「このような論文不正を防げなかったことに、本当に無力感を感じている」──1月22日、
京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長が、
同研究所内の助教が行った論文不正について会見を行った際に語った言葉だ。

 不正を行ったのは、同研究所に所属する山水康平助教。
さまざまな種類の細胞になれる「iPS細胞」から脳の血管に関する細胞を作製し、
機能を調べた論文だったが、論拠となる主要なグラフのデータが捏造、改ざんされていた。

山中氏の「無力感」。これは単純に、今回の1件の不正のみに抱いたものなのだろうか。
これは筆者の私見であるが、
「生命科学に取り憑(つ)いた“悪魔”を払拭できなかった」ことへの感情の吐露ではないかと考えている。
生命科学の分野で何が起きてきたか、振り返ってみよう。

 なお、山中氏は所長の立場であり、助教を直接指導する立場の教授は別にいる。
問題となった論文の筆頭・責任著者は助教であり、共著者の中にも山中氏の名前はないことを断っておく。

〈「STAP細胞」だけではない、生命科学の論文不正〉

 2014年に起きた「STAP細胞」事件は、多くの人が覚えている生命科学分野の論文不正事件であろう。
理化学研究所の小保方晴子研究員(当時)らが、
刺激によって細胞が多能性を獲得する「STAP現象」を論文として発表し、
iPS細胞よりも安全で効率が高いなど報道されたことから、研究者を含め世間から注目を集めた。
しかし、論文自身への疑義や不正が指摘され、理研が検証実験を行ったが再現できなかった。
小保方氏は依願退職、上司で共著者の笹井芳樹氏は自殺という最悪の結末になった。

 この騒動はメディアが大々的に報道したが、
生命科学の分野で起きている論文不正としては氷山の一角にすぎない。
STAP細胞事件の前年である13年には、
東京大学分子細胞生物学研究所(分生研)の加藤茂明教授(当時)の研究室関係者が発表した論文5報に
不正行為があったことが発覚(指摘自体は12年)。
調査の結果、「加藤氏が研究室における不正行為を大きく促進していた」と東京大学は結論付けている。

 加藤氏は、
日本分子生物学会が主催する研究倫理に関する若手教育シンポジウムで司会を務めるなど中心的に活動していた人物だった。
同学会は06年に研究倫理委員会を立ち上げているが、
それは学会の役員や年会長を歴任した大阪大学の杉野明雄教授(当時)が助手の研究データを改ざんし、
論文投稿した事件を受けてのものだった。改ざんを指摘した助手は、毒物を服用し自殺した。

 業界の重鎮が起こした論文不正を契機に立ち上げた委員会から派生した、
若手向けの研究倫理教育を主導する立場の人間が論文不正をしたのだから学会としては頭が痛かろう。
当時の学会理事長であった東北大学の大隅典子教授は「この事実は大変に重いもの」と述べている。

 さらに、17年には東大分生研の渡邉嘉典教授と当時の助教が発表した論文5報に不正が認められた。
中には加藤茂明事件後である15年に出版された論文も含まれており、
指摘を行った匿名グループ「Ordinary_researchers」は
告発文の中で「あ然とする」「分生研が研究不正を抑止できない構造的な問題を抱えている」とのコメントを出していた。

画像:数値の改ざんが行われた論文グラフの一部
http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1801/26/ki_1609376_fusei01.jpg
画像:匿名グループ「Ordinary_researchers」の告発文(一部抜粋)
http://image.itmedia.co.jp/news/articles/1801/26/ki_1609376_fusei02.jpg

ITmedianews
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1801/26/news082.html

続く)