74-76くらいのカンコ最強に可愛かったと自他共に認められてた説が吉田豪ですら棒読みで既成事実化しているが
74年は(昌子、淳子、百恵の)高1トリオの足下にも及ばず。アグネスや浅田美代子の初々しさにも敵わず。

75年、ラブリーボーイズ全盛期にうちの地方都市にゲリラライブ(どさ回り)に来たときは、
一緒に出てた木内みどりにクールビューティの差で完敗(みんな木之内目当て)

カンコは目力強すぎ、顔濃すぎ、歌うとき鼻ふくらませてドヤ顔…… というところで男子ファンはつい二の足を踏んでいた。
76年になると岡田菜々が「青春の坂道」という名曲をリリースしたが、カモンベイビーレベルのカンコとは歴然とした差を感じさせた。

長い芸歴、何でもできるマルチぶり、歌唱力とインパクトの強い濃厚なアイドル顔だったが
同時代に彼女を「一番可愛い」などと言う男子は草食系の一部のおとなしい男の子たちだけ。
76年にデビューしたピンクと、ディーバ路線におさまりはじめた百恵の時代がはじまり
77年にはカンコのような芯の意味での闘争心やサバイバル情熱のないお嬢様タレントは行き止まりに。
カンコ自ら、吉田豪に「77年になるとファンからの声が弱くなったから引き際だと思った」と言っているが
何かにつけてエリート意識強すぎて、自力でセルフプロデュースできなかったお嬢様タレントだったのだと思う。

カンコ時代最強に可愛かったのは岡田菜々、クールビューティは百恵、
サイボーグのピンクと、全力が伝わる実力はキャンディーズ、さらに実力派の岩崎宏美や太田裕美、高田みづえに敵わず
黒沢ブランドに逃げていった、見栄っ張りワンマン娘だったという印象。
「白い窓辺」あたりを猛烈に推していた中学時代時代だったが、正直「カンコファン」って学校で言えなかったな。濃すぎ、ダサ過ぎで。