>>220
(続き)

本当は経済的に苦しいのに、自意識のレベルでそうではないことにする。
「見たいものだけを見る」に近い認知的な整合性です。実際、若い人たちから
深く話を聞くと、孤独や家族の不和などの様々な「痛み」を告白し始めます。
でも同時に必ず「『自分のせい』と責められてしまうのが不安だから、周囲には
言えない」と言うのです。

格差や分断による「痛み」は、他人と共有して初めて政治的な討議の課題となるのに、
その手前で自意識の問題として回収されてしまう。若年層の政治的関心が低いのも、
自分が置かれた状況の真実に向き合うのがつらいからです。
そんな「自意識による粉飾=ポスト真実」が安倍政権を支えてきたと言えます。

自意識に支配された政治と社会という構造は、実は日本の戦後政治そのものに
由来します。例えば安全保障。右は「米国の機嫌を損ねない範囲の愛国」で、
左は「米国の核の傘の下での護憲平和」。左右対立とは言っても、米国依存は
同じですが「見ない」。安倍氏はトランプ氏と仲良くして「戦後レジームの脱却」を
言い続けましたが、安倍氏の存在が戦後レジームそのものでした。こうした自意識が
粉砕されないと、構造は変わりません。

(続く)