4月21日(土)朝日新聞朝刊・天声人語

戦時中は「敵」という言葉がひんぱんに使われた。日常生活にも及び、英語が
「敵性語」とされて、サイダーは噴出水、フライは洋天になった。学校では青い目を
した人形が、「敵性人形」と言われ焼かれた。「ぜいたくは敵だ」の標語もあった。

いま日常語で敵を使うとすれば、スポーツでの「好敵手」「敵失」などであろうか。
それだけに、ざわっとする言い方であった。「お前は国民の敵だ」。30代の
幹部自衛官の男性が路上で、民進党の小西洋之議員に対して浴びせたという。

小西氏は安全保障関連法に強く反対してきた。議員活動を念頭に置いた暴言だと
すれば、慄然とするほかない。さらに気になるのは、小野寺五典防衛相が一方で
謝罪しながら「若い隊員なので様々な思いもある」と発言したことだ。気持ちは
分かる、とでも言いたかったか。

実力組織である自衛隊には、強い中立性が求められている。一人の暴言にすぎないと、
見過ごすわけにはいかない。日本には軍部が暴走し、国家を牛耳った暗い歴史が
あるのだ。

政治学者の石田雄氏が、1930年代の小学校時代のことを書いている。学校に
配属されている将校から、「あそこに国賊が住んでいるから毎日にらんで通れ」と
朝礼で言われたという。軍部が非難の矛先を向けている学者の家だった
(『私にとっての憲法』)。

国賊や非国民という言葉が、有無を言わせぬ暴力となった時代があった。そして
残念ながら、似たような言葉をもてあそぶ人が今もいる。