ついに鋼兵復活の日が来た。
なにかいろいろと大変なことがあったようだがまた鋼兵の歌が聞けるとあれば、
ファンとしてこの復活ライブに参加しないわけにはいかないだろう。

あの圧倒的な高音を生で聞くために私は会場へと足を運んだ。
がらがらの会場(なぜだろうか?)で待っていると、ステージに音楽が鳴り響く。

ああ、今日はどんなライブになるのだろうか?
記念すべき今日の記憶は、きっと『心に残り続ける』に違いない。

そうやって期待に胸を膨らませていると、出てきたのは鋼兵ではない。
こいつは誰だよ。スタッフはなにやってるんだ?そんなひそひそ声が聞こえてくる。
私もスタッフが来るのを待った。

そこにいたのはだるだるの汚い中年男だった。
男は挙動不審にあたりをキョロキョロしながら頬をひくつかせていてなんだか気持ちが悪い。
ところがいくら待っても、男がステージから降ろされる気配はなかった。

イライラがつのる中、誰かが言った。

「え、あれが鋼兵…?」

その発言に耳を疑った。こんな浮浪者のようなやつが鋼兵のわけないだろう。
しかし嫌な予感がして、私はその男をじっと観察した。
すると疑念が確信に至る前に、男は第一声をマイクに向かって発するのだった。

「お、おじっ……デリ…デリヘル……よん……」

私は愕然とした。
その声は間違いなく『鋼兵』だったのだ。
しかし『私の待っていた鋼兵』とははるかにかけ離れていた。

その場にいた誰もがそう思ったのだろう。
『ヤツ』は何かこちらに語りかけてきているが、それに答えるものはいない。
水を打ったように静まり返る会場。
地獄のような長い沈黙のあと、唐突に曲が始まった。

「……ィィィーーー! アッアッアッー!」

ヤツは曲に乗せてなにか奇声を発している。
それは当然、歌と呼べるようなものではなかった。断片的に発せられる高音は絶叫に近い。

なにが彼をこんなにしてしまったのだろう?
私は恐怖に青ざめた。なにかおぞましいことが起こっているのではないか?

異臭が漂ってきた。

どうやらその考えは正しいようだ。
最前列にいた私は、その特徴的な臭いからある予感にいたり、とっさに会場の出口へと逃げ出した。
その瞬間、伴奏が止まる。

「ブリリッブリュッブチチィィッ!!」

鳴り響く排泄音。そして『ファンだった』人達の悲鳴。

あれから鋼兵がどうなったのかは分からない。調べたくもないし知りたくもない。
ただ私が日常に戻っても、あの音は確かに耳に─心にこびりついているのだった。