19世紀前半、米国のペンシルベニア州にサミュエル・モートンという医師がいた。
非常に優秀な科学者として知られていたモートンは、人間の頭蓋骨を収集していた。

 モートンは頭蓋骨に鉛玉を隙間なく詰め、別の容器に移して容積を測った。
そしてその測定値を基に、人類は五つの人種に分かれ、それぞれが神の定めた階層構造のなかに位置づけられていると結論づけた。
最も容積の大きな白人は知能が高く、階層の頂点にいる。
次は東アジア人で、教育を受ければさらに賢くなる余地はあるが白人より劣る。
その下に東南アジア人、アメリカ大陸の先住民が来て、黒人が最も低い位置に置かれた。
当時はまだ南北戦争が起こる前で、奴隷制度の擁護者たちはモートンの主張に飛びついた。

「彼の説は大きな影響力がありました」と米ペンシルベニア大学の人類学者ポール・ウォルフ・ミッチェルは話す。
1851年にモートンが亡くなると、ある医学専門誌は、「黒人に劣等人種としての正しい地位を与えた」と、称賛の言葉を贈った。

 モートンは現在、科学的な立場から人種を差別した最初の人物として知られている。
過去数世紀に起きた恐ろしい出来事の根本に、「ある人種がほかの人種より劣っている」という考えがあったことを思うと、
いたたまれなくなる。残念ながら私たちは依然として、彼の負の遺産とともに生きているのだ。 

■人種という概念そのものが「誤解」

 だが科学は人種について、モートンの主張と正反対のことを教えてくれる。
彼は、普遍的に受け継がれる差異を発見したと考えていたが、当時はDNAが発見されるはるか前、
チャールズ・ダーウィンの進化論さえ発表されていなかった時代だ。先祖の特徴が子孫に遺伝する仕組みは解明されていなかった。

 研究が進んだ現在では、人種という概念そのものが「誤解」であるといわれている。
ヒトのDNAを構成するすべての塩基配列を明らかにしようと始まった「ヒトゲノム計画」では、
さまざまな人種で構成されるように被験者が選ばれた。
2000年6月に解読結果が発表されたとき、DNAの配列決定における先駆者であるクレイグ・ベンターは、
「人種という概念には、遺伝的にも科学的にも根拠がない」と述べた。

 DNAは、A(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)という塩基の並び順によって遺伝情報を記録していて、
この4文字で書かれた膨大なページ数の本にたとえられることが多い。
ヒトゲノムは30億の塩基対から成り、それが約2万個の遺伝子に分かれている。東アジア人の毛髪が太くなったのは、
そのうちのたった一つの遺伝子の、たった一つの塩基がTからCへ書き換えられた結果なのだ。

 同様に、ヨーロッパ人の肌の色の薄さと最も深く関わっているのは、SLC24A5という遺伝子に起こった、
たった一つの小さな変異だ。この遺伝子を構成する塩基対は約2万にのぼるが、そのなかの1カ所において、
サハラ砂漠以南に住むアフリカ人の大半ではGとなっているところが、ヨーロッパ人ではAとなっている。

■外見上の分類は無意味

 人が人種を話題にするときは、大抵は肌の色が念頭にあり、さらにはそれ以上のものを含んでいるようにも感じられる。
だが今日の科学は、外見上の違いは偶然の積み重なりにすぎないことを教えてくれる。
肌の色は祖先が太陽光にどう対処したかということを反映しているだけで、それ以上に大きな意味はない。

「相手の肌の色だけで、その人の特徴までわかるという考え方がかなり一般的ですよね」。
米シンシナティ大学で色素沈着を研究しているヘザー・ノートンはそう話す。
「見た目の違いは、その人のゲノムにAがあるか、Gがあるかの違いにすぎないという説明は、
結構インパクトがあるのではないでしょうか」

関連ソース画像
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ナショナルジオグラフィック日本版サイト
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