過去に、アメリカによると推察される事件が、
日本でも多々起こっていますので、いくつかお話します。
情報源は、当時の首相官邸の取り仕切り責任者からです。

昭和60年8月12日、日本航空123便が、御巣鷹山墜落事故を起こしましたが、
あれはアメリカの戦闘機が、発射した空対空ロケット弾で墜落したのです!
これにあわてた中曽根は、40日後の昭和60年9月21日に、
プラザ合意をしたのです。

また米軍がグアムに移転するのに18兆円必要だったのですが、
日本が拒否して半年くらいしたころに、山手線の高田馬場と目白の区間で、
レールが二本ひん曲がっていたのです。
朝一番でレールを点検していた者が発見しました。
それを知った3日後に日本政府は、18兆円の捻出を決定しました。

また鹿児島でも、沖縄のP3C対潜水艦哨戒機の基地を、
鹿屋に移せと米軍が言ってきましたが、日本政府が拒否しましたところ。
鹿屋基地の前で、指宿に行く、トッピーいう船の水中翼船の後ろの羽根に
アメリカの潜水艦が、火薬の抜いてある魚雷を衝突させたのですね!
水中翼船の折れ曲がったスクリューに、ペンキだけがついていたんのす!

またかと、あわてた日本政府は3日後に、鹿屋基地移転を認めたのです!

このようなことは、枚挙にいとまがありません!