京都大の本庶佑特別教授のノーベル賞受賞を契機に、体に備わる免疫機能を利用してがんを制御する「オプジーボ」が注目されている。では、新たな治療法は本当に効くのか―。自身もがんを患った気鋭のジャーナリストが、がん免疫療法の光と影を明らかにしていく。

 今年10月1日、京都大高等研究院(注1)の本庶佑(ほんじょたすく)特別教授(76)がノーベル医学生理学賞を受賞した。これを機に、本庶教授が研究、開発した免疫チェックポイント阻害剤(注2)をはじめとして、がんの免疫療法全般に対する世の関心も飛躍的に高まっている。
 その本庶教授が発見したのは、キラーT細胞(注3)に代表される免疫細胞(攻撃部隊)の表面に発現している「PD−1」と呼ばれるチェックポイント分子、そして同様にがん細胞の表面に発現している「PD−L1」と呼ばれるチェックポイント分子だった。
 がん細胞はPD−L1を免疫細胞のPD−1に結合させることで、免疫細胞ががん細胞を攻撃する能力を無力化してしまう。逆に言えば、PD−1とPD−L1の結合を薬剤で遮断してやれば、免疫細胞はがん細胞に対する攻撃能力を取り戻すかもしれない......。
 このような着想から開発されたのが免疫チェックポイント阻害剤であり、その代表格が本庶教授の創薬したニボルマブ(商品名・オプジーボ)だった。
「今世紀中に"がん死"はなくなる可能性も―」

 本庶教授自身が受賞後の記念講演などでこう自負するように、PD−1とPD−L1の発見、そしてオプジーボの創薬はノーベル賞受賞に値する画期的な業績である。ただ、オプジーボについては、肺がんなど七つのがん種で保険適用が承認されているのに加え(注4)、受賞後はメディアも「夢の新薬」などと一斉に持ち上げたことから、最大の当事者である患者らもオプジーボが「万能薬」であるかのように受け止めているきらいがある。
 しかし、本当にそうなのか。がんの免疫療法は免疫チェックポイント阻害剤療法だけではない。実は、私も大腸がんを経験した当事者の一人として丸山ワクチン(注5)の投与を受けている。丸山ワクチンは今を遡(さかのぼ)ること74年前の1944年に創薬された免疫調整剤だが、最新の研究では「丸山ワクチンこそ免疫学研究の最先端を行く古くて新しい薬」であることが次第に明らかになりつつある。
 そこで、本連載では、厚生労働省による保険適用のいかんにかかわらず、免疫チェックポイント阻害剤療法をはじめ、丸山ワクチン以来のがん免疫療法の有効性や安全性などに、冷静かつ公正な視点から迫ってみたい。当然、本連載では関係者にとっての「不都合な真実」にも触れることになるが、最優先されるべきはやはり科学的事実とそれに基づく蓋然(がいぜん)性である。
 まずは私が作成した上のイメージ図を見ていただきたい。この図は一般に知られている主な「がん免疫療法」が「ヒトの免疫システム」にどのように働きかけるのかを示したものである。本連載の第1回でなぜこれを取り上げるのかと言えば、免疫療法の有効性や安全性に迫るには最初に全体を俯瞰(ふかん)していただく必要があると考えたからだ。
 いずれの詳細も第2回以降の各論に譲るが、大前提となるのは、がんと免疫の関係で見た場合、「ヒトの免疫システムには樹状細胞と呼ばれる免疫システムの司令塔が存在し、樹状細胞は体内に発生したがん細胞の特徴を提示して攻撃命令を出し、命令を受けたキラーT細胞などの免疫細胞ががん細胞に攻撃を仕掛ける」という点である。
 
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/life-and-health/2018/12/09/post-2157.html
続く)