くだらない社会悪の配信などをやっているやつは地獄に落ちる
以下の釈迦の教えでそういっている。地獄に落ちてからでは遅い

仏典相応部 聚落主相応

ある時、仏陀は王舍城の竹林のカランダカニヴァーパにいた。時に舞台役者村長ターラプッタは世尊のいるところへ行き、仏陀に挨拶して一方に座った。一方に座り終わってターラプッタ舞台役者村長は仏陀に言った。

 大徳、私はこれを代々の昔からの師である舞台役者が説いたものであるとして聞きました。「およそ舞台役者として舞台劇場の中で真実と偽装によって人々を笑わせ楽しませる者は、
身壊れ死後、喜笑天(pahāsāna devā 笑う神々、嬉戯する神々)の群れと共になる身を受ける」と。世尊はこれについて何か言いますか。
 村長、やめなさい。これを措いておきなさい。私にそれを聞いてはならない。

再び・・・三たび・・・

 村長、私は「村長、やめなさい。これを措いておきなさい。私にそれを聞いてはならない」とこのようにあなたに聞くことを許さなかった。しかし、私はあなたに答えよう。
 村長、昔、人々はいまだ貪を離れず、貪の縛に繋がれていた。彼らのために舞台役者は舞台劇場の中で、およそ物の欲しくなるようなものは皆集めてきた。ますます欲しがらせようとして。
 村長、昔、人々はいまだ瞋を離れず、瞋の縛に繋がれていた。彼らのために舞台役者は舞台劇場の中で、およそ物の怒らせるようなものは皆集めてきた。ますます怒らせようとして。
 村長、昔、人々はいまだ癡を離れず、癡の縛に繋がれていた。彼らのために舞台役者は舞台劇場の中で、およそ物の愚かにさせるようなものは皆集めてきた。ますます愚かにさせようとして。
 その舞台役者は、自ら陶酔し放逸であり、他人を陶酔させ放逸にさせ、身壊れ死後、喜笑(pahāsa)という地獄に生まれた。そうであるのに、
もし彼に「およそ舞台役者として舞台劇場の中で真実と偽装によって人々を笑わせ楽しませる者は、身壊れ死後、喜笑天の群れと共になる身を受ける」という見解があるならば、それは彼にとって邪見である。
村長、邪見の人には地獄か畜生の二つ道の一つの道しかないと私は説く。