軽くて頑丈で手に入りやすい−−。植物を原料とするこんな繊維が「夢の新素材」として注目されている。
セルロースナノファイバー(CNF)だ。日本の豊富な森林資源を活用できる可能性があり、
温暖化対策やリサイクルに役立つと期待されている。

●鉄の5倍の強さ

 植物は弱くて折れやすいといったイメージがあるが、
約1400年前に建設された奈良の法隆寺のように現存している木材建造物もある。
その強さの理由の一つは、植物細胞の中にある分子「セルロース」だ。
スギやヒノキなど針葉樹の成分の約半分を占め、束状になって植物を支える。

 頑丈なセルロースを分解するには大量の有機物質を使う必要があったが、
磯貝明・東京大教授(セルロース科学)は2006年、触媒を使った特殊な酸化反応を利用して、
常温常圧の自然な状態で分解してCNFを取り出すことに成功。
15年にアジアで初めて「森林・木材科学分野のノーベル賞」とされるマルクス・バーレンベリ賞を受賞した。

 CNFは太さ数ナノメートル(ナノは10億分の1)の繊維。
髪の毛の太さの1万分の1程度で、重さは鋼鉄の5分の1程度と軽いが強度は5倍もあり、
ゴルフクラブなどに使われている炭素繊維(カーボンファイバー)に匹敵する。
磯貝教授は「セルロースは地球で最も豊富に存在する生物資源。
自然に優しいので、プラスチックなどの代替材料に使えれば石油に依存した社会からの脱却も期待できる」と話す。

 ●1兆円市場目標

 磯貝教授の成果を受け、CNFを別素材と混ぜ合わせて、強度や柔軟性を向上させる研究が進んでいる。
CNFは透明で、他の素材と混ぜても色が変わらないといったメリットもある。

 例えば、ボールペンのインクに混ぜると色はそのままに、
現在使われている油の溶剤よりもインクのむらがなく書き心地もなめらかになるため、
すでに商品化されている。抗菌・消臭力がある銀イオンをたくさん付着できるため、
紙おむつにも使用されている。液状のCNFを透明なフィルムに薄く塗ると、
フィルムは光を通す一方で酸素は通さないため、食品保存などに使えば腐敗防止になり、
賞味期限を延ばすことができると期待されている。

 中でも注目されるのは、CNFをゴム素材に混ぜる野口徹・信州大特任教授(高分子物理学)の研究だ。
タイヤなどのゴム素材は従来、カーボンブラックというすすを混ぜて強度を増しているが、
その代わりにCNFを加えると従来品より強度が最大5倍に上がるうえ、柔軟性も同2倍になったという。

 CNF独自の性質も発見した。例えばセラミックのように硬い物質は、衝撃に弱いといった弱点があるが、
CNFを混ぜたゴムは、強度を上げてもゴム本来の軟らかさを保っていた。
野口特任教授は「強さとしなやかさを兼ね備えた理想の素材が、CNFで実現できるとは思わなかった」と話す。

 ただ価格はカーボンブラックの加工より高い。経済産業省などによると、
昨年時点のCNFの価格は1キロ4000〜1万円。鉄は同100円程度だ。
経産省は30年のCNFの国内市場規模を1兆円に拡大することを目指しているが、
今後の普及にはコストをいかに抑えることができるかが課題になる。

 ●油との相性悪く

 軽くて頑丈なCNFを自動車部品に使えば燃料の節約になり、地球温暖化対策に役立つと期待される。
石油由来ではないためリサイクルしやすく、間伐材などを活用できるため、
森林資源が豊かな日本はCNFの「資源国」になる可能性も秘めている。

 いいことずくめのようだが、本格的な実用化には性質上の課題もある。
CNFは原料の木材や紙と同様に燃えやすく、
水に溶けやすいため石油系のプラスチックなど油の性質を持つ樹脂とは混ざりにくい性質もある。
現在の技術ではプラスチックと混ぜ合わせても分離してしまうために元の素材より弱くなる。

 CNFは「ポスト炭素繊維」とも目されるが、
炭素繊維も民間航空機の部品に本格導入されるまでに開発から半世紀かかった経緯もあり、
実用化の道のりは遠そうだ。磯貝教授は「実用化にはCNFの基本的性質をもっと知ることが重要。
基礎研究を進め、応用の道を広げたい」と話している。

関連ソース画像
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2018/01/25/20180125ddm001010002000p/9.jpg

毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20180125/ddm/016/040/009000c