■戦後の車社会は無秩序な都市の拡大をもたらした

 建築家のピーター・カルソープは現在、小規模ながら国際的な影響力をもつ設計事務所「カルソープ・アソシエーツ」を率いている。米国カリフォルニア州バークレーにある彼のオフィスの壁には、彼が1993年に同志とともに設立した「ニューアーバニズム会議」の設立趣意書が額に入れて掲げてある。ニューアーバニズム(新都市主義)とは、「スプロール化」と呼ばれる無秩序な都市の拡大を批判する都市設計の動きだ。

 米国でスプロール化が始まったのは第2次世界大戦後。戦地からどっと帰還した兵士たちを待ち受けていたのは人口過密の荒廃した都市だった。彼らが結婚して子どもが生まれると、住む家が必要になった。車で郊外に向かえば開放感があったし、新時代の仲間入りをした気分にもなれたのだ。

 そうした米国の郊外住宅地と、中国が過去40年間に整備してきた超高層マンションが立ち並ぶニュータウンには似た点があるとカルソープは言う。「共通する問題が一つあります。それはスプロール化です」

 カルソープによれば、スプロール化は住民同士の人間関係を断ち切るという。公園内にそびえる高層マンションの住民は、米国の郊外住宅地の住民と同様、近所の人たちからも、下に走る車優先の道路からも断ち切られている。中国の都市開発では、商店が軒を連ねる狭い通りが姿を消し、車で混雑する10車線の大通りがそれに取って代わった。そのため「社会と経済の仕組みが壊れようとしています」とカルソープは語った。

■処方箋は負の遺産の手直し

 カルソープは1990年代に仲間とともにオレゴン州ポートランドの市当局を説得し、新たな高速道路の代わりに、ライトレール(軽量軌道交通)を整備し、その沿線に住宅とオフィス、店舗が集まったコミュニティーを開発する計画に変更させた。「公共交通指向型開発」と呼ばれるこのモデルで、都市プランナーとしてのカルソープの評価は不動のものとなり、ポートランドは都市づくりの手本として広く知られるようになった。カルソープによれば、このモデルは新しい発想というより、「路面電車が走る、かつての郊外を再び造ろう」という呼びかけだ。

「自動車を優先した都市が問題なのは、車以外に移動手段がなく、人々が過度に車に依存するようになってしまうからです」とカルソープは言う。車への過度の依存は「気候変動を加速させ、家計を圧迫し、地域は交通渋滞で悩み、人々の時間を奪います。まさに百害あって一利なし。歩かなければ肥満になるし、大気汚染で呼吸器の病気にかかってしまいます」

 カルソープが描く理想の都市では、スプロール化に歯止めがかかり、中心部に緑があって住民が自然に親しめる。高速の公共交通が整備され、その沿線に建物が集まった、小規模で歩き回れる街が生まれる。

 こうした未来の都市では、職場と住居と買い物をする場所が近いため、その間を車で移動しなくて済む。富裕層と貧困層、高齢者と現役世代、多様な人種が同じ地域に入り混じって暮らす街づくりも、彼の構想の一環だ。未来の都市では、車の利用が減り、アスファルトやコンクリートに覆われる面積も減って、温室効果ガスの排出量も抑えられる。

 このすべてを実現するには、独創的なデザインや最先端の技術は必要ない。20世紀の都市開発の負の遺産を手直しすること、それが何よりの処方箋だとカルソープは考えている。


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