>>967
そこが、せっかく創価を離れたとしても法華講とかに行っちゃう理由じゃないかな。
創価学会員は実は信念を持っている。
「自分は正しい」という信念。

だけど、この「自分は正しい」という創価学会員の信念は何かに依存しなければ成りたたない。
自分は正しいと理論武装してくれる教えが必要。

創価学会員はヤドカリのように宿を探す。
「自分は正しい」という自分の信念を理論武装してくれる宿を。

ただ、どんな宿でも完璧で絶対正しい宿なんかはありはしない。
だから、自分は正しいと誤魔化し続けるか、正しさを求めて正宗や創価や世間の依存先を行ったり来たり。

結局は創価でも法華講でも「自分は正しい」という信念は依存先を必要とする。
自分は正しいという信念は、依存先を失うと不安や恐れにさいなまれる。
自分は正しいという信念は、虚妄ゆえにどんな方法をとっても自立が不可能。

創価学会員や法華講が自立しようとしたら「自分は正しい」という信念を捨てなければならないいけない。
けど、難しいだろうね。
自分が依存してきた「自分が正しい」という宿を捨てる決心をすると、その自立の決心を創価や法華講は魔と呼ぶ。

創価や正宗は「自分は正しい」という己の自惚れの信念が招いた蟻地獄と言えよう。