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「発言内容が詳細で正確だったため、社内は騒然となりました。報道後の3月14日の事業執行会議に井伊社長は欠席。幹部の一部から『記事が出たのは心無い社員のせい』との声が上がり、会議のやり方を見直すことになったそうです。携帯電話業界はスピードが命なので、以前は執行役員である本部長クラスが一定の裁量権を持ち、社長や副社長にはタイミングを見て報告していた。しかし今は役員が社長、副社長の意見も聞きに行けず、事業が停滞しています」

 井伊氏は慶大大学院から83年、旧日本電信電話公社に入社。米スタンフォード大学留学後、NTTコミュニケーションズ、NTT本体を経て05年、NTT東日本に転籍。ネットワーク事業推進本部の企画部長や設備部長を経て、16年、NTT東の副社長に就いた。

 実はこの井伊氏、徳川幕府の大老・井伊直弼の末裔でもある。NTT東時代の同僚によれば、井伊氏は酒席で自身の悲願についてこう洩らしていたという。

「NTTの本社ビルは、元々は俺の先祖の敷地だ。だから俺はトップに立つ」

 新宿区の初台駅近くにあるNTT東の本社社屋は、99年の分割前はNTT本社だった。江戸時代の古地図を見ると、確かに付近一帯は「井伊掃部頭(かもんのかみ)」の敷地である。「掃部頭」は歴代の井伊家宗家の当主が名乗った官職だ。

NTT東日本本社ビルの外壁
 さらに井伊氏はNTT東で部長職に就いた頃から、ドコモに対しても野心を覗かせていたという。

「NTT東の基幹事業である専用線(企業が独占して使えるネットワーク回線)サービスにおいて、廉価なソフトバンクなどにシェアを奪われる危機感から、『自分がトップに立ってドコモを本体に合体させ、頑強なグループを作る』と説いていた」(前出・同僚)

 そして20年にドコモの副社長となった井伊氏は、同年12月、ドコモのNTT完全子会社化と同時に社長に就任。“有言実行”を果たしたのだ。

「井伊氏は澤田純NTT社長の“懐刀”と呼ばれている。澤田社長が当時の菅義偉首相から指令を受けた『携帯料金引き下げ』を実現する特命を帯びてドコモに送り込まれたと言われました」(経済部デスク)

 小誌は3月3日発売号で、ドコモのコストカットの一環として、来年度からドコモショップを年間約100店舗閉鎖する計画を報じた。