1897年に死去した伯父の死亡届が26年後の1923年、重千代の婚姻届と同年に役所に届け出されました。
届け出人は泉重千代でしたが、書類に最初は"泉千代善"と書いたが それを棒線で打ち消し、"泉重千代"と記入した跡が残っていたようです。
これらの不自然な点についてある記者から質問されると、生前の泉重千代は「忘れた」とだけ答え、泉の世話をしていた世話人は、他のことについてはべらべらとしゃべるものの、この件についてはひたすら黙秘したそうです。
つまり泉重千代の幼い頃の名前は「泉千代善」
ただ15歳も年齢をごまかしていれば、周囲は気がつくはずだし、すぐばれるのではないかと思います。なぜ、当時周囲に指摘されなかったのか?

それは徳之島住民は彼が年齢を偽っていたことは知っていたが、1980年の少し前から 周囲が勝手に「世界一の長寿!」とか「最後の江戸時代生まれの日本人!」とか勝手に騒ぎ出しギネスブックにまで紹介されたので、ならば泉重千代を利用して一儲けしよう、泉重千代1人の存在だけで莫大なお金が地元に落ちるし、徳之島も「世界でも例を見ない長寿の町」として世界中で有名になるともくろんだのではないか?と思います。