>35歳 会社員 山田晃裕(千葉県)< 朝日新聞 声 2017年10月2日 >

●雑踏に溶け込む貧困の怖さ● 昔の人から貧困話を聞くと、私たちの世代は映画やドラマの世界を見ている感覚になる。
一方、今起きている貧困の話を聞くと、前衛的な映像を見ている感覚になる。

 この違いは、昔か今かという時間軸によるものでなく、周囲の環境から浮かび上がる貧困の姿の違いだと感じている。
貧困のレベル自体を比較すれば、昔の世代の人の方が、はるかに苦しかっただろう。

 そういう人たちからすると、今の貧困のレベルはまだ軽いと感じてしまうことがあるのかもしれない。
問題は、昔の世代の貧困が「一生逃れられない社会的問題」であったかという点だ。逃れるという意味は二つある。

 一つは、経済的環境。もう一つは人間関係。現代社会で問題になっているのは後者である。
「努力する場所」「手が差し伸べられる環境」が全くないのだ。これは精神的なストレスや圧力を格段に増幅させる。

 誰にも話せず、ひとりで抱え込まざるを得ない子どもたちがくっきりと浮かび上がることもなく、
雑踏の中に溶け込んでしまう恐ろしさ。これが現代の貧困の怖い点だ。

===== http://digital.asahi.com/articles/DA3S13161273.html

「天声人語」型投稿の一例。