昭和の時代、マンガ家といえば「眠れない職業」の代名詞だった。売れっ子になれば、いくつも連載を持つのが当たり前。まだマンガ家の数も少なかったため、人気作家には仕事の依頼が殺到した。『「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか？ 1959─2009』でも触れたように、「マガジン」と「サンデー」が創刊される前の50年代、手塚治虫は10誌前後の月刊誌に描いていたという。
週刊誌が生まれてからも、複数の週刊誌に連載を持つ人気作家は決して珍しくなかった。70年代の手塚は「マガジン」に『三つ目がとおる』、「チャンピオン」に『ブラック・ジャック』を同時連載していたし、永井豪など1972(昭和47)年に「ジャンプ」「マガジン」「サンデー」「チャンピオン」「キング」と、5誌あった週刊少年誌すべてに同時連載するという偉業を達成している。当然、何日も徹夜を重ねることになる。
「マガジンで仕事を始めて間もなく、『少女フレンド』との週刊2本連載になるんですよ。ほかに月刊の仕事もある。布団に入って寝られるのなんて正月の合併号のときくらいで、普段は机の下で仮眠を取ったり、トイレで座りながら眠っちゃったり――。今考えると、ゾッとするような生活でした」(ちばてつや)
「『巨人の星』とサンデーの『アニマル1』で週刊誌2本でしょ、あとは月刊誌で『スカイヤーズ5』と『いなかっぺ大将』もやっていたし、さらに読み切りまで描いた。もうムチャクチャな状態。ひどいときは週2日しか眠れないわけですよ。しかも火曜日に3時間寝て、木曜日に3時間とか、1週間で6時間くらいしか眠れない。あとはずーっと仕事してる。『巨人の星』のアニメだって、ほとんど見たことなかったですよ」(川崎のぼる)
なぜ、そんなに無理をしたのだろう。ちばてつやによると「マンガ家は長く続けられる仕事ではない」と思われていたことも大きかったという。
「当時は5年もやればベテランと言われた時代ですよ。まだ青年誌もなかった。子どもに向けてマンガを描くという仕事は、若くないとできない。長くやれる仕事じゃないから、来た仕事は全部受ける。それが当然という時代だったから、体を壊す人も多かった。当時、週刊誌をやっていたマンガ家はみんな早死にでしょう」
手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子・F・不二雄――。高度成長期に活躍した巨匠たちが、いずれも60歳そこそこで鬼籍に入ったのは決して偶然ではないのだろう。
■マンガ家の生活も変化しつつある
しかし時代が昭和から平成に代わり、創刊から半世紀が過ぎると、マンガ家のライフスタイルも変わってきた。昔ながらに徹夜を重ねる者もいる一方で、売れっ子になっても規則正しく健康的な生活を送るマンガ家も増えている。
「マガジン」で『クニミツの政』や『シバトラ』を連載した朝基まさしは、「アシスタントに徹夜はさせません」と言い切った。
「『シバトラ』を連載していた2009(平成21)年当時のアシスタントは4人でした。朝9時半から夜9時までで、間に1時間半休憩を取るので実働10時間。僕自身は完全な休日は取れないけど、アシスタントには週4日だけ来てもらっていました」
朝基はデビュー前、大島司のアシスタントをしていたが、当時も徹夜はしなかったという。大島は「3日で2週間分の原稿を仕上げる」という変則的なスタイルで、アシスタントは月に6日しか仕事がない。それでも、午前11時から午後10時までだった。
今の時代、アシスタントは「マンガ家の弟子」ではなく、ムチャな労働を強制できない事情もあるだろう。全員がマンガ家を目指しているとも限らず、アシスタント自体を職業とするベテランも増えている。本宮ひろ志はアシスタントを2種類に分け、マンガ家志望者には自分の作品を描く時間を、デビューを考えていない者には大量の仕事と、それに見合う高収入を与えているという。
かつては女性作家が少なく、男性作家が少女マンガも描いていたものだが、高橋留美子のような「少年マンガを描く女性作家」が急増しているのも最近の傾向だ。創刊50年を迎えた2009年の「マガジン」連載陣を見ると、久保ミツロウや吉河美希など、何人もの女性作家が活躍している。「新人賞に応募してくるのは半分くらい女子ですね」と当時の編集長だった森田浩章は指摘した。
「少女マンガと少年マンガがボーダーレスになっていることもあるし、小さい頃から少年マンガに触れてきていることもあるでしょう。一般に女子のほうがスキルが高い(絵がうまい)んですよ。細かい所まで気を配れるし、最初から完成度が高い。手先が器用なのかもしれません。字がうまい人が女子に多いのと同じことだと思います」
※以下リンク先で
現代ビジネス8.12
https://gendai.media/articles/-/98245
