人間は知識欲や興味、好奇心が強いので、何でもかんでも知りたがるものであるが、他者から教えてもらうことを極度にとまではいかなくとも嫌悪するものである
なのでよくわれわれが目にするように教えてもらった解答に対して、何の心のこもっていない言葉の羅列である『ありがとうございます』、『感謝します』、とか言うのであろう
こういう言葉が出てくる根源には相手に対する攻撃欲動が含まれていることを見逃してはならない
現実は相手から知識を得たということで、自分は相手よりも格下の人間であるという事実を認めざるを得ない状況に追い込まれる。
そもそも格下であるとか格が上であるとか考えることの無い朴訥な人間ばかりであればよい。事情は異なるだろう。
しかし現代の日本社会を鑑みるに、誰が上で誰が下で誰が利口で誰が馬鹿だという議論を阿呆のファシストどもが日々繰り返し行っている。
非常に下劣な行為であるのだがそれがファシストの仕事なのであるから仕様が無いとして、その結果、彼らに影響を受けた人々は、人に階層や階級や上下関係というものが存在しているという事実を歪んだ形で非常に抽象的な拙い想像力で補って理解しようとするがそれは無理である。
そもそもファシストが大衆であるのにその支持者が大衆でないわけがない。大衆の意見に耳を貸すのは大衆以下の群衆と呼ばれるような階層の人間だろう。
彼らには理論や思想や哲学など何一つ理解することが出来ない。理由は教養も基礎知識も閃く知性も一切持ち合わせていないからである。
するとどうなるか…
この先を考察するのはまた図書館に行った後にしよう。

エスパー魔美かく語りき