9月15日(金)朝日新聞東京版朝刊「声」欄

いじめた側の退学は教育の放棄   電子機器製造業 小山健司(東京都 51)

前橋市の私立高校の剣道部で、1年生の男子生徒がいじめに遭い、学校側はいじめた側の
男子生徒3人に自主退学を求めたという。この高校の先生は、いじめた生徒を追い出すことが、
いじめられた生徒の自殺防止になると考えているのだろうか。

本当にそれでいいのだろうか。今後、いじめをする生徒は、いじめられる生徒に対し、「親や
先生に告げ口をしたら、さらにいじめるぞ」と脅しを強めるかもしれない。退学させられた生徒も、
恐らく精神的ダメージを受けて、今後また他の学校へ行ってもいじめをしないとも限らない。
この自主退学の要求は、その可能性を高めたのではないか。

いじめられた生徒を守ることが、学校側として一番大事なのは理解できる。だが、いじめた生徒を
追い出して、それで解決したとするのは教育の放棄だ。

生まれながらにして、いじめが好きな子どもはいない。このいじめた生徒たちも、自然にそうした
生徒になったのではないだろう。なぜいじめたのか、原因を探って対策を取るのが教育だと思う。
各自治体にそれができる専門家を置くことを提案したい。
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>生まれながらにして、いじめが好きな子どもはいない。

これこそ正に、一方的な決め付けだと思う。
そういう性善説的な考えがこそが、いじめが無くならない原因ではないのか?

それと、高校は「義務」教育ではない。
高校で学ぶ機会は「権利」だが、「権利」には「資格」や「責任」が伴う。