・【ASEAN見聞録】日本以上の高齢化…シンガポールで家政婦が増える事情:シンガポール 吉村英輝

 都市国家の島国シンガポールは、積極的な外国人労働者の受け入れを進めて経済成長し、1人あたりの所得で日本をはるかにしのぐ裕福な国となった。だが、住宅不足や格差問題が深刻化し、政府は2010年、外国人流入の伸びを抑制する方針に転換し、外国人建設労働者などは減少している。一方、「メイド」と呼ばれる家政婦は増加傾向を続けている。日本を上回る少子高齢化による介護需要の増加に対応するためだが、トラブルも増えている。

 シンガポール西部の住宅街、クレメンティの駅で7日、インドネシア人家政婦(41)が、介護をしていた華人の男性(67)に、エスカレーターの上から突き落とされ、病院に運ばれた。安全のためエレベーターを使うよう説得したが、男性がこれに反発して口論になったという。男性は認知症を患っており、妻が1カ月前にこの家政婦を雇ったばかりだった。

 シンガポールにも高齢者向けケア施設などがあるが高額だ。社会保障費用は、義務的な個人の積立基金から支出するのが原則で、経済成長以前に現役世代だった現在の高齢者には、十分な積み立て金がないという問題もある。高齢者の介護には、月額数万円程度で雇える、外国人家政婦を使う家庭が多く、政府も雇用税の優遇などで奨励している。

 シンガポール政府は1978年、労働力不足の解消へ、女性の積極的な労働市場投入とともに、家事や育児に加え、介護の仕事を外国人家政婦に任せる方針を打ち出した。その結果、今では5世帯中1世帯以上が家政婦を雇っているとされる。

 ただ、こうした外国人労働者の積極受け入れ政策は、公共交通機関の混雑など国民の不満も引き起こし、政府は2010年、外国人労働者を全労働人口の3分の1に抑制しながら、国民の生産性を引き上げることで経済成長を維持する方針を発表。建設作業に従事する外国人労働者は、過去5年間で12%減少し、28万400人となった。

 一方、外国人家政婦は同5年前比17%増の25万人と増加を続けている。65歳以上の高齢者が人口に占める割合は、2015年の11・7%から、30年には24・5%に上昇すると予想される。家政婦需要は増え続けて、30年には30万人になるとの試算もある。

 民間非営利団体(NPO)「ホーム」は、この1年間で、虐待などを受けた870人以上の外国人家政婦を施設で保護した。

 昨年に保護したインドネシア人女性は、10年間も賃金が未払いで、休みは1日も与えられなかった。家政婦が無許可で商品の食料を食べたと雇い主が警察に訴えたことで、虐待が判明したレアケースだ。他にも、インスタントヌードルばかり与えられ、栄養失調になる家政婦もいる。旅券や携帯電話を家政婦から取り上げる雇い主もいるが、これは、家政婦が逃亡などの問題を起こし、保証金の5000シンガポール(S)ドルを政府に没収されるのを防ぐためだという。

 政府は年に2回の身体検査を家政婦に義務づけているが、血圧などの健康チェックは行わない。妊娠や感染症の有無を調べ、見つかれば本国に強制送還するためだ。単純労働を担う低賃金の外国人労働者を厳格に管理し、定住化や社会負担を防ぐためだが、「人権侵害への対策は抜け穴が多い」(ホーム)と指摘される。

 政府は介護施設の比重を低く抑え社会福祉費用を圧縮しようと、国民の8割超が暮らす公営住宅の割り当てなどで、親子同居を奨励している。家政婦は原則住み込みのため、「密室」の中で虐待が起きやすい。狭い住宅事情のため、同じ部屋に寝起きする家政婦が介護している高齢者から性的虐待を受けることもある。

 逆に、家政婦が老人や幼児に虐待を加えて逮捕されるケースもある。

 シンガポールに最低賃金はない。建設作業員には適用される雇用法も、「24時間体制」で働く家政婦は対象外で、外部による監視の目が届きにくい。明らかな虐待や賃金未払いの証拠がないと、当局から被害認定も受けにくい。

 ホームで相談員を務めるノビナさん(45)も、マニラから23年前にシンガポールに来た家政婦だ。仕送りで3人の子供を育て、孫もいる。身近で悩んでいる同郷女性の力になりたいと、雇用主の理解を得て、4年前にボランティアになった。

 「解雇されるのが怖くて家政婦たちは抗議できない。双方のコミュニケーション不足が問題を悪化させることが多く、私たちが仲介している」

 ロビナさんは、家政婦どうしや、彼女たちに寄り添う住民たちが、人権侵害を食い止める最後のとりでになっていると訴えている。

2019.1.7 07:00  産経新聞
https://www.sankei.com/smp/world/news/190107/wor1901070001-s1.html