<死刑執行で使われる麻酔薬が実は効いていなかったら......この恐ろしいケースはアメリカで複数報告されている事実だ>

アメリカ南部アーカンソー州が4月末の注射薬の使用期限に間に合わせるため前倒しで死刑を執行しようとし、国内外で論争を引き起こしている。
連邦地裁は15日、執行差し止め命令を出した。
ニューヨークタイムズなど複数のメディアが報じた。

事態が発覚したのは先月上旬。
同州のエーサ・ハチンソン知事が署名した死刑執行命令書によれば、4月17〜27日に8人という、前例がないほど短期集中的な死刑の執行が計画され、これに反発した死刑囚や支援グループなどは3月28日、執行停止を求めて州を相手取り訴訟を起こした。

米NPOの死刑情報センター(DPIC)によると、これほどの短期間で集中的に死刑執行が実施されれば全米でも前代未聞の事態。
ここで同時に注目を集めたのは使用される薬品の危険性だ。

■鎮静剤が注目される理由

欧州を拠点にする製薬メーカーの多くが、死刑で自社製品が使用されるのを拒否する動きがある。
アメリカでは代替薬として催眠鎮静剤ミダゾラムが使用されているが、麻酔の効果を発揮せず、死刑囚が苦しんで死亡するケースが相次いで報告されている。

特に2016年、米製薬大手ファイザーが「死刑執行に用いる薬品は販売しない」と宣言し、業界も強く同調。
不正な販売ルートの取り締まり強化などで入手はさらに困難になった。
CNNによれば、アーカンソー州も薬品の不足と法、倫理上の問題で、2005年まで死刑の執行を完全に見合わせていた。

今回アーカンソー州にミダゾラムを販売していた米マッケソン社も、販売する際の使用目的を「医療行為」に限定しており、アーカンソー州の注文を受けたとき「誤解」して販売したという。
同社は13日、「アーカンソー州は、意図的にマッケソンの販売目的をかいくぐった」と声明を発表。
全額返金と引き換えに薬瓶10本分のミダゾラムの返品を求めているが返品は完了しておらず、薬を取り戻すために法的措置を含め「あらゆる手段」を検討していると米CBSの取材に答えている。

■死刑そのものへの疑問

今月予定されていた死刑のうち、2人はすでに別の手続きを踏んで阻止されていた。
連邦地裁は4月6日、ジェイソン・マックギ―の刑執行を中止し、さらに14日、ブルース・ワードにも同様の措置を取った。

CNNによれば、17日に死刑執行予定だったブルースは1990年に女性を絞殺した罪で収監されているが、弁護士は「ブルースに責任能力は無い」として死刑が適さないと主張してきた。
ハーバード・ロースクールはレポートの中で、この8人の死刑囚のうちワードを含む6人が、精神的に何らかの異常があると指摘している。

■論争は今後も続く

15日の執行差し止め命令を受けてアーカンソー州のレズリー・ラトレッジ検事総長は、判決を不服とし上訴する意向を示している。
背景には、死刑執行までに「何十年も待っていた」という被害者家族の心理的苦痛もある。

一方で同連邦地裁のクリスティン・ベイカー裁判官は「ミダゾラムが死刑囚に適切に効かない場合、死ぬ前に重度の痛みを被る」として、囚人側が死刑の執行方法について争うことは可能だとしている。
司法、製薬業界、被害者心理という複雑な問題が絡み合うテーマだけに、今後も論争は続きそうだ。

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