>>101
そんな感じ
ただ付け加えるなら、宮崎は誰が作ったものでも原形をとどめないほど修正を入れまくっていた
結果、内容が「ほぼ宮崎駿」になるが、あくまで修正を入れただけだからと自分の名前は一切出さなかった
それはそれで修正を食らった人にとっては屈辱だったらしいが、一方で、結局1人でとんでもない量の仕事をこなしつつ
クオリティも異様に高いという宮崎の化け物っぷりがどんどん伝わることにもなった

対照的に、富野はほとんど修正を入れないことで有名だった
「みんなもプロとしての矜持があるだろう」と、修正を入れるにしても出来る限り元の長所を活かす方法を取った
で、そういう多様性を受け入れるやり方をしているにもかかわらず、何故か出来上がった作品には宮崎作品に負けないくらい
ド濃厚な監督色=富野カラーが出てしまうので、
「実は自分にはそういう編集の才能があったのかもしれない」とターンAを作った後くらいに気づいた