>>767
「1185年、兵士の滅亡後、頼朝の権力の強大化を恐れた法皇が義経に頼朝追討を命じると、
頼朝は軍勢を京都におくって法皇にせまり、諸国に守護を、荘園や公領には地頭を任命する権利や
1段当り5升の兵粮米を徴収する権利、さらに諸国の国衙の実験を握る在庁官人を支配する権利を獲得した。
こうして東国を中心にした頼朝の支配権は、最後国もおよぶこととなり、武家政権としての鎌倉幕府が成立した。」
     引用元:『詳説 日本史B』(山川出版社)

とある塾講師からのコピペだけど山川出版おまえさんもってんだよなぁ?
しらべてどうぞ