> 42歳 就職氷河期世代 会社員 保坂正人(埼玉県 2017/08/16 朝日新聞 声)

=地獄を見た祖父の言葉背負う=「あれは、地獄だった」。私が20代の頃、80代になっていた祖父が
広島での体験を初めて語り始めた。祖父のいた陸軍の部隊は、原爆が投下された1945(昭和20)年
8月6日の数日後、救援命令で現地に向かった。

 「黒こげで人間の姿をしていない犠牲者をひたすら火葬した」と涙を流した。その時被爆して交付された
被爆者健康手帳も見せてくれた。私は当時の人の心理が知りたくて、戦場や銃後の体験記を読むようになった。

 近年の中国や韓国、北朝鮮の報道に、妻が「いつまで日本は謝るの」と言うことがある。うまく説明できず、
あの戦争を詳しく知らない自分に気付き、日清戦争から日中戦争に至った経緯を調べた。

 今まで被害者としての事実ばかり見てきた。加害側の事実をもっと若いうちに知っておくべきだった。
その事実も語り伝えたい。12年前に90歳で逝った祖父の「戦争はもう嫌だ」という言葉の重みが、やっとわかった気がする。

== http://digital.asahi.com/articles/DA3S13088597.html ==

女房に「黄砂大陸やキムチ半島に日本が永遠に謝る理由」を探し続けるらしい。保坂正人は。