この女は自分の行い全てを善と捉え、主張する物の怪である。
自分に何ひとつ嘘はつかず、しかし嘘まみれの言葉で周りを食い物にし、自分のために消費する。
その自我の絶対性、迷いのなさは、常人から見れば悟りの境地だ。
彼女に『聖人』と呼べるところがあるとすれば、それはこの一点だろう。