■生産規模の大きさで絶えざるコスト削減を実現

中国では06年以降、平均月給が4500元(約7万円)と3倍に跳ね上がった。エスケルでは労働者を一部解雇したが、生産性が改善したおかげで、利益は安定している。工場の従業員は当初、英産業革命時代の「ラッダイト運動」と称して自動織機を敵視し、次々に破壊した労働者のような反応を示したが、今では機械化を手助けするようになっている。同社の経営幹部らは冗談交じりに、従業員自身が楽をしたいという怠け心から協力しているのだと話す。

例えば21歳の時から同工場で働き、今は黒いワンピースに身を包み、実用的な靴を履いて現場監督を務める「ヤン姉さん」を見ればいい。彼女は手で縫った多くの粗悪品とも呼べる品質に懸念を募らせ、いい縫製ができるよう会社のエンジニアらに協力してきた。現在は上級管理職であり、チーフエンジニアの「ミン兄さん」と複数の特許技術を開発した実績を認められている。

同社の幹部ツァン・イー氏は、技術にも詳しい女性縫製担当者らは厳密にはもはや「ブルーカラー」でもなく、「ホワイトカラー」でもないと言う。「(ブルーとホワイトが混ざった)いわばチェックかストライプ」の従業員だと説明する。

生産の自動化は、エスケルが貿易戦争を乗り切る助けにもなりそうだ。楊敏徳会長は実際、米中摩擦を機に自社の競争力を強化しようと一段と力を入れている。同社が中国南部の風光明媚(めいび)な地として知られる広西チワン族自治区桂林市に20億元を投じて建てた新工場の紡績工程は、その最先端技術が外部に漏れないようにすべく、訪問者はその部分を見学することができない。今のところエスケルの製品は米国の追加関税の対象から外れている。だが米国の取引先は神経質になっており、必要ならば一部の生産をモーリシャスなどに移管し、代わりに別の生産ラインを中国に戻す可能性もあるという。

だが、2つの理由から企業が中国で生産を続ける可能性は高い。まずはその市場規模の大きさだ。米ハーバード・ビジネス・スクールのウィリー・シー教授は、中国で生産すれば、その生産規模の大きさゆえに様々な新しい生産方式を実践し、それらを洗練させていくことができるため、絶えざるコスト削減を実現できると指摘する。もう一つの理由は、ロボットの技術力の高さだ。シー氏によると、中国では既に機械化に関するノウハウを豊富に蓄積しており、ハイテクを駆使した車の自動変速機など、以前なら開発に一世代かかった製品でも今はすぐに開発できるようになっているという。

こうした現実は、対米貿易戦争で中国製造業の失速が懸念される中、留意しておく必要がある。エスケルを見る限り、中国企業は今回の逆境にめげるどころか、むしろさらなる効率化を推し進める好機と捉える可能性がある。長い目で見れば、そうした動きは中国経済全体としての強靱(きょうじん)さを高めていくことになるだろう。