【おとなの漫画評 Vol.1】
『銀河英雄伝説』田中芳樹(原作)、藤崎竜(漫画)
既刊10巻 2018年7月現在(集英社)

『銀河英雄伝説』は「週刊ヤングジャンプ」連載中で、単行本が続刊中の長編SF漫画である。原作は1982年に徳間書店から第1巻がノベルス判で発売された田中芳樹の小説だ。本編全10巻は1987年に完結している。

 物語は人類が銀河系のあちらこちらへ進出した未来のお話。皇帝が専制的な統治を行ない、貴族をはじめとする身分制度を敷く銀河帝国がすべての有人惑星を支配していた。しかし、やがて銀河帝国の支配を脱し、共和制を敷く自由惑星同盟が成立して敵対するようになる。

 議会制民主主義の共和派=自由惑星同盟が善人で、銀河帝国を支える貴族たちが悪漢かというと、そうでもない。正邪は時に入れ替わって複雑な物語が展開していく。この人間模様の面白さは原作者の手腕であろう。

■妖しげな魅力を持つ美しき帝国の将軍と読者に近い自由主義者の軍人が主人公

 銀河帝国対共和国軍の戦いといえば1977年から続くアメリカ映画の「スター・ウォーズ」(ジョージ・ルーカス監督)があるが、もともと銀河帝国の成立と崩壊を歴史書のように書いたのは、アイザック・アシモフの『銀河帝国の興亡』(3部作、東京創元文庫1968〜70年)が最初だった。宇宙を背景とするこのような物語をスペース・オペラという。『銀河英雄伝説』も80年代に誕生したスペース・オペラである。

『銀河英雄伝説』の主人公は2人、銀河帝国の美少年将軍ラインハルト・フォン・ローエングラム、そして自由惑星同盟の青年将軍ヤン・ウェンリーである。この作品は80年代から漫画化やアニメ化が進んでいた。漫画も1990年代に道原かつみ(女性)の作画で全11巻が徳間書店から発売されている。筆者は道原版も読んでいたが、1年ほどで絵が格段に洗練されて驚いたものだ。というわけで、現在の藤崎竜版『銀河英雄伝説』は2度目の漫画化作品なのだ。

皇帝派(王党派)対共和派の戦いといえば、フランス革命後のパリのようでもある。ラインハルトは金髪で長髪の美少年、貴族階級の末端から将軍へ成り上がっていく。ナポレオンのようでもあるが、風貌はだれしも男装の麗人『ベルサイユのバラ』のオスカルを思い出すに違いない。

 ラインハルトは女性ではなく、美少年である。でも、やっぱりラインハルトを女性が演じて宝塚でも上演されていたのだ(2012〜13年)。DVDで市販されている。読者の半分はラインハルトに感情移入することになる。

 現在の藤崎竜による集英社版の絵は、この35年に及ぶ挿絵、漫画、アニメ、舞台の画像を踏まえて、見事な美しさをたたえている。倒錯した妖しげな魅力をもつ帝国の将軍ラインハルトに対して、自由惑星同盟の軍人ヤン・ウェンリーは徹底的な自由主義者であり、もともと歴史家志望だった教養の深さを武器にする好青年だ。戦略家として際立った実務能力を持っている。読者にいちばん近い存在に描かれているため、読者の残り半分はヤンに感情移入して読むことになるかもしれない。

■現在のポピュリズム政治の問題点をも浮き彫りにするストーリー展開

 ラインハルトは幼少時に、皇帝が姉を寵姫として奪っていったことをうらみ、皇帝をいつかは滅ぼそうと考えている。腐敗した悪漢ぞろいの帝国貴族階級の中にも、ラインハルトの側に付いて門閥を破壊しようとする勢力が出てくる。一方、善人のはずの共和派では、ポピュリズム政策を駆使し、高圧的な支配体制を築こうとしている民主政治家が登場する。

『銀河英雄伝説』の登場人物の名前は、帝国側が神聖ローマ帝国の貴族名、同盟側は民主国家アメリカ人のような名前だ。

 そして舞台は16世紀日本の戦国時代のような、19世紀の世界に分割していたヨーロッパの帝国のような、ポピュリズムが横行して選挙を引っくり返す結果に驚かされる現在の議会制民主国家のようにも見える。全部混ざっているのだろう。

 多様な物語を読み取れることにより、2018年以降もアニメ化、映画化、舞台化が進むことになっている。

(ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一)

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https://diamond.jp/articles/-/175792