■わずかな量の淡水や海水から海洋生物の生息数を調べる新技術が注目されている

 川や海でコップ1杯の水をすくい取ってその環境DNA(eDNA)を調べるだけで、つい最近そこにどんな魚がいたかが分かる。以前なら種を特定するのに研究室で1カ月以上かけなければならなかったものが、新たな技術を用いれば3日以内に同様の結果が得られる。科学を大きく変えるかもしれない革新的な技術だ。環境DNAとは、生物の個体から直接採取されたDNAではなく、生物が活動をする過程で環境に落としたものに含まれるDNAのことだ。

「ニューヨーク港の水を火曜日の朝に採取すれば、木曜日の夕方までにはフユヒラメが戻ってきたかどうかが分かります」。米国ニューヨーク市にあるロックフェラー大学人間環境プログラムの責任者ジェシー・オースベル氏は言う。

 これは重要だ。というのも、ニューヨーク港では、フユヒラメが戻ると浚渫が制限されるからだ。

「ゴーフィッシュeDNA」と名付けられた新技術は、短期間で結果が得られ、しかも1種の特定にかかる費用はわずか15ドル。他の種もいっしょに調べたければ、1種につき8ドルを追加するだけだ。数年もすれば、海水浴場で早朝海水をくみ取り、数時間後にはそこにイタチザメやホホジロザメがいたかどうかを調べられるようになると、オースベル氏は期待する。「試験紙をコップに差すだけというように便利になります」

 ロックフェラー大学は2018年11月29日、30日に第1回海洋環境DNA全国会議を主催し、環境DNA技術がどのように活用され、改善されているかを話し合った。

 スタンフォード大学の海洋科学者バーバラ・ブロック氏は、「岸から1600キロ以上離れた海上で環境DNA解析を行い、その船の真下にホホジロザメがいたことを48時間で明らかにしました」と報告した。

「ゴーフィッシュeDNA」を開発したロックフェラー大学上級研究員のマーク・ストークル氏は、子ども向けのトランプ遊び「ゴーフィッシュ」にちなんでこの名をつけたという。

 魚を捕獲せずに、遺伝子の痕跡だけで種を特定できるため、「環境的にも経済的にも大きな意味を持つ画期的な技術です」と話す。

■遺伝子の痕跡

 例えば、人間の皮膚から、1時間で3万〜4万個の皮膚細胞が剥がれ落ちると考えられている。家のテーブルや棚、部屋の隅に積もった塵の多くが、実は人間の死んだ皮膚細胞である。同様に、魚やほかの海洋生物も皮膚などの細胞を落としている。これらはいずれ沈殿したり分解されたりするが、平均して24時間は遺伝子の痕跡が水中に残ることが研究で分かっているのだ。

 この水を採取して目の細かいフィルターを通し、その残留物からDNAを抽出する。DNAは、全生物の心臓から皮膚、血液から骨にいたるまで、全ての細胞に含まれ、その中には、ひれ、魚の体表など肉体的特徴を決定する遺伝情報が含まれているのだ。

 一つのサンプルには数百万個のDNA断片が含まれていることもあるが、幸いにもDNAの組み合わせは種によって異なるため、種の指標となる組み合わせのDNAマーカーがある。米国の「212」の市外局番で、その番号の持ち主がニューヨーク市に住んでいることが分かるように、DNAマーカーを特定したら、それを電話帳の役割をするDNAデータベースに照らし合わせ、一致する種を探し出せばいい。

 この方式は信頼性が高く、調査対象の魚がその水域にどれくらい生息しているかを把握する指標になると、オースベル氏は言う。また、これまで以上に、特定の海域の詳細な生物多様性を明らかにできるようになるだろう。以前なら、引き網を使っても捕獲できるのは20種程度の生物だった。しかし、環境DNAの技術を使えば、同じ海域から100種を検出することも可能だ。

「11年間と6億5000万ドルを費やして2010年に終了した『海洋生物のセンサス』プロジェクトに、環境DNAの技術が使われていれば、予算も少なく、もっと早くプロジェクトは終了していたでしょう」と、このプロジェクトでリーダーを務めていたオースベル氏。

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ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/120500531/