■家族の血の繋がりに拘ることは善で、民族の血の繋がりに拘ることは悪なのか?

ナショナリズムと聞くとGHQが仕組んだ戦後教育の影響もあり、否定的なイメージを受ける人もいるかもしれません。

しかし国家と同じ共同体である家族に例えれば、家族ぐるみの付き合いをする大の仲良しの家族でも、けっして同じ家族にはなりません。
移民は家族(国民)の誰かを他の家族(国民)の一員にすることそのものであり、そんなことは世界中のまともなどの家族もやりません。
その家族(国民)の移動(移民)を受け入れないと「悪だ!」「差別だ!」と騒ぐ反国家の工作員は、
自分の家族を他人の家族にしたり、逆に受け入れることが平気でできるんでしょうか?出来るわけがありません。
人が家族の血のつながりに拘わるように、民族の血の繋がりに拘るのも当然なのです。
家族の血の繋がりに拘ることは正義で、民族の血に拘ることは悪になることがいかにバカげているか分かりますね。

お互いの国家(家族)を維持し守ることは別に喧嘩をするわけではなく、お互いの国を尊重し干渉しないことであり、
だからこそ、友好的になれる関係なのです。
他国が自国に「こっちの言う通りにやれ!」と干渉してきたら相手国に対して敵対心が生まれるのは当然です。

歴代の欧米の覇権国家とその支配者がやってきたように、強大な軍事力をバックにして
「我が国とその企業、資本家にお前の国の産業、富を渡せ!」として脅すか力で侵略するようなことはせずに、
お互いの国同士が尊重し合い干渉しないことがナショナリズムのなのです。

グローバリズムは国家、民族を否定し、その結びつきを否定しますから、必然的に完全な個人主義の弱肉強食であり、
他人は敵でしかなく、他人を食い物にして力のあるものが増長する一方で格差が拡大していきます。

しかしナショナリズムの国では国民も個人として競争するのは基本ですが、
お互い困った時は助け合い、国民みんなが豊かで幸せになれるように手を取り助け合う家族のような国なのです。
同じ民族同士で伝統も文化も維持し皇室、国家を愛していれば、国民は家族のような愛情で結びつくことができるのです。
戦前の日本がまさにそうでした。

ただ戦後の日本はGHQが仕組んだ戦後教育のせいで自分さえよければいいと言う自己中心的な人間が増えてきてしまいましたが。
戦後日本人が失いつつある愛や繋がりを復活させ、世界に愛や思いやりヘイワに溢れる国々を作るにはナショナリズムを拡大するしかないのです。