チョコレートのもとになるカカオを、人類はいつ、どこで育て始めたのだろうか? 研究者たちは長らくこの謎に関心を持ち続けてきた。
マヤ、アステカといった古代メソアメリカ文明で、チョコレートは非常に大切にされ、宗教儀式で使われたほか、カカオ豆は通貨としても用いられていた。 カカオはなぜ、どのようにして重要な地位を占めるに至ったのだろうか?
考古学者たちは長い間、カカオを初めて使ったのも、初めて栽培したのも、メソアメリカ(古代文明が栄えたメキシコから中米にかけての地域)の人々であると考えてきた。考古学的な証拠によれば、メソアメリカで初めてカカオが使われたのは約3900年前とされる。
しかし、2018年10月に科学誌「コミュニケーションズ・バイオロジー」に掲載された研究で、新たな説が示された。それによると、カカオが初めて栽培植物となった場所はメソアメリカではなかったという。
栽培カカオの起源を突き止めようと、研究者たちはカカオの木200本のゲノムを分析。次いで、それぞれの集団が遺伝的にどれほど近いかを調べた。
ある植物が栽培植物になる(栽培化される)場合、人は望ましい特徴をもつものを選び、それを何度も繰り返し交配して、大きさや味などを「改良」していく。その結果、栽培化された植物の遺伝子は、野生種ほど多様ではなくなる。
初期に栽培された種の有力候補の1つがクリオロ種だった。古代マヤで栽培されていた、世界で最も珍重される種類のカカオだ。この極めて貴重なカカオ(現在、世界中のカカオのうち5%しかない)を使ったチョコレートは、深く複雑な風味を愛する世界のお菓子好きから高く評価されている。また、中米で見つかっているクリオロの木は、アマゾン盆地で見つかるものとは明らかに異なることが専門家の間で知られている。
「(カカオの)さまざまなグループを全て比較すると、栽培化が起こったことと矛盾しない、大きな遺伝的分化を示すのは、クリオロだけです」。論文の筆頭著者で、米ワシントン州立大学の集団遺伝学者であるオマル・コルネホ氏はこう語る。
コルネホ氏によれば、初期のカカオ栽培はクラライと呼ばれる古い近縁種からクリオロを育てたと考えられるという。これを何世代にもわたって改良するうち、風味が変わり、テオブロミン(チョコレートに苦みと刺激性を与える化合物)の含有量が増えていった。同時に病気に弱くなっていき、希少性が高まり続けることになった。
コルネホ氏は、カカオの栽培はおよそ2400年前から1万3000年前のどこかの時点で起こった可能性があり、「最も有力なシナリオ」は約3600年前だろうと話す。意外なことに、クリオロが初めて栽培化されたのは、従来考えられてきた中米ではなく南米(現在のエクアドル)だということも判明した。
しかし、どのようにしてカカオがアマゾン盆地からメソアメリカにたどり着いたのだろうか。このほど科学誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション」に掲載された別の研究成果が、1つの可能性を示している。論文を著した考古学者たちは、石と陶器のかけらから、アメリカ大陸でカカオが使用された最古の例を発見した。
場所はエクアドルにあるマヨチンチペ文明の遺跡で、メソアメリカから出た証拠よりおよそ1500年古い、約5300年前のものだった。マヨチンチペは太平洋岸の集団と接触があったため、この人々を通じた交易で、カカオが北のメソアメリカに運ばれた可能性がある。
カカオは「評判となり、現在のコロンビアでカカオを栽培した農家によって北へ広がり、やがてパナマなどの中央アメリカ、そしてメキシコ南部へ伝わっていったと考えられます」。論文の共著者であるマイケル・ブレーク氏はプレスリリースでこう語っている。チョコレートの起源が新しく書き換えられた今、チョコレートが大昔にいつ、どのように使われたのかをもっと知りたい人々にとっては、新たな“甘い”扉が開かれたと言えるだろう。
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ナショナルジオグラフィック日本版サイト
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