走っていた。他に適当な行動や落附いた言葉などを発すべきだと思いつきながら、もっとも欲しない、そして思いがけない行動を起してしまったのである。
オレはオレの部屋の前まで走っていった。それから、門の外まで走って出た。それから歩いたが、また、走った。居たたまらなかったのだ。オレは川の流れに沿うて山の雑木林にわけ入り、滝の下で長い時間岩に腰かけ
ていた。午《ひる》がすぎた。腹がへった。しかし、日が暮れかかるまでは長者の邸へ戻る力が起らなかった。 オレに五六日おくれて青ガサが着いた。また五六日おくれて、フル釜の代りに倅《せがれ》の小釜(チイサ
ガマ)が到着した。それを見ると青ガサは失笑して云った。「馬耳の師匠だけかと思ったら、フル釜もか。この青ガサに勝てぬと見たのは殊勝なことだが、身代りの二人の小者が気の毒だ」 ヒメがオレを馬に見立ててか
ら、人々はオレをウマミミとよぶようになっていた。 オレは青ガサの高慢が憎いと思ったが、だまっていた。オレの肚はきまっていたのだ。ここを死場所と覚悟をきめて一心不乱に仕事に精をうちこむだけだ。 チイサ
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
2018/12/24(月) 04:03:47.76
ともなかった。「考えてみるとフシギだな。オレのようなカンシャク持ちが、オレの耳を斬り落した女を咒《のろ》わないとは奇妙なことだ。オレは誰かに耳を斬り落されたことは考えても、斬り落したのがこの女だと考
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
えたことはめッたにない。あべこべに、女の奴めがオレを仇のように憎みきっているというのが腑に落ちないぞ」 オレの咒いの一念はあげて魔神を刻むことにこめられているから、小癪な女一匹を考えるヒマがなかった
のだろう。オレは十五の歳に仲間の一人に屋根から突き落されて手と足の骨を折ったことがある。この仲間はササイなことでオレに恨みを持っていたのだ。オレは骨を折ったので三ヵ月ほど大工の仕事はできなかったが、
2018/12/24(月) 04:04:20.40
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
2018/12/24(月) 04:04:36.74
釜はオレの七ツ兄だった。彼の父のフル釜も病気と称して倅を代りに差し向けたが、取沙汰では仮病であったと云われていた。使者のアナマロが一番おそく彼を迎えにでかけたので腹を立てたのだそうだ。しかし、チイサ
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
釜が父に劣らぬタクミであるということはすでに評判があったから、オレの場合のように意外な身代りではなかったのである。 チイサ釜は腕によほどの覚えがあるのか、青ガサの高慢を眉の毛の一筋すらも動かすことな
く聞きながした。そして、青ガサにも、またオレにも、同じように鄭重《ていちょう》に挨拶した。ひどく落附いた奴だと思って薄気味がわるかったが、その後だんだん見ていると、奴はオハヨウ、コンチハ、コンバンハ
、などの挨拶以外には人に話しかけないことが分った。 オレが気がついたと同じことを、青ガサも気がついた。そして彼はチイサ釜に云った。「オメエはどういうわけで挨拶の口上だけはヌカリなく述べやがるんだ。ま
るでヒタイへとまったハエは手で払うものだときめたようにウルサイぞ。タクミの手はノミを使うが、一々ハエを追うために肩の骨が延びてきたわけではあるまい。人の口は必要を弁じるために孔があいているのだが、朝
晩の挨拶なんぞは、舌を出しても、屁をたれても間に合うものだ」 オレはこれをきいて、ズケズケと物を云う青ガサがなんとなく気に入った。 三人のタクミが揃ったので、正式に長者の前へ召されて、このたびの仕事
を申し渡された。ヒメの持仏をつくるためだと聞いていたが、くわしいことはまだ知らされていなかったのだ。 長者はかたえのヒメを見やって云った。「このヒメの今生後生をまもりたもう尊いホトケの御姿を刻んでも
らいたいものだ。持仏堂におさめて、ヒメが朝夕拝むものだが、ミホトケの御姿と、それをおさめるズシがほしい。ミホトケはミロクボサツ。その他は銘々の工夫にまかせるが、ヒメの十六の正月までに仕上げてもらいた
い」 三名のタクミがその仕事を正式に受けて挨拶を終ると、酒肴が運ばれた。長者とヒメは正面に一段高く、左手には三名のタクミの膳が、右手にも三ツの膳が並べられた。そこにはまだ人の姿が見えなかったが、たぶ
んアナマロと、その他の二名の重立つ者の座であろうとオレは考えていた。ところが、アナマロがみちびいてきたのは二人の女であった。 長者は二人の女をオレたちにひき合せて、こう云った。「向うの高い山をこえ、
その向うのミズウミをこえ、そのまた向うのひろい野をこえると、石と岩だけでできた高い山がある。その山を泣いてこえると、またひろい野があって、そのまた向うに霧の深い山がある。またその山を泣いてこえると、
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
2018/12/24(月) 04:04:52.86
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
2018/12/24(月) 04:05:08.94
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるも
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」 ヒメは人に
命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。 オ
レは青ガサが残した小屋で、今度こそヒメの持仏のミロクの像に精魂かたむけていた。ホトケの顔にヒメの笑顔をうつすのがオレの考えであった。 この邸内で人間らしくうごいているのは、ヒメとオレの二人だけであっ
た。 ミロクにヒメの笑顔をうつして持仏を刻んでいるときいてヒメは一応満足の風ではあったが、実はオレの仕事を気にかけている様子はなかった。ヒメはオレの仕事のはかどりを見に来たことはついぞなかった。小屋
に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。「今日も
死んだ人があるのよ」 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。 オレはヒ
メになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へ
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
にも、死ぬ者がキリもなかった。疫病はついにこの村にも押し寄せたから、家ごとに疫病除けの護符をはり、白昼もかたく戸を閉して、一家ヒタイを集めて日夜神仏に祈っていたが、悪魔はどの隙間から忍びこんでくるも
のやら、日ましに死ぬ者が多くなる一方だった。 長者の家でも広い邸内の雨戸をおろして家族は日中も息を殺していたが、ヒメの部屋だけは、ヒメが雨戸を閉めさせなかった。「耳男の造ったバケモノの像は、耳男が無
数の蛇を裂き殺して逆吊りにして、生き血をあびながら咒いをこめて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなるらしいわ。ほかに取得もなさそうなバケモノだから、門の外へ飾ってごらん」 ヒメは人に
命じて、ズシごと門前へすえさせた。長者の邸には高楼があった。ヒメは時々高楼にのぼって村を眺めたが、村はずれの森の中に死者をすてに行くために運ぶ者の姿を見ると、ヒメは一日は充ち足りた様子であった。 オ
レは青ガサが残した小屋で、今度こそヒメの持仏のミロクの像に精魂かたむけていた。ホトケの顔にヒメの笑顔をうつすのがオレの考えであった。 この邸内で人間らしくうごいているのは、ヒメとオレの二人だけであっ
た。 ミロクにヒメの笑顔をうつして持仏を刻んでいるときいてヒメは一応満足の風ではあったが、実はオレの仕事を気にかけている様子はなかった。ヒメはオレの仕事のはかどりを見に来たことはついぞなかった。小屋
に姿を現すのは、死者を森へすてに行く人群れを見かけたときにきまっていた。特にオレを選んでそれをきかせに来るのではなく、邸内の一人々々にもれなく聞かせてまわるのがヒメのたのしみの様子であった。「今日も
死んだ人があるのよ」 それをきかせるときも、ニコニコとたのしそうであった。ついでに仏像の出来ぐあいを見て行くようなことはなかった。それには一目もくれなかった。そして長くはとどまらなかった。 オレはヒ
メになぶられているのではないかと疑っていた。さりげない風を見せているが、実はやっぱり元日にオレを殺すつもりであったに相違ないとオレは時々考えた。なぜなら、ヒメはオレの造ったバケモノを疫病よけに門前へ
すえさせたとき、「耳男が無数の蛇を裂き殺して逆さに吊り、蛇の生き血をあびながら咒いをかけて刻んだバケモノだから、疫病よけのマジナイぐらいにはなりそうね。ほかに取得もなさそうですから、門の前へ飾ってご
らん」 と云ったそうだ。オレはそれを人づてにきいて、思わずすくんでしまったものだ。オレが咒いをかけて刻んだことまで知りぬいていて、オレを生かしておくヒメが怖ろしいと思った。三人のタクミの作からオレの
物を選んでおいて、疫病よけのマジナイにでも使うほかに取得もなさそうだとシャア/\と言うヒメの本当の腹の底が怖ろしかった。オレにヒキデモノを与えた元日には、ヒメの言葉に長者まで蒼ざめてしまった。ヒメの
本当の腹の底は、父の長者にも量りかねるのであろう。ヒメがそれを行う時まで、ヒメの心は全ての人に解きがたい謎であろう。いまはオレを殺すことが念頭になくとも、元日にはあったかも知れないし、また明日はある
かも知れない。ヒメがオレの何かに興味をもったということは、オレがヒメにいつ殺されてもフシギではないということであろう。 オレのミロクはどうやらヒメの無邪気な笑顔に近づいてきた。ツブラな目。尖端に珠玉
をはらんだようなミズミズしいまるみをおびた鼻。だが、そのような顔のかたちは特に技術を要することではない。オレが精魂かたむけて立向わねばならぬものは、あどけない笑顔の秘密であった。一点の翳りもなく冴え
た明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。魔神に通じるいかなる色も、いかなる匂いも示されていない。ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それ
2018/12/24(月) 04:05:25.32
ひろいひろい森があって森の中を大きな川が流れている。その森を三日がかりで泣きながら通りぬけると、何千という、泉が湧き出している里があるのだよ。その里には一ツの木蔭の一ツの泉ごとに一人の娘がハタを織っ
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
ているそうな。その里の一番大きな木の下の一番キレイな泉のそばでハタを織っていたのが一番美しい娘で、ここにいる若い方の人がその娘だよ。この娘がハタを織るようになるまでは娘のお母さんが織っていたが、それ
がこッちの年をとった女の人だよ。その里から虹の橋を渡ってはるばるとヒメの着物を織るためにヒダの奥まで来てくれたのだ。お母さんを月待(ツキマチ)と云い、娘を江奈古(エナコ)と云う。ヒメの気に入ったミホ
トケを造った者には、美しいエナコをホービに進ぜよう」 長者が金にあかして買い入れたハタを織る美しい奴隷なのだ。オレの生れたヒダの国へも他国から奴隷を買いにくる者があるが、それは男の奴隷で、そしてオレ
のようなタクミが奴隷に買われて行くのさ。しかし、やむにやまれぬ必要のために遠い国から買いにくるのだから、奴隷は大切に扱われ、第一等のお客様と同じようにもてなしを受けるそうだが、それも仕事が出来あがる
までの話さ。仕事が終って無用になれば金で買った奴隷だから、人にくれてやることも、ウワバミにくれてやることも主人の勝手だ。だから遠国へ買われて行くことを好むタクミはいないが、女の身なら尚さらのことであ
ろう。 可哀そうな女たちよ、とオレは思った。けれども、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレをビックリさせた。 オレはヒメの気に入るような仏像を造る気持がなかった
のだ。馬の顔にそッくりだと云われて山の奥へ夢中で駈けこんでしまったとき、オレは日暮れちかくまで滝壺のそばにいたあげく、オレはヒメの気に入らない仏像を造るために、いや、仏像ではなくて怖ろしい馬の顔の化
け物を造るために精魂を傾けてやると覚悟をかためていたのだから。 だから、ヒメの気に入った仏像を造った者にエナコをホービにやるという長者の言葉はオレに大きな驚愕を与えた。また、激しい怒りも覚えた。また
、この女はオレがもらう女ではないと気がついたために、ムラムラと嘲りも湧いた。 その雑念を抑えるために、タクミの心になりきろうとオレは思った。親方が教えてくれたタクミの心構えの用いどころはこの時だと思
った。 そこでオレはエナコを見つめた。大蛇が足にかみついてもこの目を放しはしないぞと我とわが胸に云いきかせながら。「この女が、山をこえ、ミズウミをこえ、野をこえ、また山を越えて、野をこえて、また山を
こえて、大きな森をこえて、泉の湧く里から来たハタを織る女だと? それは珍しい動物だ」 オレの目はエナコの顔から放れなかったが、一心不乱ではなかった。なぜなら、オレは驚愕と怒りを抑えた代りに、嘲りが宿
ってしまったのを、いかんともすることができなかったから。 その嘲りをエナコに向けるのは不当であると気がついていたが、オレの目をエナコに向けてそこから放すことができなければ、目に宿る嘲りもエナコの顔に
向けるほかにどう仕様もない。 エナコはオレの視線に気がついた。次第にエナコの顔色が変った。オレはシマッタと思ったが、エナコの目に憎しみの火がもえたつのを見て、オレもにわかに憎しみにもえた。オレとエナ
コは全てを忘れ、ただ憎しみをこめて睨み合った。 エナコのきびしい目が軽くそれた。エナコは企みの深い笑いをうかべて云った。「私の生国は人の数より馬の数が多いと云われておりますが、馬は人を乗せて走るため
に、また、畑を耕すために使われています。こちらのお国では馬が着物をきて手にノミを握り、お寺や仏像を造るのに使われていますね」 オレは即座に云い返した。「オレの国では女が野良を耕すが、お前の国では馬が
野良を耕すから、馬の代りに女がハタを織るようだ。オレの国の馬は手にノミを握って大工はするが、ハタは織らねえな。せいぜい、ハタを織ってもらおう。遠路のところ、はなはだ御苦労」 エナコの目がはじかれたよ
うに開いた。そして、静かに立ち上った。長者に軽く目礼し、ズカズカとオレの前へ進んだ。立ち止って、オレを見おろした。むろんオレの目もエナコの顔から放れなかった。 エナコは膳部の横を半周してオレの背後へ
まわった。そして、そッとオレの耳をつまんだ。「そんなことか!……」 と、オレは思った。所詮、先に目を放したお前の負けだと考えた。その瞬間であった。オレは耳に焼かれたような一撃をうけた。前へのめり、膳
部の中に手を突ッこんでしまったことに気がついたのと、人々のざわめきを耳の底に聞きとめたのと同時であった。 オレはふりむいてエナコを見た。エナコの右手は懐剣のサヤを払って握っていたが、その手は静かに下
2018/12/24(月) 04:05:41.48
が身にかかわりのないソラゾラしい眺めながらも、人里の哀れさが目にしみもした。あんなバケモノが魔よけの役に立たないのは分りきっているのに、そのホコラにすがりついて死ぬ人があるとは罪な話だ。いッそ焼き払
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
ってしまえばいいのに、とオレは思った。オレが罪を犯しているような味気ない思いにかられもした。 ヒメは下界の眺めにタンノーして、ふりむいた。そして、オレに命じた。「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血
をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」「オレはチョコにうけて飲みましたよ」「十匹も、二十匹も?」「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ
」「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」「そうですよ」「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけ
るチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を
一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。 オレも三年の間、数の知れない蛇を裂いて生き血をのみ死体を天
井に逆吊りにしたが、オレが自分ですることだから怖ろしいとも異様とも思わなかった。 ヒメは蛇の生き血をのみ、蛇体を高楼に逆吊りにして、何をするつもりなのだろう。目的の善悪がどうあろうとも、高楼にのぼり
、ためらう色もなくニッコリと蛇の生き血を飲みほすヒメはあまり無邪気で、怖ろしかった。 ヒメは三匹目の生き血までは一息に飲みほした。四匹目からは屋根や床上へまきちらした。 オレが袋の中の蛇をみんな裂い
て吊るし終ると、ヒメは言った。「もう一ッぺん山へ行って袋にいっぱい蛇をとってきてよ。陽のあるうちは、何べんもよ。この天井にいっぱい吊るすまでは、今日も、明日も、明後日も。早く」 もう一度だけ蛇とりに
行ってくると、その日はもうたそがれてしまった。ヒメの笑顔には無念そうな翳がさした。吊るされた蛇と、吊るされていない空間とを、充ち足りたように、また無念げに、ヒメの笑顔はしばし高楼の天井を見上げて動か
なかった。「明日は朝早くから出かけてよ。何べんもね。そして、ドッサリとってちょうだい」 ヒメは心残りげに、たそがれの村を見下した。そして、オレに言った。「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に
人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」 ヒメの笑顔はかがやきを増した。「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目
に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」 オレは冷水をあびせかけられ
たように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、
村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。 オレは居たたまらずに一散に逃げたいと思いながら、オレの足はすくんでいたし、心もすくんでいた。オレはヒメが憎いとはついぞ思ったことがないが、このヒメが生きて
いるのは怖ろしいということをその時はじめて考えた。 しらじら明けに、ちゃんと目がさめた。ヒメのいいつけが身にしみて、ちょうどその時間に目がさめるほどオレの心は縛られていた。 オレは心の重さにたえがた
かったが、袋を負うて明けきらぬ山へわけこまずにもいられなかった。そして山へわけこむと、オレは蛇をとることに必死であった。少しも早く、少しでも多く、とあせっていた。ヒメの期待に添うてやりたい一念が一途
にオレをかりたててやまなかった。 大きな袋を負うて戻ると、ヒメは高楼に待っていた。それをみんな吊し終ると、ヒメの顔はかがやいて、「まだとても早いわ。ようやく野良へ人々がでてきたばかり。今日は何べんも
、何べんも、とってきてね。早く、できるだけ精をだしてね」 オレは黙ってカラの袋を握ると山へ急いだ。オレは今朝からまだ一言もヒメに口をきかなかった。ヒメに向って物を言う力がなかったのだ。今に高楼の天井
いっぱいに蛇の死体がぶらさがるに相違ないが、そのとき、どうなるのだろうと考えると、オレは苦しくてたまらなかった。 ヒメがしていることはオレが仕事小屋でしていたことのマネゴトにすぎないようだが、オレは
2018/12/24(月) 04:05:57.69
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
。「袋をもって、楼へ来て」 楼へ登った。ヒメは下を指して云った。「三ツ又の池のほとりにバケモノのホコラがあるでしょう。ホコラにすがりついて死んでいる人の姿が見えるでしょう。お婆さんよ。あそこまで辿り
ついてちょッと拝んでいたと思うと、にわかに立ち上ってキリキリ舞いをはじめたのよ。それからヨタヨタ這いまわって、やっとホコラに手をかけたと思うと動かなくなってしまったわ」 ヒメの目はそこにそそがれて動
2018/12/24(月) 04:06:13.85
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
きながら野良へでてクワを振りあげ振りおろしたが、朝は元気で出たのが、日ざかりの畑でキリキリ舞いをしたあげく、しばらく畑を這いまわってことぎれる者も少くなかった。 山の下の三ツ又のバケモノのホコラを拝
みにきて、ホコラの前で死んでいた者もあった。「尊いヒメの神よ。悪病を払いたまえ」 長者の門前へきて、こう祈る者もあった。 長者の邸も再び日ざかりに雨戸をとざして、人々は息をころして暮していた。ヒメだ
けが雨戸をあけ、時に楼上から山下の村を眺めて、死者を見るたびに邸内の全ての者にきかせて歩いた。 オレの小屋へきてヒメが云った。「耳男よ。今日は私が何を見たと思う?」 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが
深いようでもあった。ヒメは云った。「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」 オレは云ってやった。「あのバケモノの奴も今度の疫病神
は睨み返すことができませんでしたかい」 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って
意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、その
また前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押
されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てがムダにしか見えなかった。そして腑抜けのバケモノを
再びマトモに見直す勇気が湧くまでには、この山の蛇の生き血を飲みほしても足りないのではないかと怯えつづけていたものだった。 そのころに比べると、いまのオレはヒメの笑顔に押されるということがない。イヤ、
押されてはいるかも知れぬが、押し返さねばならぬという不安な戦いはない。ヒメの笑顔が押してくるままの力を、オレのノミが素直に表すことができればよいという芸本来の三昧境にひたっているだけのことだ。 いま
のオレは素直な心に立っているから、いま造りかけのミロクにもわが身の拙さを嘆く思いは絶えるまもないが、バケモノが腑抜けに見えたほど見るも無慚な嘆きはなかった。バケモノを刻むノミの跡は、ヒメの笑顔に押さ
れては、すべてがムダなものにしか見えなかったものであった。 いまのオレはともかく心に安らぎを得て、素直に芸と戦っているから、去年のオレも今年のオレも変りがないように思っていたが、大そう変っているらし
いな、ということをふと考えた。そして今年のオレの方がすべてに於て立ちまさっていると思った。 オレは大きな袋にいっぱい蛇をつめて戻った。そのふくらみの大きさにヒメの目は無邪気にかがやいた。ヒメは云った
2018/12/24(月) 04:06:31.52
しる鶴の一声が。 オレは茫然とヒメの顔を見つめた。冴えた無邪気な笑顔を。ツブラな澄みきった目を。そしてオレは放心した。このようにしているうちに順を追うてオレの耳が斬り落されるのをオレはみんな知ってい
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
たが、オレの目はヒメの顔を見つめたままどうすることもできなかったし、オレの心は目にこもる放心が全部であった。オレは耳をそぎ落されたのちも、ヒメをボンヤリ仰ぎ見ていた。 オレの耳がそがれたとき、オレは
ヒメのツブラな目が生き生きとまるく大きく冴えるのを見た。ヒメの頬にやや赤みがさした。軽い満足があらわれて、すぐさま消えた。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なん
2018/12/24(月) 04:06:49.50
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
もない。童女そのものの笑顔であった。 オレはこう思った。問題は、エナコが巧みな言葉で手に受けた懐剣をヒメに返すことができるかどうか、ということだ。まんまと懐剣をせしめることができるほど巧みな言葉を思
いつけば、尚のこと面白い。それに応じて、オレがうまいこと警句の一ツも合せることができれば、この上もなしであろう。ヒメは満足してスダレをおろすに相違ない。 オレがこう考えたのは、あとで思えばフシギなこ
2018/12/24(月) 04:07:05.76
がヒメの笑顔の秘密であった。「ヒメの顔は、形のほかに何かが匂っているのかも知れないな。黄金をしぼった露で産湯をつかったからヒメのからだは生れながらにかがやいて黄金の匂いがすると云われているが、俗の眼
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
はむしろ鋭く秘密を射当てることがあるものだ。ヒメの顔をつつんでいる目に見えぬ匂いを、オレのノミが刻みださなければならないのだな」 オレはそんなことを考えた。 そして、このあどけない笑顔がいつオレを殺
すかも知れない顔だと考えると、その怖れがオレの仕事の心棒になった。ふと手を休めて気がつくと、その怖れが、だきしめても足りないほどなつかしく心にしみる時があった。 ヒメがオレの小屋へ現れて、「今日も人
が死んだわ」 と云うとき、オレは何も言うことがなくて、概ねヒメの笑顔を見つめているばかりであった。 オレはヒメの本心を訊いてみたいとは思わなかった。俗念は無益なことだ。ヒメに本心があるとすれば、あど
けない笑顔が、そして匂いが全てなのだ。すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身《うつしみ》にとってもそれが全てであろう。三年昔、オレがヒメの顔に見とれたときから、それが全部であるこ
とがすでに定められたようなものだった。 どうやらホーソー神が通りすぎた。この村の五分の一が死んでいた。長者の邸には多数の人々が住んでいるのに、一人も病人がでなかったから、オレの造ったバケモノが一躍村
人に信心された。 長者がまッさきに打ちこんだ。「耳男があまたの蛇を生き裂きにして逆吊りにかけ生き血をあびながら咒いをこめて造ったバケモノだから、その怖ろしさにホーソー神も近づくことができないのだな」
ヒメの言葉をうけうりして吹聴した。 バケモノは山上の長者の邸の門前から運び降ろされて、山の下の池のフチの三ツ又のにわか造りのホコラの中に鎮座した。遠い村から拝みにくる人も少くなかった。そしてオレは
たちまち名人ともてはやされたが、その上の大評判をとったのは夜長ヒメであった。オレの手になるバケモノが間に合って長者の一家を護ったのもヒメの力によるというのだ。尊い神がヒメの生き身に宿っておられる。尊
い神の化身であるという評判がたちまち村々へひろがった。 山下のホコラへオレのバケモノを拝みにきた人々のうちには、山上の長者の邸の門前へきてぬかずいて拝んで帰る者もあったし、門前へお供え物を置いて行く
者もあった。 ヒメはお供え物のカブや菜ッ葉をオレに示して、言った。「これはお前がうけた物よ。おいしく煮てお食べ」 ヒメの顔はニコニコとかがやいていた。オレはヒメがからかいに来たと見て、ムッとした。そ
して答えた。「天下|名題《なだい》のホトケを造ったヒダのタクミはたくさん居りますが、お供え物をいただいた話はききませんや。生き神様のお供え物にきまっているから、おいしく煮ておあがり下さい」 ヒメの笑
顔はオレの言葉にとりあわなかった。ヒメは言った。「耳男よ。お前が造ったバケモノはほんとうにホーソー神を睨み返してくれたのよ。私は毎日楼の上からそれを見ていたわ」 オレは呆れてヒメの笑顔を見つめた。し
かし、ヒメの心はとうてい量りがたいものであった。 ヒメはさらに云った。「耳男よ。お前が楼にあがって私と同じ物を見ていても、お前のバケモノがホーソー神を睨み返してくれるのを見ることができなかったでしょ
うよ。お前の小屋が燃えたときから、お前の目は見えなくなってしまったから。そして、お前がいまお造りのミロクには、お爺さんやお婆さんの頭痛をやわらげる力もないわ」 ヒメは冴え冴えとオレを見つめた。そして
、ふりむいて立去った。オレの手にカブと菜ッ葉がのこっていた。 オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った。怖ろしいヒメだと思った。たしかに人力を超えたヒメかも知れぬと思った。しか
し、オレがいま造っているミロクには爺さん婆さんの頭痛をやわらげる力もないとは、どういうことだろう。「あのバケモノには子供を泣かせる力もないが、ミロクには何かがある筈だ。すくなくともオレという人間のタ
マシイがそッくり乗りうつッているだろう」 オレは確信をもってこう云えるように思ったが、オレの確信の根元からゆりうごかしてくずすものはヒメの笑顔であった。オレが見失ってしまったものが確かにどこかにある
ようにも思われて、たよりなくて、ふと、たまらなく切ない思いを感じるようになってしまった。 ホーソー神が通りすぎて五十日もたたぬうちに、今度はちがった疫病が村をこえ里をこえて渡ってきた。夏がきて、熱い
日ざかりがつづいていた。 また人々は日ざかりに雨戸をおろして神仏に祈ってくらした。しかし、ホーソー神の通るあいだ畑を耕していなかったから、今度も畑を耕さないと食べる物が尽きていた。そこで百姓はおのの
2018/12/24(月) 04:07:21.88
しないかと期待しているのかも知れなかった。 オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
2018/12/24(月) 04:07:38.41
だ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。 ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。 そ
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
れからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。 オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し
返すために必死に戦わなければならなかった。 オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつく
らなければとあせった。 オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土
フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむためであった。 オレの小屋のまわりはジメジメした草むらで無数の蛇の棲み家だから、小屋の中にも蛇は遠慮なくも
ぐりこんできたが、オレはそれをひッさいて生き血をのんだ。そして蛇の死体を天井から吊るした。蛇の怨霊がオレにのりうつり、また仕事にものりうつれとオレは念じた。 オレは心のひるむたびに草むらにでて蛇をと
り、ひッさいて生き血をしぼり、一息に呷《あお》って、のこるのを造りかけのモノノケの像にしたたらせた。 日に七匹、また十匹ととったから、一夏を終らぬうちに、小屋のまわりの草むらの蛇は絶えてしまった。オ
レは山に入って日に一袋の蛇をとった。 小屋の天井は吊るした蛇の死体で一パイになった。ウジがたかり、ムンムンと臭気がたちこめ、風にゆれ、冬がくるとカサカサと風に鳴った。 吊るした蛇がいッせいに襲いかか
ってくるような幻を見ると、オレはかえって力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生れ変った気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。 オ
レはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。オレの力だけでは足りないことをさとっていた。それと戦う苦しさに、いッそ気が違ってしまえばよいと思ったほどだ。オレの心
がヒメにとりつく怨霊になればよいと念じもした。しかし、仕事の急所に刻みかかると、必ず一度はヒメの笑顔に押されているオレのヒルミに気がついた。 三年目の春がきたとき、七分通りできあがって仕上げの急所に
かかっていたから、オレは蛇の生き血に飢えていた。オレは山にわけこんで兎や狸や鹿をとり、胸をさいて生き血をしぼり、ハラワタをまきちらした。クビを斬り落して、その血を像にしたたらせた。「血を吸え。そして
、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」 それは耳の長い何ものかの顔であるが、モノノケだか、魔神だか、死神だか、鬼だか、怨霊だか、オレにも得体が知れなかった
。オレはただヒメの笑顔を押し返すだけの力のこもった怖ろしい物でありさえすれば満足だった。 秋の中ごろにチイサ釜が仕事を終えた。また秋の終りには青ガサも仕事を終えた。オレは冬になって、ようやく像を造り
終えた。しかし、それをおさめるズシにはまだ手をつけていなかった。 ズシの形や模様はヒメの調度にふさわしい可愛いものに限ると思った。扉をひらくと現れる像の凄味をひきたてるには、あくまで可憐な様式にかぎ
る。 オレはのこされた短い日数のあいだ寝食も忘れがちにズシにかかった。そしてギリギリの大晦日の夜までかかって、ともかく仕上げることができた。手のこんだ細工はできなかったが、扉には軽く花鳥をあしらった
。豪奢でも華美でもないが、素朴なところにむしろ気品が宿ったように思った。 深夜に人手をかりて運びだして、チイサ釜と青ガサの作品の横へオレの物を並べた。オレはとにかく満足だった。オレは小屋へ戻ると、毛
皮をひッかぶって、地底へひきずりこまれるように眠りこけた。 オレは戸を叩く音に目をさました。夜が明けている。陽はかなり高いようだ。そうか。今日がヒメの十六の正月か、とオレはふと思いついた。戸を叩く音
は執拗につづいた。オレは食物を運んできた女中だと思ったから、「うるさいな。いつものように、だまって外へ置いて行け。オレには新年も元日もありやしねえ。ここだけは娑婆がちがうということをオレが口をすッぱ
くして言って聞かせてあるのが、三年たってもまだ分らないのか」「目がさめたら、戸をおあけ」「きいた風なことを言うな。オレが戸を開けるのは目がさめた時じゃアねえや」「では、いつ、あける?」「外に人が居な
2018/12/24(月) 04:07:54.51
く叫んだ。「すばらしい!」 ヒメは指して云った。「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなく
なったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきや
しないかと期待しているのかも知れなかった。 オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきや
しないかと期待しているのかも知れなかった。 オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。
オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。「耳男よ。ごらん! あすこに、ほら! キリキリ舞いをしはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞って
いてよ。お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」 オレはランカンに駈けよって、ヒメの示す方を見た。長者の邸のすぐ下の畑に、一人の農夫が両手をひろげて、空の下を泳ぐようにユラユラとよろめいてい
た。カガシに足が生えて、左右にくの字をふみながらユラユラと小さな円を踏み廻っているようだ。バッタリ倒れて、這いはじめた。オレは目をとじて、退いた。顔も、胸も、背中も、汗でいっぱいだった。「ヒメが村の
人間をみな殺しにしてしまう」 オレはそれをハッキリ信じた。オレが高楼の天井いっぱいに蛇の死体を吊し終えた時、この村の最後の一人が息をひきとるに相違ない。 オレが天井を見上げると、風の吹き渡る高楼だか
ら、何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。閉めきったオレの小屋では、こんなことは見かけることができなかったが、ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいという
ことは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。 オレが逆吊りにした蛇の死体をオレの手が斬り落すか、ここからオレが逃げ去るか、どっちか一ツを選ぶより仕方
がないとオレは思った。オレはノミを握りしめた。そして、いずれを選ぶべきかに尚も迷った。そのとき、ヒメの声がきこえた。「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日
本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」 それをきいているうちにオレの心が変った。このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。 ヒメは無心に
野良を見つめていた。新しいキリキリ舞いを探しているのかも知れなかった。なんて可憐なヒメだろうとオレは思った。そして、心がきまると、オレはフシギにためらわなかった。むしろ強い力がオレを押すように思われ
た。 オレはヒメに歩み寄ると、オレの左手をヒメの左の肩にかけ、だきすくめて、右手のキリを胸にうちこんだ。オレの肩はハアハアと大きな波をうっていたが、ヒメは目をあけてニッコリ笑った。「サヨナラの挨拶を
して、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」 ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。 オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし
、せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。 するとヒメはオ
レの手をとり、ニッコリとささやいた。「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して
、いま私を殺したように立派な仕事をして……」 ヒメの目が笑って、とじた。 オレはヒメを抱いたまま気を失って倒れてしまった。
オレの親方はヒダ随一の名人とうたわれたタクミであったが、夜長の長者に招かれたのは、老病で死期の近づいた時だった。親方は身代りにオレをスイセンして、「これはまだ二十の若者だが、小さいガキのころからオ
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
2018/12/24(月) 04:08:11.87
歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」 ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。 オレはエナコがよもや
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
それを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。 しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よ
もやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。 可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい。虫も殺さぬ笑顔とは、このことだ。イタズラをたのしむ亢奮もなければ、何かを企む翳り
2018/12/24(月) 04:08:27.96
レの膝元に育ち、特に仕込んだわけでもないが、オレが工夫の骨法は大過なく会得している奴です。五十年仕込んでも、ダメの奴はダメのものさ。青笠《アオガサ》や古釜《フルカマ》にくらべると巧者ではないかも知れ
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
ぬが、力のこもった仕事をしますよ。宮を造ればツギ手や仕口にオレも気附かぬ工夫を編みだしたこともあるし、仏像を刻めば、これが小僧の作かと訝かしく思われるほど深いイノチを現します。オレが病気のために余儀
なく此奴を代理に差出すわけではなくて、青笠や古釜と技を競って劣るまいとオレが見込んで差出すものと心得て下さるように」 きいていてオレが呆れてただ目をまるくせずにいられなかったほどの過分の言葉であった
。 オレはそれまで親方にほめられたことは一度もなかった。もっとも、誰をほめたこともない親方ではあったが、それにしても、この突然のホメ言葉はオレをまったく驚愕させた。当のオレがそれほどだから、多くの古
い弟子たちが親方はモウロクして途方もないことを口走ってしまったものだと云いふらしたのは、あながち嫉みのせいだけではなかったのである。 夜長の長者の使者アナマロも兄弟子たちの言い分に理があるようだと考
えた。そこでオレをひそかに別室へよんで、「お前の師匠はモウロクしてあんなことを云ったが、まさかお前は長者の招きに進んで応じるほど向う見ずではあるまいな」 こう云われると、オレはムラムラと腹が立った。
その時まで親方の言葉を疑ったり、自分の腕に不安を感じていたのが一時に掻き消えて、顔に血がこみあげた。「オレの腕じゃア不足なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だと
いう寺は天下に一ツもない筈だ」 オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくるのようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕
くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだ
けだ」 アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本
中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ
」 道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」 オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立
ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげれ
ばそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」 たしかにオレは生きて帰ら
ぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。 長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者
はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。 かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼら
せ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたために、ヒメの身体は生れながらに光りかがやき、黄金の香りがすると云われていた。 オレは一心不乱にヒメを見つめなければならないと思
った。なぜなら、親方が常にこう言いきかせていたからだ。「珍しい人や物に出会ったときは目を放すな。オレの師匠がそう云っていた。そして、師匠はそのまた師匠にそう云われ、そのまた師匠のそのまた師匠のまたま
た昔の大昔の大親の師匠の代から順くりにそう云われてきたのだぞ。大蛇に足をかまれても、目を放すな」 だからオレは夜長ヒメを見つめた。オレは小心のせいか、覚悟をきめてかからなければ人の顔を見つめることが
できなかった。しかし、気おくれをジッと押えて、見つめているうちに次第に平静にかえる満足を感じたとき、オレは親方の教訓の重大な意味が分ったような気がするのだった。のしかかるように見つめ伏せてはダメだ。
2018/12/24(月) 04:08:44.07
他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」 明るい無邪気な笑顔であった。オレの目にそれをのこしてヒメは去った。オレは侍女にみちびかれて入浴
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
し、ヒメが与えた着物にきかえた。そして、奥の間へみちびかれた。 オレは恐怖のために、入浴中からウワの空であった。いよいよヒメに殺されるのだとオレは思った。 オレはヒメの無邪気な笑顔がどのようなもので
あるかを思い知ることができた。エナコがオレの耳を斬り落すのを眺めていたのもこの笑顔だし、オレの小屋の天井からぶらさがった無数の蛇を眺めていたのもこの笑顔だ。オレの耳を斬り落せとエナコに命じたのもこの
笑顔であるが、エナコのクビをオレの斧で斬り落せと沙汰のでたのも、実はこの笑顔がそれを見たいと思ったからに相違ない。 あのとき、アナマロが早くここを逃げよとオレにすすめて、長者も内々オレがここから逃げ
ることを望んでおられると言ったが、まさしく思い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこ
の笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百
層倍、千層倍も、気に入りました」 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこも
っていないのだ。 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、
怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖
ろしいものは、この笑顔にまさるものはないのだから。 今生の思い出に、この笑顔を刻み残して殺されたいとオレは考えた。オレにとっては、ヒメがオレを殺すことはもはや疑う余地がなかった。それも、今日、風呂か
らあがって奥の間へみちびかれて匆々《そうそう》にヒメはオレを殺すであろう。蛇のようにオレを裂いて逆さに吊すかも知れないと思った。そう思うと恐怖に息の根がとまりかけて、オレは思わず必死に合掌の一念であ
ったが、真に泣き悶えて合掌したところで、あの笑顔が何を受けつけてくれるものでもあるまい。 この運命をきりぬけるには、ともかくこの一ツの方法があるだけだとオレは考えた。それはオレのタクミとしての必死の
願望にもかなっていた。とにかくヒメに頼んでみようとオレは思った。そして、こう心がきまると、オレはようやく風呂からあがることができた。 オレは奥の間へみちびかれた。長者がヒメをしたがえて現れた。オレは
挨拶ももどかしく、ヒタイを下にすりつけて、必死に叫んだ。オレは顔をあげる力がなかったのだ。「今生のお願いでございます。お姫サマのお顔お姿を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔
いはございません」 意外にもアッサリと長者の返答があった。「ヒメがそれに同意なら、願ってもないことだ。ヒメよ。異存はないか」 それに答えたヒメの言葉もアッサリと、これまた意外千万であった。「私が耳男
にそれを頼むつもりでしたの。耳男が望むなら申分ございません」「それは、よかった」 長者は大そう喜んで思わず大声で叫んだが、オレに向って、やさしく云った。「耳男よ。顔をあげよ。三年の間、御苦労だった。
お前のミロクは皮肉の作だが、彫りの気魄、凡手の作ではない。ことのほかヒメが気に入ったようだから、それだけでオレは満足のほかにつけ加える言葉はない。よく、やってくれた」 長者とヒメはオレに数々のヒキデ
モノをくれた。そのとき、長者がつけ加えて、言った。「ヒメの気に入った像を造った者にはエナコを与えると約束したが、エナコは死んでしまったから、この約束だけは果してやれなくなったのが残念だ」 すると、そ
れをひきとって、ヒメが言った。「エナコは耳男の耳を斬り落した懐剣でノドをついて死んでいたのよ。血にそまったエナコの着物は耳男がいま下着にして身につけているのがそれよ。身代りに着せてあげるために、男物
に仕立て直しておいたのです」 オレはもうこれしきのことでは驚かなくなっていたが、長者の顔が蒼ざめた。ヒメはニコニコとオレを見つめていた。 そのころ、この山奥にまでホーソーがはやり、あの村にも、この里
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