7月31日(土)朝日新聞東京版朝刊「声」欄

五輪強行 開戦時の日本を想起   無職 佐藤康子(北海道 59)

きょうは83年前、日中戦争で山西省の山岳地帯で戦死した祖父の命日です。
この時期はとくに、「日本はなぜ戦争に至る前に踏みとどまることができなかったの
だろうか」と考えます。今、反対という多くの声を無視して東京五輪が開催されて
います。いつか来た道をたどるのではないか、戦争を食い止められなかった市民は
こんな思いだったのか、と強く危惧しています。

国のあり方をどう考えるかは人それぞれですが、コロナ禍は、日本という国が国民の
ために存在しないということを明らかにしてしまったと感じています。開催直前に
なっても不祥事が明らかになったのは、この五輪を象徴する恥ずべきこと。
日本学術会議の会員選考では、任命拒否された6人をあれこれ調べたのでしょうが、
世界へ向けて発信する五輪の関係者に対しての調査はしたのでしょうか。
辞任・解任したらそれで終わり、で済ませるのですか。

私は自分が感じていることを発信することが大切と考えています。衆院選に向け、
政府がコロナ対策、五輪についてどんな発言をしてきたか記憶しています。こんな
政府に馬鹿にされることはごめんです。
=====

59歳の投稿者が、どれだけ開戦時の事を知っているというのか。