小野寺孝興 生命科学研究科博士課程学生、上村匡 同教授、碓井理夫 同講師らの研究グループは、神経細胞が痛みの情報を変換し伝播するメカニズムの一端を明らかにしました。
ショウジョウバエの幼虫がもつ痛覚神経細胞(身体に傷害を与える刺激を受け取る神経細胞)を対象に研究した結果、
SKチャネルという細胞膜に埋め込まれたタンパク質が神経活動の「波のうねり(発火頻度の変動回数)」を発生させるうえで重要な役割を果たしていることが分かりました。
従来のシンプルな変換メカニズムとは異なる仕組みを明らかにする成果です。


 本研究成果は、2017年10月16日に英国の学術誌「eLife」に掲載されました。


概要

 動物は環境から多くの感覚刺激を受け取りながら、それらに適切に応じることで生活しています。
特に、体を傷つける「痛みの刺激」への応答は動物の生存を大きく左右します。
これまで、感覚情報の担い手は、それを受け取る神経細胞の活動の「波の高さ」によるのが鉄則と考えられてきました。
一方、本研究グループは以前に、モデル動物であるショウジョウバエ幼虫の痛覚神経細胞において、
神経活動の「波のうねり」が高温の感覚情報の担い手になり得ることを見出していました。
しかし、その波のうねりのタイミングや回数がどのように制御されているかは不明でした。


 今回の研究では、まず波がいったん急激に下がる瞬間に先立って、樹状突起において細胞内のカルシウムレベルが上昇することを発見しました。
次に、多数の候補の中からSKチャネルと呼ばれるイオンチャネルが、このカルシウム上昇を引き金として、2つの波の間の「くぼみ」を生み出すことを発見しました。
このSKチャネルの発現を抑制すると、波のくぼみの生成が弱くなり、結果的には小さなうねりが多くできてしまうことがわかりました。
また、この動物個体は、多くなった波のうねりに応じるように、高温の刺激から逃れる行動が鋭敏化しました。
よって、痛みの情報がSKチャネルを介して波のうねりという信号に変換され、それが個体の痛みから逃れる行動を制御することが明らかとなりました。


研究者からのコメント



 本研究の痛覚神経細胞の「波のうねり」の制御方式は、驚くべきことに、運動学習にかかわる小脳の神経細胞のものと類似しています。
つまり、痛覚神経でも従来のシンプルな「波の高さ(発火頻度の最大値)」による情報変換だけでなく、
脳の神経で起こるような複雑な「波のうねり」による情報変換も起きていることが明らかになりました。
この神経細胞は体の表層にあって直接観察できることから、脳の奥にあるために観察が難しい現象を、この痛覚神経を用いてより簡便に調べることができる可能性があります。
また、「波のうねり」を用いた情報変換メカニズムが、神経細胞や動物の種類を越えて普遍的に存在することが期待されます。

 今後は、痛覚神経の「波のうねり」が、従来の「波の高さ」と区別されながら、下流の神経ネットワークの中でどのように読み取られているのかを解明することを目指します。

京都大学
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2017/171016_1.html