・剛腕ゴーンが落ちた「コンプライアンス・クーデター」の闇 Ghosn is Gone:北島純(経営倫理実践研究センター主任研究員)

<日産を救った立役者のカルロス・ゴーンが逮捕......「不正告発クーデター」は日本企業に根付くのか>

11月19日、日産のカルロス・ゴーン会長が東京地検特捜部に逮捕された。役員報酬を約50億円過少に記載するという有価証券報告書の虚偽記載の疑いだ。同日夜の西川広人社長による記者会見では、内部通報をきっかけに社内調査を始めたこと、ゴーンと側近のグレッグ・ケリー代表取締役が有価証券報告書の虚偽記載だけでなく、投資資金の不正支出と会社経費の私的利用にも手を染めていた疑いがあると明らかにされた。

日産、仏ルノー、三菱自動車の3社連合を束ねるトップの突然の逮捕劇は世界に衝撃を与えたが、今回の事件は法令遵守違反を糾弾することで経営トップを追放する「コンプライアンス・クーデター」の側面がある。司法取引が合法化された日本で、今後この「クーデター」が広がるかもしれない。

報道によれば、今年の3月頃、日産社内で内部通報が寄せられ、限られた幹部が極秘に社内調査を開始した。日産はオランダでベンチャー投資目的の子会社「ジーア」を設立していたが、ジーアから英領バージン諸島に設立された孫会社に資金が移動され、孫会社がブラジル・リオデジャネイロのコパカバーナビーチにあるリゾート物件を約5億円で購入。さらに孫会社はレバノンの別会社を買収し、その会社を通じてベイルートの高級住宅を約10億円で購入した。2つの物件はゴーン自ら自宅用として選定したもので、購入・改装等の費用は合わせて20億円を超えたという。

次に、ゴーンが実姉とアドバイザー契約を締結し毎年10万ドル前後を支払っていたが、実姉はコパカバーナのリゾートマンションに住むだけでアドバイザーとしての勤務実態が確認できないことも分かった。

さらに、有価証券報告書の役員報酬を過少に記載させていた。特捜部の逮捕における直接の被疑事実は、ゴーンが10〜14年度の5年間、合計約99億9800万円を得ていたにもかかわらず、有価証券報告書上は約50億円少ない総額約49億8700万円の記載をさせていたというものだ。しかし17年度までの8年間で見ると、過少記載された総額は計約80億円に達しているという。

ゴーンは株価連動型インセンティブ受領権(SAR)として約40億円の報酬を得ていたが、これも記載していなかった。子会社の管理や資金の移動など一連の実務処理を担っていた法務担当の外国人専務執行役員と日本人幹部社員が調査に協力し、東京地検との間で司法取引に応じたと伝えられている。

要するにゴーンにコンプライアンス違反があったということだが、これが日産に対する背任容疑にまで広がるかどうかは定かではない。まず海外不動産物件の購入だが、会社役員用の社宅や福利厚生のために法人が不動産を購入することは珍しいことではない。ゴーンとその家族が独占的に使用していたという実態があったとしても、不動産価額が減少していなければ、投資判断として適切だったと言える可能性がある。

仮に損害が発生していたとしても、オランダ、バージン諸島、レバノンの関連会社を通じて複雑に作り上げられた不動産購入スキームに、特別背任罪などを適用できるかは微妙だ。実姉のアドバイザー契約も、ゴーンに電話や口頭で助言を与えていたなど、勤務実態があったと抗弁する可能性がある。今回の逮捕容疑が、客観的に明らかな有価証券報告書の虚偽記載だけになったのは、そうした事情が考慮されたからだろう。

しかし、有価証券報告書の記載は一般に公開されていた既知の事実だ。なぜこのタイミングで問題になったのか釈然としない。ゴーンが「個人情報だからSARは記載しないように」などと高圧的に指示した事情があったとしても、財務情報の開示は上場企業の法人としての義務であり、日産は会社として8年も虚偽記載を放置していたことになる。「アメリカなら証券詐欺に当たる重罪だ」と戒めることもなく会社として黙認してきたとすれば、当時の取締役の善管注意義務違反も問われかねない。にもかかわらず、なぜ日産はゴーンの不正を告発したのか。
密約が引き金になった?

事件の背景にあるのが、仏ルノーと日産の経営統合戦略だ。

>>2

2018年11月29日(木)16時40分 Newsweek jpn 
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/11/post-11352.php